第5話
最初の段階からヴィノは間違いを犯していた。それは単独で複数の敵に挑んだことだ。
それがどれほど危険で軽率な愚かな行為だったのか、どこかの小説や英雄譚の物語の世界なら勝利を勝ち取り大団円で終幕が降りただろう。
しかし現実は違う。単独で複数に挑んだ場合、大抵は返り討ちにあって終わりだ。それは無謀以外の何者でもなく、ただの犬死だ。
そもそも、敵と交戦する場合は同じ人数、戦力、統制、練度、脅威度を考慮して計画立案を行わなくてはならない。
単騎奇襲など自殺志願の何ものでもない。ましてや冒険者は命あってこそ、生き残ってこその職業なのだ。自分の命を軽視する行為は同じメンバー達も危険にさらす危険行為であり、得策とは言えなかった。
今回は単純に幾つかの幸運が重なったと言っても過言ではない。
その運の中に、先にヴィノが彼らの存在に気づいたのがある。道中の森で綺麗な羽をした鳥が飛び立った光景を何度も見た事で自分たちが
自然界では人間の存在自体が異物なのだ。どんなに注意をしていても人間という塊が野生動物達のテリトリー内に入れば警戒される。
地面を歩く足音、音を立てて枝を揺らして進む身体。そして人間の匂い。地表にいる動物達はそれを感じ取りとりその場から離れようとする。
そして、その動物たちのシグナルを木の上で生活する綺麗な羽の鳥たちが捕らえると、一斉にその場から飛んで逃げる事でその存在が広範囲に伝わる。
そんな動物達の行動の変化を感じ取る事で、ヴィノは尾行されていると誰よりも早く気が付くことが出来た。
そして相手が完全に油断しきっていた事も大きかった。隙だらけの相手程急襲は有効的なのだ。
単独で奇襲をかけ排除に乗り出すと決めたが、それがいかに危険な行為なのかヴィノは十分理解していている。それでもあの盗賊達に手を下さなくてはならなった。
一つはあの盗賊たちが冒険者を狙った『人狩り』である可能性だ。今回これが一番可能性が高かった。
敵が『人狩り』である以上、今日出会ったばかりのメンバーだけで上手く立ち回れるはずがない。ましてやメンバー内の誰かが『人狩り』達を手引きしているとも限らなかった。
今回のメンバーは信用できない。臆病なほど慎重にならざるをえないならば、必然的に選択肢は限られてくる。
もう一つはヴィノの耳奥で囁かれる呪縛のような少女の言葉に抗うためだ。
―約束したのに…なんで…なんで守ってくれなかったの…なんでよ…―
ヴィノの慢心によって引き起こした過去の過ち。冒険者になってこれまでに幾つもの間違いや失敗は犯してきたが、あの日の少女の言葉がまるで
始めて大規模合同パーティーを組み、そのクエストが後に『グロリア・カンニバル・ロード』として語り継がれる程に名を遺す事になるとは、あの時に参加した冒険者一同誰も思いもしなかっただろう。
当時、彼に縋るように助けを求めた少女がいた。
約束を交わした少女がいた。
そして、その約束を守れなかった。
ヴィノは振り払うかのように頭を振るう。
もう二度と同じ過ちを繰り返さない。その言葉に感化されるように、脅威となる存在は徹底的に排除する事に決めた。
「運が悪かっただけさ。しょうがないだろう」
それは殺した
ひとり呟くヴィノの頭上から、蒼白い美しい月が彼の足元を薄く照らしていた。
「出費は抑えられた。この路銀でもお釣りが出るな」
今回の出費は緊急照明用の
他の冒険者が急な明かりを確保する時に使用する
広く流通していて大抵の魔法具店に置いてある安価なスクロールであるが、このスクロール実はその自体を燃やしてしまうとかなり危険な事が起こる。
記載れている魔法陣に欠損が生じると、込めれている
下手をすると自分も失明する可能性も高い危険行為な為、このスクロールは
だが、ヴィノはこれをフラッシュバンとして利用し奇襲を成功させた。スクロールの暴走を使った危険行為を躊躇なく行えたのは、先生達からこれを使った戦術と失明を回避する方法を教わっていたからだ。
◇◇◇◇
野営地のすぐ手前まで戻ると、ヴィノは持っていた荷物を茂みの中に隠した。目印として大小の石を積み上げるとリース達の所へと戻っていった。
「ああ…やっと戻ってきた。ちょっと、随分と遅かったわね」
どことなく不機嫌な目でヴィノを睨みつけるリース。見ればマッシュがリースの隣へ詰めようとしているのを、自分の手荷物を間に入れてそれ侵入を阻止する攻防が始まっていた。
「もしかして俺の事を待っていたのか?」
「ヴィノ。君が用足し以外に何をしてきたのかはこの際聞かないでおく。ただし今後はすぐ戻れないなら誰かに言っといてくれ。今晩の見張りの順番を決めるために皆君を待っていたんだから」
溜息を溢すカーズが嗜めると今日の見張りの順番を切り出した。一番楽な見張りの時間は最初か最後だ。中持ちと呼ばれる2番手、3番手の見張りは睡眠中に起されてあまり身体を休める事が難しい。
普通のパーティー内では新人がこの中持ちと呼ばれる役回りをやらされるのだが、今回は混成パーティーなので話し合って決めなくてはならない。
