第2話 俺と彼女と知らないイケメン

「あけましておめでとう! 浩治君、川下君」


「あ、あけましておめでとうございます……」


 条件反射で返してしまったが、違うそうじゃない。


「待ってください。1月1日? 12月25日クリスマスじゃないの?」


「? ……ああ、君の中ではそれはそれは鮮烈な時間だったろうからね。色々と記憶も混乱しているのかな? それで済んだと言うのが奇跡だと思うけれどね。本当に体は大丈夫かい?」


 彼は真面目な表情で、心配そうにこちらを窺う。


「コウちゃん本当に大丈夫?」


「え、うん体は問題無いと思うけど……」


 先も体を気遣われたが、舞依にも言われると流石に不安になってくる。


「じゃあ、精神的には? トラウマになってない?」


「精神的にって言われても、こうやって話す分には何も……」


 彼は少し考える仕草をして


「……普通なら狂うか、精神崩壊、廃人になりそうなものだけどね……」


「ん?」


「いや、こっちのコト。君が無事で何よりさ。彼女も君の無事を案じていたよ」


 涙を浮かべ俺を心配してくれている彼女。少し怯えてるのは気のせいだろうか?


 覚えは無いがさっきまでの服装を考えるに、事故か何かで病院のお世話になったと見るべきだな。その後にゾンビ騒動があったのか?


 パチパチパチ……。


 目の前で明日人さんが拍手で歓迎した。


「いいね。感動の再開というやつは、僕もとても喜ばしいよ」


 そんな彼の本気か冗談か分からない笑顔を見て舞依が怒気を向ける。


「っ! ……どの口でっ……」


「僕のこの口だね」


 明日人さんはきらめく様な笑顔を浮かべ、自分のえくぼを人差し指で差した。彼が男性アイドルなら、この笑顔で女性陣はイチコロだろう。


「あなたねえ!!」


 舞依が今までの静かさが嘘のように怒鳴った。明日人さんはまた「ふふふ」と笑う。どの口なのかは知らないが俺は舞依の味方するぞ。


「明日人さん、おふざけはその辺でやめてもらえますか?」


 少し睨みつけ彼に釘を差す。


「……すまないね。僕の悪い癖というより、久々に楽しい会話だったからね。少し調子に乗ってしまっていたんだ」


 意外と素直に非を認めた。どこか彼の顔は物悲しく見える。


「俺はまあ、良いですが……」


「すまなかった。2人共」


「……いえ……私達が助けて貰ったのは事実ですので……こちらこそすみません」


 やれやれ。


 改めて彼女の名前は川下舞依かわしたまい


 小学校は一緒で中学校は彼女が引っ越したため離れ離れになり、高校2年に再開した。俺の好きな人だ。


 見た目は女子にしては身長がそれなりにある方で、髪は黒のストレート、肩より下の辺りまで伸ばしている。


 スタイルはどちらかと言えばスレンダー? 胸はそれなりにありそうだが……。


 さっき着替えたので今の服装は、ライトブラウンのタートルネックと白の長いプリーツスカート、それにブーツを履いてるようだ。


 うむ。ちょっと見惚れた……。


「えっと、それで、どこまで話しましたっけ」


「話の続きだったね。そう、彼女。川下君と君を一緒にここまで運んだ」


「何かの災害だったんですかね?」


「うん? 君も見たと思うが、沢山の人が赤い水に呑まれ亡くなった。その後あの周辺の人間は皆、霧に捕らわれ翌日には誰も居なくなっていたよ」


 赤い水……。


(━━ワタシは、━━━━じゃな━の……彼女を━━た女。君に━━━、わたしは彼━━━━の……だから手━━━なる前に━━殺して━━)


(全部、全部━━━━やったん━━。そのせいで━━━━なに死んだ。そ━━女と━━にいる━━━ちゃんが不幸━━る)


 なんだ? 今のは。思い出そうとすると砂嵐みたいなノイズが発生する。


 俺は胸を抑える。ダメだ……思い出せん。


「コウちゃん、大丈夫?」


「ありがとう……」


「大丈夫かい、浩治君?」


「ええ、なんとか」


 記憶に混乱があるがまずは、状況を整理したい。


「……続けてください」


「そうかい? それじゃあこれからのことについて、僕からの提案をさせてほしい。」


「知っての通り君たちは、追われる身だ。このまま安全地帯に逃げても最悪捕まり、別の施設でこの前以上に酷い目に合うだろう」


 追われる身って誰に?


