第5話 救いたい/救えない

 道明寺君達から逃げるためにこの建物に入ってきたけれど、ちょっと前に3人の男女が化物を倒して、バリケードを作ってくれていた。純粋に凄いと思ったし、カッコよかった。


 何より3人はこの状況でも楽しく、和気あいあいとした感じでとても輝いていた。こんな時に楽しそうなのは不謹慎かなとも僕は思ったけれど、羨ましいとさえ感じた。僕もあんな風に笑える友達が欲しいな。


「ここを開ければ出れるよね?」


 思わず逃げてしまった僕は隠れてしまい、今シャッターを開けてコッソリ逃げ出そうとしている。


「うああ!」


 シャッターが思いっきり開いてしまった。まあいいやこれで逃げれる。


『火事です。火事です』


 <フォンフォン フォンフォン>


「警報? 誰が鳴らしたんだろう?」


 でもごめんなさい。僕は死にたくないから逃げます。


 きっと逃げようとしたから罰が当たったのだろう。結果的に 


「うあああああああああ! 誰か助けてえええええええ!」


 僕はゾンビに追いかけられていた。



 ※



「おい! 逃げてる君! 早く上ってこい!」


助けを呼ぶ彼はそこまで体力が無さそうに見えたし、早く何とかしなければ。


「おや、助けるのかい? 僕たちの生存率が下がってしまうよ?」


 相変わらずこの人はぁ!


 忘れ物感覚で良心どっかに置いてきたの? この人でなしっ!


 いや分かるけどさ、これで見捨てるのはどうかと思う。


「いやいや、見て見ぬ振りも出来んでしょう?」


「コウちゃん! このアラート止めた方が良いよね?」


「舞依、頼める?」


 彼女はコクリと頷くや否や、すぐさまバックヤードの方へ走って行った。頼むぞ舞依。


「明日人さん。あそこのソファ持ってくるの手伝って!」


「問題ないが、バリケードを作るのかい?」


「エスカレーターから落とします」


少しでも時間を稼ぎたい。


「早く上がって!」


「はいぃー!」


 俺は上ってくる彼とは逆に下りのエスカレーターから下りる。向きが同じタイプで助かった。下り側から上り側のゾンビを殴り飛ばし、俺自身も上に駆け上がる。


「うぉおおおおおおおおおお」


エスカレーターの逆走。やってみたいと思った? 実際やったら無駄に疲れるだけだったよ。これならルームランナーで我慢しておくべきだね。


「はあ、はあ。ソファお願い!」


「「せーの!」」


 明日人さんと彼が一緒にソファを落とした。ドカドガ音を立てながらソファはボーリングのピンのようにゾンビをなぎ倒していく。上り側は今はこれでよし。


 下り側はゾンビのスピードがそこまで早くなくて団子状態で詰まってきている。


「これはイタチごっこになりそうだね。とりあえずバリケードを作ったほうが良いんじゃないかな?」


上り側を見てみればソファを乗り越えて上って来る奴が居る。


「賛成ですね。君! 名前は?」


 びくっと体を硬直させて最初に会った少年に話しかける。


「あっ金城昇かねしろのぼるです」


 初めて近くで彼を見たが、声も高めで身長も低め、髪も結構長く、両目が隠れるくらいまでの長さはある。一瞬女の子かと思った。


「俺は堀田浩二、こっちは茂神明日人さん。宜しく金城君」


「宜しく頼むよ」


「はっハイ、宜しくお願いします」



 ※



(急がなきゃ、多分事務所とかに報知器の機械があるはず)


 私はバックヤードを走っていた。事務所は2階の反対側にあるようで少し時間が掛かってしまった。勢いよく扉を開ける。


(どれだろう? あれかな?)


機械が集まっている場所がある。ビンゴ!