「悪いが最初はリーダーの俺で、最後はリースがやる事に決めたよ。後は中持ちの順番なんだが―」
「それなんだが、今夜の中持ちの二役は俺がやる。そのかわり魔術師の彼女は見張りを免除してやれ」
「えっ!? …いいのか?」
意外な提案に全員の顔がヴィノに向いた。
「構わん。普段から単独依頼こなしてるから徹夜は慣れてる。それに明日の昼前には村に着く。問題ない」
「それじゃ、俺の次がヴィノでその次がマッシュとエドの二人で見張りでいいな。これで決まったな」
「俺はそれで構わないぞ」
「オイラも賛成」
「そう。それなら私はこれで休ませもらうわ。おやすみなさい」
「ええっ 姐さんもう寝ちゃうんすか? ………じゃあオイラももう寝るかな」
リースが席を立つと、それに合わせてマッシュとエドも自分の寝床へと消えていった。最初の見張り役のカーズは残りパチパチと爆ぜる焚き火を中心に、カーズとヴィノが対面する形で相対している。
黒いフードを脱ぐと、ヴィノの素顔が焚き火に照らされる。鍋の底に残った夕食のポトフを匙ですくい黙々と食べるヴィノの姿を見ながら、カーズは口を開いた。
「なあヴィノ。少し話をしようか」
「それは仕事の話か? 何か追加か変更するべき事でも増えたのか?」
「いや違う。少し世間話でもと思ってな。俺達と君との間には壁があるようだ。まずはそれを取り除いて仲間として今後―」
「必要ない」
ヴィノの返事は拒絶だった。
「カーズ。あんたが変な勘違いを思ってしまう前にハッキリ伝えておく。俺の仕事は支援だ。3日間という期限付きだが、今回の俺は戦闘員じゃない。戦闘はそっちの仕事だ。俺はあんた等を無事に村へ届け、交渉と情報収集を行い。間に合えば帰りの道中の安全を保つ。必要なら素材採取や運びもやる。ただし、戦闘は契約外だ。俺とあんた達は命を預け合う仲間じゃない。命を張るのはあんた達三人と魔術師一人だ。間違っても俺を加えるな。俺をそっちのお友達の輪に入れようなどと考えないでくれ、はっきり言って迷惑だ」
カーズは黙ったままヴィノの言葉を聞いていた。頷きも表情も変えず黙って聞いていた。しばしの沈黙の後ヴィノは停まっていた匙を動かし食事を再開する。
カーズは少し考えてから慎重に言葉を選び口を開いた。
「俺たちを仲間だと思わないのか? 思ってはくれないのか?」
「思う思わないではなく。信用していないだけだ。少なくと今朝出会った人間をどう信用すればいいんだ? たったの数回言葉を交わし一緒に行動しただけで、相手の何が理解でき信用たるべき信頼が生まれる?」
「ヴィノ…君は人間嫌いなのか?」
「違う。信用していないだけだ。嫌いなら最初からこの仕事は受けなかった。さて、丁度飯も食い終わった事だし、俺は片付けの仕事をしたら休ませてもらう。少し離れた所で休む。時間になったらこの薪の木を三回、二回、三回の順番で叩いてくれ。間違っても俺の身体を揺すって起すなよ。ケガをしても知らんぞ」
試しに薪の木を叩いて鳴らすとカーズは頷いた。後は任せると言ってヴィノは食器を洗い片づけをすませると、焚き火の明かりから外れた大木に寄りかかり腰を降ろして瞼を閉じた。
◇◇◇
ヴィノが静かに寝息をたて始めると、風の魔法で二人の焚き火での会話をテント内で聞いていたリースは魔法を解いた。
盗み聞きに少し後ろめたさを感じてはいるが、それでも聞かずにはいられなかった。自分の中で少しは仲間と認めてくれていると思っていたが、実際は仲間と思われてさえいなかった事に軽いショックを受けた。
しかし、同時に何故そこまで彼は人を信用しないのか、あの他人に対する強い不信感はどこから来るのか疑問が浮かんだ。
「あ~あぁ、また悪い癖が出ちゃったな」
自分が気になる事をとことん追及しなくては気が収まらないリースの性格が、ここでも遺憾なく発揮されてしまっていた。
元々魔法研究の道に進む事に夢を抱いているリースは、広い人脈の伝手を得るために魔術師ギルドに所属し、冒険者としての実績と信用を身に着けていた。その過程で気になる事なら畑違いな魔獣や薬草に加え、魔鉱石の収集に古代錬金術や神代文字の探求等々多岐にわたって知識を深める事に貪欲になっていた。
ただし、人に対しはまったく興味を持てなかった。それは自信の魔法学院時代の苦い経験によるものだが、それでもリース自身この盗み聞き行為については自分でも若干驚いていた。
そして何故自分はあの男の事が気になったのか、思考の考察を始めようとした所でその危うさに気が付いた。
このままいけば、巡る思考の沼にはまり答えのでないまま朝を迎える事になると。
思考をふり払いウールの毛布に包まって寝返ると、無理やり意識を切り替える。どうせ考えても出ない答えなど時間の無駄だと自分を納得させると、リースは眠りの世界へと意識を深く落していった。
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