スカウト猟兵は今日もなんとか生きてます。

北条智仁

第1話

 中央大陸の片隅にある冒険者の町ベルド、その町の一角にあるひときわ立派な建物に星と剣で飾られた総合ギルドの看板が掲げられている。

 いつもは騒がしく冒険者の活気にあふれたギルド内に、ひと際威勢のある声を上げて受付嬢に詰め寄る中年男がいた。


「だから何度も言ってるだろ。あのヴェノとか言う男が仲間3人を殺して1人に重症を負わせたんだ。あいつを今すぐ捕まえて衛兵隊の詰所に連れていけぇ!!」


「あの、ライリーさん。どうか落ち着いて下さい。お話は十分理解しました。ですが、片方の意見だけ聞くわけにはいきません。ヴィノさんからも話を聞かない事には、ギルドとして動くわけにはいきません」


「こっちは既にカーズとエドが殺られてんだ。生き残ったマッシュは今も救護院のベットの上だ。しかも魔術師のリースも殺された。あの盗賊崩れにだ。チキショーあの野郎ぉ!! よくもカーズとエドを…」


 目を血走らせ犬歯を見せるライリーの姿に、ギルド受付嬢のリリーは普段とは違う空気を感じていた。

 これまでも様々なパーティー内で小規模な問題は発生していた。本来なら冒険者同士のもめ事は当事者同士で決着を付けなければならなし、その結果が最悪だったとしてもギルドは不干渉だった。

 これまでもギルドは仲裁ことすれど、どちらの肩も持たない中立的立場を保ってきた。しかし今回の殺人事案は形式が違っていた。

 パーティー内で重大犯罪が行われた場合はギルドにその采配権が委ねられている。故に慎重に判断を決めなければならない。

 

 リリーに詰め寄るライリーは今にもヴィノに報復に行きそうな勢いで言葉をまくし立てている。

 流石にこれはまずいた思った時、リリーは後から軽く肩を叩かれた。


「マルク主任!?」


「君はもう下がりなさい。後は私が対応するから」


 そこに現れたのはギルドの受付責任者のマルク・ラブーサー主任だ。齢40を迎えた細身の長身で、受付従業員の中で唯一の男性だ。

 リリーと席を代わったマルクは眼鏡の奥の切り目でライリーの様子を伺うと、落ち着いた口調で語り始めた。


「ライリーさん。あなたのクランメンバーに不幸が起こった事は把握しました。突然大事な仲間を失って動揺する気持ちはわかりますが、貴方はこの町で一、二を争うクラン『鋼の旅団』のリーダーなのですよ。そのような醜態を他の人たちに見せるのはいかがなものかと思いますが」


 マルクの問いにライリーはハっとして我に返った。


「………すまない、少し動揺した………つい頭に血が上っちまった………」


「構いませんよ。大きく深呼吸したら少し話を整理しましょう。いいですね」


「ああぁ。そうしてくれ」


 カウンター越しにマルクは手にした書類に目を走らせる。


「マルクさん。5日前にあなたの所に所属している剣士のカーズ、重装盾のエド、弓士のマッシュと、魔術師ギルドから派遣された魔術師のリース、そして支援員としてスカウト猟兵のヴェノの5人で混成クエストに参加した。間違いないですね」


「そうだ。依頼は隣村を襲撃したマーダーベアーの討伐だ」


「ええ、知ってますよ。それで村でマーダーベアーを討伐して帰路に就いたその夜。交易野営地でヴィノがカーズ、エド、リースの3名を殺害。マッシュに重傷を負わせたと」


「そうだ。それで間違いない。それでいつアイツを捕まえてくれるんだ」


 急かすような口調のライリーに、まったく動じないマルクは話を続けた。


「落ち着いて下さい。私が今知りたいのは何故ヴィノが4人に危害を加えたのか、その動機です。動機もなく危害を加える理由がわかりませんね」


「マッシュの話じゃ、帰路についたその夜にヴィノが食事に睡眠薬を混入させようとしたのをリースに見られたそうだ。それを咎められ口論になって、それでヴィノが持っていたナイフでリースの腹を刺したそうだ。すかさずリーダーのカーズが止めに入ったがそのカーズも…」


 ライリーは革手袋を握り絞め、顔を伏せた。


「そうですか。では何の目的があって睡眠薬を食事に混入しようとしていたのかは本人に直接聞かなくてはいけまんが、その話が事実だとしたらこれは重大事案になりますね。かねてからヴェノ氏には他パーティー内での衝突が何度も報告されていました。恐らく内容は間違いないでしょうから、ヴィノが戻り次第こちらで身柄を拘束しておきます」


