第9話

 生と死の交差する戦場に置いて、運命の女神がどのように微笑むのかは誰にもわからないものだ。

 自らを戦いの場に置いているならそこには常に理不尽な死が付きまとう。今回この村を襲ったマーダーベアーは姿形は間違いなくマーダーベアーではあったが、筋力や毛皮の状態が異常発達した突然変異種だったことが判明した。


 平均よりも厚い筋肉と強度をました毛皮の鎧を身に纏っていたお陰で、斬撃や攻撃魔法に耐性を持っていた。本来ならカーズ達よりもレベルの上の冒険者でなければ、太刀打ちするには至難の業だった。


 今回のクエストで死者が一人も出なかったのは不幸中の幸いでもある。

 

 最初に森に投げ飛ばされたカーズは、落ちた場所がたまたま腐葉土の盛土の上でだったため、右肩の脱臼だけで済んだ。

 一番重症だったのは重装盾エドで、アバラ5本が折れ、その内の一本が右肺に突き刺さり呼吸困難を起こしていた。内臓にも深いダメージを受けていて、魔術師のリースが唯一使える治癒魔法の小治癒ヒールを使っても完全に完治する事ができなかった。


 仲間の誰もがエドの死は時間の問題だと悟った時、商隊のアベル・ホスターが次の町で卸す予定だった上級ポーションを売ってくれたお陰で、何とか一命を取り留めることが出来た。


 しかし、これで無事討伐終了とはいかなかった。


 途中上級ポーションの代金を、討伐した突然変異種のマーダーベアーの素材込みでと交渉されたが、権利を持っているヴィノがそれを拒否したことでポーション料金の全額をカーズ達が所属している『鋼の旅団』が払う事になった。


 交渉中何度もカーズからマーダーベアーの素材を譲渡してほしいと言われたが、元々正式なパーティーメンバーでもないうえに、契約書にはメンバーの緊急時には当事者本人もしくは、所属する団体が責任をもって対処すると明記してある。

 

 その事をカーズに説明すると、彼は渋々納得してくれたが弓士のマッシュだけは憎たらし顔でヴィノに悪態を付き暴言を飛ばして来た。


 結局最後はカーズに止められて納まったが、ヴィノと他のメンバー間には決して埋まらない大きな溝が生まれてしまった。


 上級ポーションの効果は凄まじく、飲んですぐにエドは起き上がる事が出来た。しかし、出血でなくなった血は戻る事はなく軽い眩暈を起こし朝まで休養することになった。


「すごい!! すごい!!」


「ひぇ~こりゃ~でっけぇ熊だいのう」


「見てみて兄ちゃん、頭がなくなってるよ。スッゲェー!!」


「新種のマダーベアーだってよ。上手くすれば街で大金に化けるかもよ」


「何!? 本当か。おい、今軍資金はいくらあるか確認しろ!!」


 日が昇り始めると次々に村人が集まり騒ぎ始めた。興味本位に見に来る野次馬根性の輩はまだかわいい方で、中には集まった商人達と結託していくらで交渉するか等を始めだす者達が目に付き始める。


 それを見たヴィノは、鬱陶しい感じに溜息を溢すかと思いきや、商人のアベルにマーダーベアーの競売責任者になってもらう代わりに、マーダーベアーの権利3割を提案した。

 

「賢い判断だ。任せておけ、なんせ俺は競り場を盛り上げるのは得意なんだよ」


 アベルの商魂に火が着き。やる気を見せるアベルの対応は速かった。その場にいる商人達をまとめ上げると簡易競売場を開設した。


 巧みな話術に乗せられた商人仲間が競り合い、平均的な金額を超え始めてもなお競りは停まる気配はなく、むしろその気勢は昇り始めていった。結果的にヴィノは金貨15枚の収入になり、お互い満足に終える事ができた。