(どのボタンだろう……)


 額の汗を拭いつつ、盤面を見渡す。


 一時停止に停止ボタン、色々あるがよくわからない。


(とりあえず順番に押せばどれかで止まるはず)


 2回目のボタンでアラートを止めることができた。


「良かった」


 これでこれ以上ゾンビは、集まってこないと願いたい。


 安心しきった彼女は上がった息を整え、出入口へ向かおうとする。


 開きっぱなしの入口に、いつのまにか1人の少年が立っている。


 少年だった。



 ※



 その後、もう何個か物を落としてからバリケードを作った。人の気配がしなくなったらゾンビ達も上ってこないかもと思い、その場から離れている。


「ほい、金城君もバット持ってな」


「はい。あの……これで彼らを殴るんですか?」


「そうだね。近づいてきたら思いっきり殴っちゃえ」


 いつ何があるか分からないし、彼も持っておいた方が絶対良い。


「あはは、君を追いかけていた5人組も殴ってしまうかい? それもいいかもしれないよ」


 誰か明日人さんに外付けの良心装置を付けてくれないかなあ。とは言え今回は同意したい。


「だっダメですよ……」


「でも道明寺は君を殺す気だったぞ」


 流石の俺も状況が状況だし、相手が殺意を持ってるなら反撃する。


 おっ!?


「火災報知器が止まったみたいですね? 自然に止まるものなんでしょうか?」


「ああ……うちのお嫁さんが止めに行ってくれてるよ」


 ちょっと照れ隠しにお道化る俺である。


「お嫁?! 堀田さんおいくつなんですか?」


「金城君、浩治君は君の1つ年上なだけだよ。付きあったばかりで、彼女と言うのも恥ずかしいんだ察してあげてほしい。まあそれでお嫁さん宣言するんだから色々から回ってるけどねえ」


 ジト目で彼に文句を伝えるが彼はどこ吹く風。満面の笑顔で「どうしたんだい?」なんて知らぬふりをする。


 的確に人の心を読んでくる明日人さんは、やはり詐欺師の才能があるのでは?


 そして恥ずかしいので人の心を暴露するのはやめようか? てかエスパーかよ。


 俺が溜息をついて顔を逸らすと彼はにやにや口角を釣り上げる。


「ほら、意外と可愛いんだよ彼は」


「ふふふ、お2人は仲良しなんですね?」


「いや、明日人さんとは今日出会ったばかりよ……」


 驚きの声を上げそうになった金城君だが「僕には真似できないなあ」と俯いてしまった。


「じゃあ舞依が戻ってくるまでに他のエスカレーターも片づけとくか」


 この時は、更に酷い状況になるなんて考えもしなかった。



 ※



「こ、来ないで!」


 バットを握りしめた。首をケガした少年を庇いながら、私は下がる。彼を追って男のゾンビがやってきたのだが、そのゾンビは


「なんで……だよ」


 血がボタボタと落ちているその包丁からは、ケガをした少年を何度も切りつけたことが窺える。


「ねえ。何で包丁なんて持ってるの? ゾンビじゃないの?」


「はあ、はあ……わかん、ねえ。あいつはダチだったんだ。それがいきな、り。」


 息も絶え絶え。ドクドクと手や首から黒くなった血が滴り落ちる。道明寺の友人である彼の傷は深い。早く止血しなければ命に関わるだろう。


「あんた……俺を、置いて逃げろ……」


「何言ってるの! 貴方が殺されちゃう」


「━━俺も噛まれてんだ。うっ、あんたを……襲いたくない」


 今にも力尽きそうな少年は、最期の命を燃やすように決断した。


 生き残るのであれば私だと。


 ふらふらと足元も覚束ない中、テーブルに手を付いて何とか立ち上がる少年。


「ダメよ。貴方はまだ……!」


 言葉が続かない。助かるなんて根拠の無いことを言えなかった。


「そんなことさせない!」


 武器を持ったゾンビに走り、バットを振りかぶる。


 普通のゾンビであればこれで決着が付いただろう。


「なっ!」


 しっかりとバットの動きを予想していたゾンビが、横に距離を取って


 ━━そして


 殺意の籠った瞳と共に包丁が迫る。


 ━━刺される。


 そう思った直後、突き飛ばされた。


「ぐあがあああ、にげ、ろ」


 少年はゾンビに刺されながらも、なんとか抑え込んでいた。


「ダメエエエエエエ」


 再び振るったバットはゾンビの頭に当たり、テーブルの上の物をはじき飛ばしながら一緒に向こう側に落ちた。


「ああ……」


「……」


 少年の腹からは血が止めどなく流れ始める。


 ━━致命傷だった


「だめ……血が……」


「は、やく。にげろ……」


(━━ああ、ごみクズみたいなことして来たけど、最期に人を助けれた。あんたは……生きてくれよ……)