「ええ、お願いします」


「あの、主任…」


 会話の途中でリリーが割って入ってきた。


「主任。ヴィノさんが戻ったらまず話を聞くのが先ですよね。確かに前からヴィノさんの問題報告は受けてますが、いつも内容は相手からの一方的な思い込みによるものです」


「思い込み?」


 マルクは訝しげに首を傾けた。


「そうです。ヴィノさんが偵察で途中居なくなるのをサボってるとか、皆で食事をするのに姿をくらます。のも、本人から聞けば警戒監視中だったと言ってちゃんと理由がありました。いくら何でも―」


「おい!! さっきから聞いてればお前えらくアイツの肩をもつじゃねぇかよ。ひょっとしてアイツに気があるのか? ギルドの受付嬢はいつから特定の冒険者に便宜を図るのが許されたんだ」


「なっ、何ですかその言い方は!? 私はあくまでも中立で意見を述べてます。それに先ほどから一方的に決めつけて話してるのはライリーさんの方では無いですか」


 頬を染めながら言い返すリリーの様子をみてマルクは軽く溜息を溢す。まずい事に周りの冒険者達が冷めた視線で二人の様子を眺めている。

 いつもは冷静沈着で明るく対応するリリーが、躍起になってライリーに食らいつく状況に邪推の一つも思い込む者が出てくるかもしれない。


「今日は一段と騒がしいな」


 その低い独特な声がギルド内に響いた時。全員の視線がそっちに集中した。くたびれた革鎧に、全身黒で統一した服で入ってきたのはこの騒動の元凶であるヴィノ本人だった。

 薄赤毛の短髪をポリポリとかきながらリリーのいるカウンターまで来ると少しこけた頬の上にある暗い瞳がリリーに向けられる。


「スカウト猟兵のヴィノだ。予定より2日遅れたが今戻った」


「おい、貴様ッ!!」


 咄嗟にライリーがヴィノの肩を掴んだ。これは不味いとマルクは強い口調でライリーに警告を発する。


「知ってはいると思うが。ギルド内での私的な制裁は厳罰に値するぞ」


 その言葉にライリーの動きが止まった。あと少し遅ければライリーは握りしめてた拳でヴィノを殴っていただろう。


 ハっとしてリリーが口を開く。


「あの、ヴィノさん。戻られたのに恐縮ですが、こちらのライリーさんから貴方に苦情が寄せられました。その確認をしたので奥の応接室までよろしいでようか?」


「オイ!! コイツにそんなのは必要ない。今ここで確かめてやる。オイ、ヴィノ。お前俺たちのメンバーのカーズとエドを殺したな」


 鬼気迫るライリーの問いに、ヴィノは一瞬考えてから答えた。


「ああ、殺したよ。それが何だ?」


「そっ? ………ッ!?」


 ヴィノの呆気ない返答に一同唖然とする。言葉に詰まったライリーもまさかこうも簡単に自供するとは思ってもみなかった。


「きっ、…貴様ぁぁ!!」


 完全に血が上ったライリーが剣を抜くと、周りの冒険者達が慌ててライリーを抑え込む。

 何度も放せ。と叫ぶライリーをヴィノは顔色一つ変えずに眺めている。


「まさか…ヴィノさん…」


 リリーは、ヴィノが人殺しを自供した事に顔が青ざめている。まさか本当にするなんて思ってもみなかったからだ。


「ヴィノ。何故睡眠薬を使ったのか、その理由を聞かせてもらえるかな」


 指で眼鏡のフレームを押し上げながら射貫くような声でマルクが詰問する。


「睡眠薬? 何のことだ? あれはトレントの干根だ。まあ作用としては強力な睡眠効果はあるが」


 淡々と答えるヴィノにマルクは確信した。この男は間違いなく黒だと。もはやこれ以上の尋問は不要と判断しリリーに直ぐにギルドマスターを呼ぶように指示を出す。

 呆然とするリリー、騒然とするギルド内、ライリーに至ってはぶっ殺すと叫び今にも飛び掛からんとする勢いだ。


 混乱が増していく状況下で、さらなる来訪者が現れた。


 勢いよくドアが開かれると、紫の尖がり帽子とローブを纏った妙齢の麗人が足早に入ってきた。その細い肢体から発せられる並々ならぬ気迫に圧され、一同道をあけて避ける。


「魔術師ギルド所属。翡翠班補佐のコリン・クローネだ。我がギルドに所属するリース・シャフスクについて、至急ギルドマスターに報ずる件がある。加えて『鋼の旅団』の責任者とスカウト猟兵のヴィノという人物両名をここに召喚してもらいたい」


 よく通った声で向上を述べ終えたコリンに、皆の視線がヴィノとライリーを交互に向けられる。


「ヴィノは俺だ。それと、多分アイツが責任者だと思うぞ」


 ヴィノが親指を立ててライリーを指すと、彼は黙って頷いた。


「それは僥倖、手間が省けたわ」

 

 コリンの口角の端が緩むと、短杖を前に出して構えた。魔素が漂い早口で詠唱を始める姿を見ながら、ヴィノは面倒くさいと言った感じで溜息を漏らすと天井を仰いだ。

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