 その様子をまるで他人事のようにリースは眺めていた。何度かヴィノと視線が合うも直ぐに逸らしてしまい、お互いにどこか近づきがたい空気を醸し出していた。


 リーダーのカーズ達が村長と依頼討伐完了の手続きを終え、戻ってきた来たのは昼前頃だった。


「随分と時間かかったわね、何か問題でもあったの?」


「ああ、ちょっと壊れた納屋の壁の事やら修理とやらでもめてな。だが問題ないぞ。今回は良い方向に転がってくれたから、俺達に損はないから安心しろ」


「それを聞いて安心したわ。それで今日はこのまま村に泊っていくの?」


「それなんだが、急で悪いんだが今日村を立つ事になったんだ。詮索はしないでくれよ。こっちも事情があってな」


「そりゃまた…随分と急な事ね。まあ仕方ないわね。少し無理すれば夜までには昨日の野営地に着くでしょう」


「ああ、助かる。それじゃ直ぐに荷物をまとめて出発だ」


「あっ、ねぇカーズ。出発する前にちょっと確認したい事があるから少し待ってくれるかしら」


「あまり遅くなるなよ。準備が出来たら村の入口に来てくれ。そこで待ってるから」


 軽く手を振るとカーズは荷物を取りにリースと別れた。リースは足早に昨晩マーダーベアーを倒した場所に向かうと、周囲の状況を確認にしながら自身の視覚に魔力を流す。


 一時的な魔眼を使って見る世界は白黒の世界が広がっていた。所々に色が染められていてそれは目に見えない魔素の存在を色で表した世界だった。水系の魔素は青、土系は黄色、火や灰は赤色で表される。


 人や魔物も色分けされているが、それが見れるのはもっと上の上級魔術師が使用する魔眼位で、リースの魔眼では確認する事は出来ない。


「あそこに何かあるわね」


 魔素の流れを辿っていくと、マーダーベアーの倒れた位置から約20歩程離れた地面から歪な魔素の流れを捕らえる事が出来た。


 近づいて地面を見ると、小さな穴が開いていて指を入れてみると何か硬い金属片があった。慎重に摘まみだしてみるとそれは人差し指の頭位の大きさで、先端がキノコの頭を潰したような形をした鉄礫に見えた。


「何なの? これは一体?」


 掌にで転がしながらその鉄礫を観察してみる。他の人にはただの鉄だが、リースの魔眼には紫色を放つ異色な魔素が漂っていた。


 こんな色の魔素は見た事が無かった。今後の研究資料に腰の革ポーチに仕舞込むと足早にその場を後にした。


 そんなリースの姿を少し離れた家の隅でヴィノが見ていた。その視線はリースが鉄礫を仕舞込んだ腰の革ポーチに向けられている。



◇◇◇◇


 カーズ達は昼前にリンド村を出発し、ベルドへと帰り道を進んで行く。昨晩の討伐の事など誰も気にも留めない感じでその足取りは速かった。


「ねえカーズ。その荷物少し多くない?」


 前を歩くカーズ達の背嚢が来る前よりやや大きく見えたのが気になったので、リースが何気なく声を掛けた。

 

 カーズ達は出発前に商隊から必要な物資を少し買ったんだと返事が返ってきたが、今更何か必要な物があるのだろうかと首を少し傾げる。


 帰り道は何もないくらい順調に進んでいった。先頭を歩くヴィノは相変わらず皆から少し距離を空けているし、その後にエドとマッシュにカーズと続き、最後尾にリースが就いている。


 陽も傾き西日が山間に隠れ始めた頃に、カーズ達は交易野営地到着した。


 ヴィノが夕食の準備をしようとすると、カーズがヴィノを周辺警戒の見回りに行くように指示を出した。ヴィノと軋轢があるカーズ達にとってその相手から食事の施しを受けるのが気に食わないのだろう。


 エドとカーズが火を熾しの準備をし、マッシュは水汲みリースはテント設営に移っていった。


「姐さん。姐さん。オイラ少し手が空いたんで、何か手伝うっすよ」

 

「結構よ…それより近づかないで…」


 軽い感じで話しかけてくるマッシュだったが、あの時マーダーベアーの咆哮に臆し彼女を置いて逃げた事をリースはまだ許していなかった。

 本人の言い分では、さすがに勝てないと悟りヴィノを呼びに行っていたと釈明してきたが、素直にその言葉を信じるリースではなかった。


 断れたマッシュは名誉挽回と夕飯を豪華にする為、弓と矢を持ち薄暗い森へと駆けていった。


「おいリース。テントが終わったら俺たちの荷物運んどいてくれないか」


「ええ良いわよ」


 返事を済ませカーズ達の荷物をテント内運び入れる。やや重いがそれは仕方ないと思い運んでいると、カーズの背嚢の留め紐が切れ荷物がテント内に散乱してしまった。


「あちゃ~、まいったわね」


 溜息を溢し、散らかった荷物を一つ一つ掴んで入れ直していると、ある荷物に手が止まった。


 白い麻袋の口からソレは零れ出ていた。リースはそれを手に取ってみると、一気に血の気が引き青くなっていく。


「嘘でしょう………なんでコレがここにあるのよ………」


 それは存在してはいけないモノ。リースがまだ魔法学院の学生だった頃、講師の賢者から特別な許可を得て見せてくれた禁忌なる存在だった。

 その恐ろしさを十分知っていたリースは逆に何故コレがここにあるのか、それが理解できなかった。


 そしてここから悲劇が始まる事を、まだ誰も知る由もなかった。

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