第2話

 6日前


「それは…本当に大変でしたね…ヴィノさん」


 ギルド内のカウンターに座る受付嬢のリリーは愛想笑いなのか苦笑いなのかわからない複雑な表情で言葉を溢した。


 今年4年目を向かえたリリーは必要書類に目を走らせていた所に、余りにも暗い表情のヴィノがギルドに入ってきたのが目に留まったからだ。


 加えてこれから緊急のクエストを依頼するにあたって問題にならないか確認する意味もあったが、話を聞いていくうちに心中穏やかにはいられなくなった。


「あの…ヴィノさん、何もそんなに落ち込まないで下さい。今回は運が無かっただけですって、それにヴィノさんは少し周りに誤解される性格ですから、長く見ていければヴィノさんの良さはわかってもらえる人に出会えますから」


 サイドアップに束ねた金髪にブルーの瞳を細めた営業スマイルを送るリリー、冒険者達から天使の微笑み等と言われる彼女の営業技術だが、残念な事にヴィノにはその効果は無かった。


「157回だ。今回で157回お見合いで断られた。やっぱり冒険者というその日暮らしの奴は相手にされないんだ。相談員にも言われたよ。せめて兼業でもいいから真面な仕事に就いてみてわどうでしょうかと」


 暗く沈み込むように頭を垂らす姿は、何と例えたらいいのか形容する事が難しい。背中から漂う悲壮感が仲間を求めるかのように醸し出されているようだ。


「確かにそうですけど、私が言うのも何なんですが。問題はヴィノさんの条件だと思いますよ。だって結婚条件が『一緒に村に帰って暮らす』ですよね。ヴィノさんの出身はたしか東方山岳地方のさらに奥地の辺境地でしたよね。この町で生まれ育った子達にはそんな環境で暮らす事自体が大きなリスクになりますからね。せめてこの町で暮らす気にはならないんですか?」


 リリーの助言にヴィノは黙って首を横に振った。


「それは無理だ。ガガルの民は氏族同士の繋がりに特別な思い入れがある。成人した者は遠方から嫁を貰わないと一族として迎えてもらえない」


「あっ!! でしたら、この国に永住するのはどうですか? 冒険者ですから永住権は比較的簡単に下りますよ」


「いや駄目だ。ちょっと個人的な事情があって、永住すれば皆に迷惑を掛けてしまう。とにかく嫁を見つけて村に帰らないと不味いんだ。それにもう時間が余りない」


 何か腑に落ちないと思いながらも、彼自信に何か言えない事情があるのだと内心で納得するリリーは、もうこれ以上踏み込むのは得策ではないと感じ、仕事の話を始める事にした。


「一応確認ですが、依頼は受けて構わないですよね。どんな事情があるにせよ受けるからには仕事はきっちりとお願いしますから」


「わかっている。金を貰う以上はちゃんと分別は付けるから問題ない。それで依頼内容は?」


 さっきまで暗かった表情が晴れ、仕事の顔になるのを確認したリリーは、よろしいっといった顔で依頼書を引き寄せた。


「依頼内容は先週隣村に出現したマーダーベアーの討伐です。数は1体です。難易度は中級クラスです。今まとまった冒険者が他のクエストで出払っているため、今回は混成クエストになります。討伐のメインは『鋼の旅団』から前衛が3名と、後衛で魔術師ギルトから三級クラスの魔術師が1名就きます。ヴィノさんは今回彼らの支援員として同行してください。何か質問はありますか?」


 説明を聞いたヴィノは徐に頭を掻きなながら、弱ったなっと内心呟いた。


「あくまでも戦闘は彼らがメインで、俺は支援で良いという事だが。報酬の分配についてはどうなるんだ。まさか支援員だからってその分安くされるのか?」

 

「えっと、成功報酬は金貨14枚です。その内のヴィノさんの報酬は…金貨2枚になってます…」


 リリーの申し訳なそうな返事に、ヴィノは軽く溜息を溢す。


「他の連中は金貨3枚か、この手の依頼は金貨3枚が最低報酬なんだが、少なくないか?」


 金貨1枚あれば5日は暮らせる。隣村まで行って帰って来るだけで2日は掛かる。そこで調査で3日掛かったとして、この時点で報酬の金貨1枚の出費だ。食糧や薬、旅の諸々も経費が掛かり、加えて捜索が長引けばその分出費が嵩む。命を掛けて請け負うのに金貨2枚は安すぎる。 


 短期決戦で依頼をこなさないと赤字で終わる。


 ヴィノの真っ当な反論にリリーはもっともですと頷くと、さらに説明を付け加えた。


「ですが、討伐したマーダーベアーの素材買取費はヴィノさんに全額還元することになってます。状態がよく採取できれば金貨1枚になりますよ」


 リリーは十分な解決法を提示してと思っているが、ヴィノは素直に納得出来なかった。何故なら、素材買取は状態が良ければ高額買取してもらえるが、少しでも傷や損傷個所があればその価値は一気に下がる。

 

 当然マーダーベアーが大人しく討たれてくれるはずもなく、反撃すれば槍や剣の斬撃や魔法による損傷が著しく残ってしまう。

 そうなっては二束三文にすらならないだろう、こんな追加条件はハッキリ言って迷惑以外のなにものでもない。

 

