第4話 急襲

 夜の帳が下り、交易野営地の焚き火が照らす光量のみが、真っ暗な闇との境を作っていた。

 この僅かな光が文明と自然界との境界線とも捉えられた。


 カーズ達が寄り添っている野営地から少し離れた場所に、隠すように焚き火を熾す集団がいる。

 ダックテールの髭とは対照的なスキンヘッドに、筋骨隆々な男が戦斧を傍ら置いて座っている。

 その左右に使い古した革のサレットを被った盗賊風の男達がいる。リーダーのスキンヘッドを入れて6人、焚き火の場所に3人。見張りに2人。そこに斥候の男が戻り合計6人の盗賊団だ。


かしら、獲物は5人で間違いねぇようです。他に仲間はいませんでした。いま夕食を食べている最中です。フルプレートの前衛が厄介ですが寝込みを襲えばどおって事ありゃせんぜ。しかも連中組んでまだ日が浅いようです。仲間内でもめ始めてる様子でしたぜ」


「よし。それなら奇襲には弱いな。今回の獲物はいいかもだぜ。赤毛の魔術師の方はどうだ」


「へい、旅に慣れてねぇ様子でした。この分じゃ今夜は疲労で直ぐに寝ちまうと思います。それにあの魔術師はいい女ですぜ。それもけっこうな上玉でさあ。ローブ越しからでもわかる身体のラインがたまんねぇです」


 斥候の言葉にその場の男たちの顔から笑みがこぼれた。奇襲が成功し女魔術師を無効化した後に行われる淫行の妄想を浮かべながら、皆高揚感を滾させている。


「わかっていると思うが。最初は俺だからな。安心しろちゃんと生かした状態で回してやるから」


かしら。この前の村娘の時みたいのは勘弁してくださいよ。いい加減死体を犯すのも飽きてきあしたぜぇ。たまにゃ生きた女を抱きてぇもんでさあ」


「ありゃ仕方がねぇ。首を絞めるとなアソコも絞まって気持ちいんだよ。癖になる。普段から碌なもん食ってねから脆いったらありゃしねぜぇ。まあ折れちまったのは仕方がねぇな。今回はそんなヘマはしねぇから安心しろや」


「へっへっへっ、頼みますぜ。せめて壊れないうちに楽しみてぇですから」


 その後も卑猥な言葉を続けながら盗賊達は狩りまでの時間を潰しはじめた.


 がっ―


 焚き火の中に拳程の何かが投げ込まれると、それから強烈な閃光が発生し盗賊4人の網膜を射貫いた。

 突然の事に動揺した彼らは一斉に目を抑え蹲る。


「なんだぁクゾっ!!」


「ああああああああぁぁぁぁっ」


「目がぁ、目がぁぁぁ」


「チキショー!! 何なんだ一体っうぐっ…」


 閃光の後、暗闇から飛び出した黒い人影が、目の前にいた斥候の背後を取ると首に腕を回し梃子の原理を使って首を折った。


 パキっと枝が折れる音が響くと、斥候の首が伸びて頭が背部に落る。ダラリと糸が切れた人形のように弛緩した身体が地面へと崩れる。


「おい、なにが―」


 周りの異変を察知したスキンヘッドのかしらが無意識に顔を上げると、すかさず横一文字に喉が斬られた。


「うぐっ…おおぼぼっ…うぼっ…ごごっボォっ、ごぉ」


 かしらは慌てて首を抑えるも、口元からゴボゴボと鮮血を溢しなら溺れ始める。


かしらぁっどうしたんでっぐぅ…」


 目を抑え残った2人の取り巻き達の首に容赦なく槍先の形状をしたスピアダガーが差し込まれた。

 右の首元から左胸腔内の心臓目掛けて突き刺り、右頸動脈と心臓に致命傷の穿孔を開けられた2人はその場で絶命した。


 時間にして僅か20秒。流れるような動きに一切の躊躇もなく4人の盗賊の命を奪った黒い影。そこに雲の隙間から覗かせた月光によってその姿が露わになる。


 そのシルエットの正体はヴィノだった。全身を黒の装備を身に纏い、露出する肌はなく、顔もフードで隠したその姿はまさに影そのものだった。かろうじて月光に光る双眼だけが僅かに認識できるくらい周囲と同化していた。


