第3話
ヴィノを含む臨時の混成パーティーは目的地である隣村のリンド村へと進んでいる。
誰一人遅れることなく順調な足取だ。今回支援員のヴィノは他の4人とは10歩程先を歩いて周囲の警戒に専念している。
そんなヴィノの後姿を観ながらリースは思慮していた。
見た目は普通の斥候の装備を身に纏っているが、まだ日中なのに何故か目元を開けた黒いフードを被り、肩には長方形の包みを掲げている。大きさからしてメイス辺りだろうと思ったが、斥候の彼が何故メイスを使うのか理解できずにいた。
そもそもアレはメイスなのか? 恐らくではあるが何か別の武器だと思うわれるが、それが一体何なのか全く想像できない。
「んっ!?」
ふと何かの視線を感じ後を振り向くと、すぐ後にいた弓士のマッシュの視線があさっての方向に向いていて、他の2人は呆れたような視線で首を傾げた。
ああ、またかと。リースはすぐに悟った。
「ねえ、何であんた達が後にいるのよ。前衛でしょう。前に出てもらわなくっちゃ私が危ないでしょう」
「ここら辺はまだ、町の街道だから安全なんだ。それに斥候が前にいるだろう。何かあれば直ぐに知らせてくれるさ。それに俺とエドは何度もリンド村に行ってるからこの辺で危険な魔物なんて出ないよ。それよりちゃんと前を向いて歩いてくれ、転んでケガでもしたら大変だ」
「あらそう。心配してくれてどうもうありがとう。でも私も何度も遠征には参加してるから対処ぐらいできるわ。だから私の前に出てもらえないかしら。その方が個人的にとても有難いのよね」
前を向き直したマッシュの視線がチラチラとリースの胸部に向けられる。気づかないふりをしていたリースの頬が強張り嫌悪感が顔に出始めた。
前回商隊の護衛を受けた時、一緒にパーティーを組んだ傭兵団の連中から同じ視線を向けられたのを思い出し、お前たちもアイツらと一緒かと内心毒ついた。
まるで身体を何匹もの蟻が這いまわるような不快極まりない感じだ。
「私ちょっと離れるわ」
「そりゃあねぇでしょう姐さん。今回の依頼の要は姐さんですぜ。こういう移動時は背後が危ないんですよ。それに前はアイツが見てるし姐さんにもしもの事があったら大変じゃねぇか、オイラ達が危険から姐さんをちゃんと守りますから安心して下せい」
お前の視線が一番危険なだよと思いながら、リースは足を速めヴィノの隣まで追いついた。
身の危険を感じる3人よりかは、多少いけ好かないこっちの方がまだ安全だと思ったからだ。
「やめろ!! 近づくな」
「何よ、そんなに邪険にしなくたっていいんじゃないの。まだ昼間だし、まとまってれば安全でしょう」
「違う、臭いから近づくなと言ったんだ」
「はあぁっ!! なっ、何ですってッ!!」
顔を真っ赤にしたリースが捲し立てるようにヴィノに詰め寄った。ここまでの礼儀知らずだったとは。
確かに冒険者は人生の大半が野営や戦闘に割かれてしまって、まともに湯あみなんてできはしない。それでもリースは他の誰よりも衛生管理とくに清潔には十分気を使っているつもりだった。
よりにもよって女性に対して無遠慮に臭いなどと口にされるとは思いもよらず、指先が真っ白になるほど杖を握り絞め、ワナワナと肩を震わす。
「ちょっと、もう一度言ってみなさいよっ!! これでもちゃんと朝湯あみして来たし、服もローブも洗濯してるわ。私の一体どこが臭いっていうのよ!!」
「勘違いするな。俺が臭いと言ったのはそういう意味じゃない」
「じゃあどういう意味よ。説明しなさいよ。出来るんでしょう。私が納得できる説明してみなさいよっ!!」
何をそんなに怒っているんだとヴィノが疑問符を浮かべると、前を向いたまま面倒くさそうに説明を始める。