「……浩治君まさか自分をあんな目に合わせた連中と、仲良くなれると思ってはいないよね?」


 俺の顔が余程疑問符で溢れていたのか、彼は呆れたように言う。そこまでお人好しの馬鹿なのかと。


「追われる覚えがないですよ……」


 今度こそ俺を見限るように嘆息をついてしまった。


「いや、そもそもですね。俺、記憶にないです」


「「え」」


「俺の中では12月25日クリスマスの、ん-と夜? 辺りまでの記憶しかないんですよ」 


「待ってくれ26日から31日きのうまでの記憶は!?」


「……無いです」


 そのことを伝えたときの彼は今までで一番狼狽していただろう「最初にしっかり確認しなかった僕の落ち度だね……」と頭を抱えた。

 舞依も「嘘……」とショックを受けていたようだ。


「なんか……二人ともごめんなさいね」


 この場のいたたまれなさと言ったら……もう俺は炬燵に潜って寝てしまいたい。


「コウちゃん……どこまで覚えてるの?」


 沈黙を破った彼女から溢れる怯えと不安。それが何なのか分からないが。


「えっと、25日に俺と、舞依が、つ、付き合う事になった辺りまで……?」


 これが俺の妄想なら「夢の中で好きな子と両想いになりましたぁ。やったー」とやってる痛い男だ。


「━━良かった」


 心底、ホッとしたように笑みを浮かべる彼女。


「えっと舞依は俺の……彼女になったんだよね」


「そ、そうだよコウちゃんは私の、かっ彼氏だよ」


「ふ、不束者ですが、何卒宜しくお願いします。舞依さん……」


「いっいえこちらこそ……末永く宜しくお願いします……」


「……初々しい夫婦には悪いんだが……僕が居るの忘れないでくれたまえ?」


「「━━!」」


 痛いはずだ。公開処刑である。


 ギロチンに処された2人は、血もびっくりな程真っ赤。


 パンッと空気を切り替える為に彼は手を打つ。


「OKでは掻い摘んで説明しようか」


 彼の話はこうだ。あの日ゾンビ災害が発生しました。詳細不明。町が霧に包まれ一夜にして人がみんな消えました。詳細不明。その後、俺達は5日程施設に入れられていた。


「創作話としてはよくできてますね……本気で言ってます? 明日人さん?」


 疑惑の眼差しを彼に送る。とは言えさっきのゾンビが本物だとすると嘘ではないんだろうな。


「ふふ……悲しいよ浩治君。僕はこんなにも君を信頼しているのに、僕のことを信頼してくれていないなんて……」


 まるでジュリエットと会えないことを悲しむロミオのように彼は辛そうだ。


「んふふふ、そういう言動をする人を簡単に信頼は出来ないですねえ、お口洗って出直せえ?」


 先の舞依の件といい、初対面なのに少し小バカにしてないかい?


「はあ。僕の君への信頼は本気なんだけどねえ」


 またまた耳障りの良い言葉を……。


「本当だよ。コウちゃん……」


 思わぬ所から援護された!


「ほらね。僕の事は信じられずとも、彼女の事は信じられるだろう?」


 ……まあ……二人ともここで冗談を言うメリットは感じられない。


「……私のこと信じてくれる?」


「あっはい。信じます!」


 舞依が『至近距離』から『上目遣い』で聞いてくる。破壊力が凄くてノーモーションで返事した。しかもなんか『うるうる』してるし。


 舞依の凶悪3連コンボにタジタジになっていると「んんっ」と咳払いをされた。現実に引き戻されましたよ! 全く……。


「話を戻すよ? 仮にゾンビだとしよう。先ほども見たから分かるだろうが、外にはゾンビが居て危険なんだということ。これは理解してほしい。一時期はこの中心市街地にはゾンビも人も居なかったけれど、流石に外もあんな状態だ。ここもいづれ離れたほうが良い」


 外が危険なのは分かったが市街地の一部分だけ何も居なかったというのは引っかかる……。


「ゾンビも人も居なくなったのは、ここが被害の中心に近いとしか言いようが無いね」


 ようはドーナッツのように真ん中だけぽっかりと何も居なくなったらしい。ただし外側はゾンビのような化け物が徘徊していたとのこと。


「なんで中心地だけ? 安全だったんでしょうね?」


「それはさっき話した、霧の影響だね。その霧に包まれた場所が中心市街地」


 ああそんなこと言ってたな。


「それじゃあ、さっきの俺の変な力は何ですか?」


 あれは何だったんだ、いきなり使えるようになったけど、まあヒーローが使うような技ではないな。


「それはね。一番大事な話さ」


ちらりと彼は視線を流す。


「そこは込み入っているからね。1つだけ伝えるなら、この災害の元凶とほぼ同じ力ということだね」


「……それめっちゃ! 不穏じゃないですかぁ」


 聞きたくなかったわ。なんだそれラスボスですか。また使えるかも分からないが……。


 ぎゅっと服の袖を握りしめられた。見ると舞依が俯いたまま、俺の服を掴んでいた。


「舞依?」


 ここまでの会話で何か不安にさせるような事があったんだろうか?


 さっきの力は結構残虐なものだったし、俺は見ていないが人が死ぬところも見ているかもしれない。施設で何があったかも知らない。酷いことされたんだろうか?


 そう考えると、彼女のトラウマになるようなことを思い出させてしまったかもしれない。


「そうだね。少し怖がらせてしまったようだ。この話はここまでにさせてもらうよ?」


「分かりました」


 色々聞きたいことはあるが今は止めておこう、舞依の肩を抱き寄せる。


「ごめん。怖い思いをしたんだろ? 思い出させてしまってすまん」


 袖を握る力を弱め「ん……大丈夫」と彼女は俺から離れた。


 にしてもゾンビか。バイ〇ハザードかよ……泣けるぜ


 日本は銃社会じゃないんだぞ? せいぜい武器なんて……


 そうだ! 火かき棒でも探そうか!

 

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~じかいよこく~

「聖剣! 火掻きボルグ! 死ぬな!」


 聖剣は折られ、そして俺は闇に落ちた。


「仇討ちということか? 漆黒のアンブレラ。いや魔剣アンブレラ!」


「お前だけは許さない。聖槍ランジェリー・ポール物干しざお!」


次回 魔が光を穿つ時 お楽しみに

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