 慣れた手つきで血糊の付いたナイフを盗賊の服で拭ったヴィノは、彼らの荷物を漁り始めた。

 椅子代わりにしていた背嚢の中に乾燥肉と瓶詰めのサワークラフトと数本の酒瓶。煙草数本とそれに革袋に入った銀硬貨が少量。毛布や食器類があるが統一性が無い為、これは恐らく襲撃して得た戦利品だろう。

 

 真正なクズ共に情けは無用だ。この盗賊共はまさか自分たちが狙われるとは思ってもみなかっただろう。彼らは運がなかった。ただそれだけの事だ。


 命を軽視する者は自分の命も軽視される。ただそれだけなのだ。

 

「無いな、本当にただの盗賊だったか」


 全ての背嚢をひっくり返す終えると、ヴィノは彼らがただの盗賊だと確信した。

 ヴィノが警戒していたのは、混成クエストや遠征クエストに度々出現する『人狩り』の一党だ。

 ギルド内の冒険者内に通じている荒くれ野党集団が新人や結成間もない冒険者パーティーを襲う事案である。

 当然経験や連携不足のため、奇襲を受ければ立ちどころに状況は悪化し襲撃者の手に落ちてしまう。


 事前に商人達からの情報収取で村までは魔獣や盗賊の出現は確認されていなかった。それなのに自分達を尾行する謎の集団の存在が現れれば、『人狩り』と思わざるをえない。脅威は極力排除する。

 最初からヴィノは盗賊ではなく、かねてからギルドから注意喚起されている『人狩り』だと思い警戒レベルを上げていた。


「取り敢えずこんなもんでいいだろう」


 殺した盗賊達から漁った僅かな路銀と、携帯食料に薪数束を担ぐとヴィノはその場を後にした。


 盗賊達の死体は周囲の動物たちによって直ぐに森に帰るだろう。暗い森の中を慣れた足取りで進み続けると、木にもたれ掛かる人影を見つける。


 それは、先にヴィノが始末していた見張り役の盗賊2人だった。1人は喉が裂け、もう1人は首が折れていた。

 2人の脇を通った時、ふとヴィノは足を止めた。


 そして振り返ると首の折れている男に視線を向けた。


―ヴィノ。敵ガ死ンダコトニ確信ヲ持テ。人間ヲ殺スノハ簡単デ難シイ。ダカラ臆病ナクライノ確信ヲ持テ―


 ヴィノの脳裏に在りし日の先生達の言葉が響いた。もしかしたらと疑問を持ち、それを必ず払拭させることに専念しろと。


 荷物をその場に降ろすと、ヴィノは首の折れた方の盗賊の首筋にスピアダガーを突き刺した。


 反応はない。心臓が止まり体内の血が凝固し始めている為、思いのほか血は出なかった。それとこの男、よく見ると右耳が欠損して無かった。恐らく小さい時に事故にでもあって無くしたんだろう。


 そのまま先ほどの襲撃場所へと戻り、焚き火の前で首を折った斥候の元へと歩みを進めた。


「…ほぉう」


 感心するように言葉を漏らすヴィノは、自分が戻ってきて正解だっと安堵した。


 そこには死んだと思っていたスキンヘッドのかしらが、今まさに逃げようとしている瞬間に出くわしたからだ。


 視力を失い喉も裂かれてもなお逃げようと躍起になっている。手で首を抑えているがおそらくそう長くはないはずなのに、それでも懸命に足を動かし生きようとする人間の生命力は本当にタフだと一人感心していた。


 だが、それも無駄な足掻きである。


 ヴィノは音もなく背後に忍び寄ると右の首元からスピアダガーを刺し込むと、頸動脈を切断し心臓を貫いた。


「う゛っ…」


 一瞬、身体が小さく跳ねる。引き抜くと同時に一線の鮮血が昇り今度こそこの盗賊は死んだのだ。


「やっぱり先生達は正しかった。人を殺すのは簡単で難しいな。次はちゃんとしないと」


 最後に首の折れた斥候にも同じように刃先を刺し込み死んでいる事を確認した所で、やっとヴィノの心のわだかまりは鳴りを静めた。

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