「納得するかは別だが、お前が付けているその香水が問題なんだ。それにちゃんと洗濯してると言ったその衣服やローブもそうだ。忌避虫用にシトラスの石鹸を使ってるようだが、あれは町の石鹸の中で一番匂いが強い。ギルドの中にいた時から匂っていた。俺の鼻は敏感なんだよ。そいう人工物や生活臭の強い臭いは、鼻について取れなくなる。いざという時に鼻が狂って使えないんじゃ意味がないんだ。鼻が使えないのは俺にとって死活問題なんだ。因みにお前だけじゃなく、後の3人も同じだ。噛煙草の残り香、防具の手入れ油に洗濯していない服から醸す汗やドロの残滓。強烈な焚き火の残り香だ。そっちは気にしなくても俺は嫌でも気になるんだ。わかったのなら離れてくれ」
説明が終わると、リースは何も反論してこなかった。そういう意味なら仕方がないと納得はしたようだ。
ただし、恨めしそうな顔で睨みつけていた。
「そんな顔するなよ。せっかくの美人が台無しだ」
「なっ、なによ…今更ご機嫌取りしたって遅いのよ」
頬を真っ赤にするリースに、ヴィノが始めて顔を向ける。フードの目元から見せる黒い瞳でリースをジッと見つめる。
「事実だ。俺は女に嘘はつかん。後の3人の相手をするのが嫌だからって俺の隣に来たのはわかるが、ならせめて俺の仕事の邪魔はしないでくれ。俺はあんた達を無事に村まで連れて行かないといけない。悪いが話し相手にはなれない」
「そう…わかったわよ。まったく…どいつもコイツも」
残念そうなリースの声を耳にしたヴィノは少し言葉を加えることにした。
「今風は向かい風だ。俺の後ろにいれば問題ない。適当に左右を向いて警戒しているフリでもしていろ。魔術師なんだろう。あとで何聞かれても良いように、索敵魔法でも掛けていたと言えば問題ない。魔法に興味ない連中だからな」
「ふぅ、そうね。わたし索敵魔法なんて使えないけど、そうするわ。どうせ女を抱くこと以外興味ない連中なんだし、説明したって理解できないでしょうね」
鼻で笑ったリースは礼を伝え後に回った。内心いけ好かない奴だと思っていたが、意外にも気遣いもできるのだと関心していた。
その後何度か自分の髪を摘まんでは匂いを確認していた事などヴィノは知る由もなかった。
リースが視界から消えるとヴィノはやっと仕事に集中できた。香水に邪魔された意識と感覚を周りに向け周囲警戒を続けた。ギルドに集まる前、乗合馬車の業者達から街道沿いの情報収集を行い、フォレストウルフの繁殖期だから気を付けろと情報を受けていた。実際に被害を受けた商隊は無いが、何故か商人たちは皆気が立っていた。
フォレストウルフの1匹2匹程度なら問題ないが、群れの遭遇は大きな懸念材料になる。街道や周囲に痕跡が無いか意識を向けて進むのは正直疲れるのだ。
だからなるべく他で気を遣う事は避けるに越したことはない。リースに背後を警戒してもらえればそれだけで気持ち的に大いに助かるとヴィノはそれだけ考えていた。
そんなヴィノの気持ちなど知らずにいるリースは、ヴィノに聞こえない程の声量でぼそりと一言呟いた。
「ありがとう…」
しばらくお互い無言のまま時間だけが過ぎる。ここまで特に問題なく進んで来れていた。
順調な事はいい事だがヴィノがずっと街道から外れた左の森に向けて視線を飛ばし続けている事にリースは気になっていてた。
「チッ」
軽く舌打ちしたヴィノにリースは尋ねる。
「どうしたの? 何かあったの?」
「綺麗な羽の鳥達が飛んで行った…さっきも飛んで行った…ただそれだけだ。気にするな。こっちが気にすれば向こうも気にするから」
「どういう意味?」
「だまって歩けってことだ」
「ああ…はいはい…」
反論するだけ無駄だろうと、リースは呆れて溜息を溢した。
そんな2人の様子を前衛3人は眺めていた。