 むしろ悪意すら感じる条件だ。しかし、リリーに悪気はない。


 受付嬢が買取市場の事情など知る由もない。恐らく依頼内容を観て、報酬が少ないヴィノに対しての救済処置として条件を追加してくれたのだ。

 それが善意であってとしてもヴィノにしてみれば迷惑以外の何者でもなかった。


「その依頼断ることは―」


「断るんですか? 今他の冒険者さん達が出払っていないんです。ヴィノさん以外頼めないんです。お願いします。断らないでください」


 子犬のような潤んだ瞳で見つめられると流石のヴィノも断りづらくなった。


「………わかった。やるよ。だたし三日だ。三日で依頼が達成出来なっかったら俺は引き上げる条件を追加してくれ。それなら引き受けよう。」


「ありがとうございます。明朝ギルドに来てください。今回無事に依頼達成されたらD級の銅から金、もしはC級の銅あたりに昇格するかもしれませんね」


 笑顔のリリーとは裏腹にヴィノは今回の依頼が赤字にならない事だけを祈る事にした。


◇◇◇◇


 翌日


 集合場所のギルドに時間ギリギリで到着したヴィノに対して、4人の冷ややかな視線が向けられていた。

 今回『鋼の旅団』のクランから派遣された前衛3人、剣士のカーズ、重装盾のエド、弓士のマッシュがやや不機嫌そうな顔で『いい根性してんなお前』という重たい視線を送っている。


 既に張り詰めた空気がその場に漂い始めていた。


「やっと来たの? スカウト猟兵って始めて聞く職種ジョブでどんな感じなの人かと思ったけど。普通の斥候とさほど変わんないわね。それと遅刻じゃないけどもう少し早く来てもらいたかったわ」


 杖を持ち、若く端正な顔立ちに腰まで伸びるウェーブの掛かった赤毛を靡かせながら口を開いたのは、後衛として魔術師ギルドから派遣された女性魔術師だった。

 

「リース・シャフスクよ。魔術師等級は三級の四つ星。属性は風と土の二つよ、攻撃と支援両方できるわ。よろしくね」


「俺の名はカーズだ。ギルド等級はC級の銀だ。よろしくな」


「エドだ。等級はCの銅だ。余り俺たちを待たすんじゃねぇぞ」


「あんたが噂のヴィノかい? オイラはマッシュって言うんだ。よろしくな。等級はアンタと同じD級だけどこれでも金だぜ。つまり俺の方が上ってことだ。オイラの言ってる事わるかるだろう」


 リースが自己紹介を始めると前衛三人もそれに続いた。カーズは剣士らしく標準的な鎧と双剣を装備していた。

 エドは全身を蒼色のフルプレートアーマーで覆い、ヘルムに囲まれて表情すら読み取れない。背中に自身より頭一つ分程大きな盾と戦斧を背負っている。重装盾士らしく、皆の中で一番長身で体格が良い。

 マッシュはまだ若く童顔とそのお調子ぶりが声と態度に出ていた。メイン武器は弓だが腰に短剣を装備している。

 階級はカーズが一番上なので今回はカーズがリーダーに選ばれる。階級が上の人物がリーダーを務めるのはギルドの暗黙の了解となっている。

 因みに階級がリースだけ違うのは所属するギルドによって階級の表し方が違うためだ。



「ヴィノだ。職種はスカウト猟兵でギルド等級はD級の銅だ。全員揃ったのならもう出発するぞ」


 単調な言葉で挨拶を終えると、皆に出立を告げた。

 しかし、その行為はまずかった。一番階級上のカーズが声を上げる。


「おい、ちょっと待て。今回この依頼のリーダーは俺だ。勝手に仕切らないでもらいたいな。まずはメンバー内で情報の共有をしないとだろう。それに一番遅れてきたのに挨拶だけか? まずは皆に何か言うべき事があるんじゃないのか?」


「遅れてきた? 時間に遅れたのなら謝罪するが俺は時間通りに来たはずだ。それに依頼内容は各自事前に把握しているはずだ。もししていないならそれは本人の落ち度だ。俺は目的を把握し自分がやるべき事を理解している。何か別に連絡事項が増えたのなら聞くが」


 ヴィノの返事にリースの柳眉が吊り上がった。


「あなた喧嘩売ってんの? 彼が言ってるのは最後に来たのなら、せめて『待たせてすまなかった』って、一言あってもいいんじゃないのかって言ってるのよ。少なくとも私たちは待たされたのよ。これから命を預ける仲間達に対してその態度はどうなの?」


「時間前に来るのを責めるつもりはないが、先に待っていたのはそちらの都合だろう。俺は俺でやるべき事があったんだ、最低限時間に遅れずに来た。何も問題ない」


「このッ」


 リースがさらに言うとした所で、カーズの手が遮った。


 早くもパーティー内で険悪な空気が漂ってしまった。リーダーのカーズもこれ以上踏み込むのは得策ではないと判断し、それ以上の追及は止めた。


「オーケー。これ以上は時間の無駄になる。すぐ出発しよう。ヴィノ、君が周囲と距離を取りたいと言うのなら構わない。自分の仕事をしてくれるなら俺は何も言わない。ただし、少しでも仕事に手を抜くようなら俺も厳しく言わせてもらうかな」


「当然だ」


 ヴィノは背荷物を背負い直すと、先にギルドの扉から出ていった。それに続けてカーズ、エド、マッシュと続いた。


 4人の姿を視界に映しながらリースは溜息を溢し指を組む。そして問題なく依頼達成し無事に皆が帰れる事を祈り終えると歩み始めた。

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