 少年は満足そうに目を閉じ、それきり動かなくなった。


 私は失敗した。目の前で誰かを死なす。


『━━? ク━━マスの━━━く一緒じゃ━━? 貴方はま━━━━犠牲にし━━━残るのね?』


(やめて……)


『そろ━━━━シとお話し━━━━う? ━━━━身と向き━━時よ?』


(……いや)


 ガサ……。


 テーブルの向こうで音がした。立ち上がり急いで向かうと、ゾンビが立ち上がろうとしていた。


「ぅ、あああああああ」


 ごちゃまぜの感情を叩きつけるようにバットを振るう。


 その瞬間に立ち会ってしまった人物が1人。


「てめえ……」


 道明寺真がそこにいた。



 ※



エスカレーターのバリケードは簡易的だが全て完成した。


 ゾンビが侵入してきた場所から遠いエスカレーターはまだ気づかれていない。やはり食料になりそうな人間が近くに居ると襲ってくるのだろうか?


「藤山待てよ!」


「急げ。バカ」


 おー? 藤山と坊主頭君が1階に居るじゃん? なぜ1階に行った? あの警報音でゾンビが集まってくるとか考えなかったのだろうか?


手すりに頬杖を付いて様子を見守る。明日人さんも手すりを背にし、腕を組んだ。


「何だよあれ! さっきまで無かったのに」


「やべえよ。あっちも塞がれてるぞ」


 既に全部バリケードを作ってしまったが、よりにもよって彼らもゾンビを引き連れてきた。2人合わせてトレイントレインしてる。


「助けないんですか」


「えー。君あいつらに殺されかけたんだよ?」


 少し身を乗り出しながら、下を見た金城君は焦ったように言った。君も大概お人好しだねえ。


「あはは、彼らが逃げ切れるか賭けでもしようか?」


「じゃあ、逃げ切れないに掛けます」


「では僕も逃げ切れないに掛けよう」


 賭けが成立しないじゃないか。仕方ない。


「金城くんが逃げ切れるに掛ける?」


「ええ! 僕もかけるんですか?」


 まあバックヤードに回れば助かるかあもしれないし? まあ気づかないでもらった方が俺達は楽だが。


「あっ! 堀田! お前何してくれてんだよ」


 怒声が響いたが取り合う気はない。


「明日人さーん。舞依が戻ってきたらさっさとここから逃げるとしますかー」


「それが良いね、僕らは悠々とここを去ろう。下は賑やかで楽しそうだから邪魔しないでおこうか」


 俺の意図が伝わったのか、2人して大きな声で聞こえるように話す。こういう時の察しの良さは凄いわ。


「お2人共、それはあんまりじゃ……」


いやあ、藤山が君や俺達に謝罪したら助けるかもしれないが、無いだろ多分。


「しゃあねえな。……藤山ぁ、ちゃんと金城君に謝れ~そしたら助けてやるぞー」


「はあ? なんで俺だけ!」


 いや隣の坊主頭の名前知らんし。


「じゃあ隣の奴も一緒に謝罪しろー」


「すんませんでした!! 助けてください!!」


 素晴らしい早さの謝罪だ。


「ほら藤山、お前も早く謝れ!」


 坊主君に急かされてるよ。ほらほらぁ? 藤山も見習えぇ?


「くうううう。悪かった! 助けてくれええ」


 はい敬語じゃないのでアウト、だけど隣の子に免じて助けてあげよう。


 二人を助ける為に下り側のバリケードを一部どかしてエスカレーターを逆走させた。藤山には良いダイエットだ。


「藤山? 探しに行った2人は?」


「……見つから、ないん、だよ」


 真っ赤になって、汗だくで答える彼はもう動けそうにない。残念だけど亡くなってる可能性があるな。まあ同情はできない。


 どのみち俺らは舞依が戻ってきたらおさらばだ。そういえばアラートが鳴り終わってから時間が経つが……。


「堀田ああああああ!」


 バックヤードから出てきたのは道明寺と、舞依。


 彼女は腕を縛られ、包丁を突きつけられていた。


「……おい。道明寺……それは笑えないぞ……」


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~じかいよこく~


「おやおや、舞依さんどうしたんだい?」


「コウちゃあああああん! 私助けられなかった! また助けられなかったよおお」


「しょうがないなあ、舞依さんは。《人間ゾンビ復活薬ぅ》!」


「……えっ?」


「さあ、これを打てば助かるよ?」 


次回 死なばもろとも お楽しみに

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