「何かあの二人急に接近しちまったな」
「おい、マッシュ。お前が変な目で見るからあの魔術師が警戒しただろうが」
「おいおい。オイラのせいじゃねぇって。タイミングが悪かっただけだぜ。それよりカーズさん。あのケツ見たかよ、形も良いしあの肉付きスゲー弾みがいありそうじゃねか。あんないいケツそう滅多に拝めねぇぜ。町の娼館の年増連中より断然抱き心地が良いに決まってらぁ」
「カーズが今言っただろう。そういう目を止めろと。これから一緒に仕事をする仲間なんだぞ。仕事中は間違っても変な気起すんじゃねぇぞ」
「わーてるって、エドの兄貴。でも妄想すんのは別にいいだろう。村まではまだ掛かるし、こういう時こそ自由な妄想を楽しまねぇとさ。それにどうせ野宿だ夜も長いしチャンスはまだあるさ」
「それを言うなら、ちゃんと仕事をしてから言え」
カーズが少し窘めると、マッシュは軽い態度で了解と示した。本来なら移動中でも前衛が前で警戒監視を行うのが普通だが、今回は支援職のヴィノがいる。
カーズはスカウト猟兵という職種がどれ程の実力の持ち主なのかわからなかった。今回のリーダーを任せてられている以上は、仲間の能力を正確に把握しなければならない。
「どうしたカーズ? 何か気になる事でもあるのか?」
エドが尋ねてみたが、あえてカーズは何でもないと告げる。今の所ヴィノの実力を測るにいたる情報はない、あえて他の仲間に話すまでもないだろうと考えた。
ヴィノが使い物になるのかどうかが、今のカーズの懸念材料となっている。
あえてここは本人に聞いた方が早いのだが、あの男は今朝のギルド内での出来事で気さくに話しかけれる相手ではない。ならば変に声をかけるより、もうしばらく様子見に徹した方がいいとカーズは考えた。
陽が傾き始めた頃、村までの中継場所である交易野営地に到着した。ここまでま何とか予定通りに進み、このまま行ければ明日の昼前までには目的地であるリンド村に到着するだろう。
みんな長時間の道のりでやや疲れは見られるが顔色は明るかった。野営地についたヴィノは早速薪を組み上て火を熾す。
手慣れた仕草で準備している間、リースは椅子代わりの倒木に腰を降ろすとブーツを脱いで足のマッサージを始めた。
リースの装備品を見てもある程度の遠征経験がある装備だっが、今回は靴選びを間違えたようだ。
靴底は厚かったがチャッカブーツは街道の悪路には不向きだった。体幹を保持するため足首や膝に負担が掛かってしまい、せめて足首まで保護したジョンパーブーツを履いてくるべきだった今更ながら後悔していた。
前衛3人が周囲警戒とテント設営をしている間。ヴィノは食材を選び調理を始めた。刻ん野菜と保存肉を鍋の中に入れ、熾火に置いて煮だす。
あとは味付けの塩コショウと数種類の香辛料で味付けを済ますと冒険者の定番料理野営ポトフの完成だ。
「できたぞ。後は各自が椀によそって食べてくれ。俺はちょっと離れてくる」
「えっ? もう日は落ちて真っ暗じゃない。どこ行くのよ?」
「なんだ。用足しに行くだけだぞ。心配してくれるのか?」
「なッ!!」
渋い顔で真っ赤になったリースが睨みつけると、とっとと行ってこいと手で払った。その反応が面白かったのかヴィノは軽く鼻で笑って森の奥へと消えていった。
「姐さん。あんな奴ほっとけばいいですよ。こっちが気に掛ける必要なんてないんですし、それよりほら。オイラ達と少し親睦でも深めましょうぜぇ。オイラ前から少し魔法に興味があったんすよ。姐さんに教えてもらえたらなって」
さっそく絡み始めてきたマッシュにリースは最大限の侮蔑の眼差しを向けるのだった。
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