第3話 エンカウンター
記憶を失っていても時間は待ってくれない。脱出計画の為に今は武器調達中だ。
さっき使った能力だが、またやろうとしてもすぐには使えなかったので俺自身も武器が必要だった。
そして俺は非常に憤りを感じている。売っていた火掻き棒は思ったよりも頼もしそうな物ではなかったんだ。SIR〇NのSDKはこんな弱そうな物で戦っていたのか。なんて無謀! 逆に尊敬する。流石だ。
悲しみにくれる俺だったが、代わりに素晴らしい物を手に入れた!
「ふふふ。このバールのようなものがあればゾンビもへっちゃらだ」
「あはは。楽しそうだね浩治君?」
「コウちゃん……友達に毒されすぎだよ」
舞依の言う通りだ。親友がホラーゲームが大好きで、泊りがけでプレイ&クリアしたことも何度もある。戦えるならばどんとこい! あっ写真で幽霊撮るのは無理です。怖いです。勘弁して下さい。
「そういう舞依はまさかの野球バットなんだ?」
「うん。持ちやすいし、良いかなって」
無難で良いと思う。ゾンビの頭で野球とか……いややめとこう。
「で、明日人さん……」
「ああ僕は物干し竿だね」
「……今なんて?」
「物干し竿だよ」
ツッコめば良いのかなあ……でもイケメンだから様になってるんだよね。悔しくないぞ。そういや彼は棒を爆発させていたけど何か能力があるのかな?
武器も持ったし、服もちゃんと着ました。後は今後の準備。
「さて、この危険地帯を脱出するためにはゾンビは避けて通れないと思ってもらった方が良い。昼間は移動して夜は何処か安全な場所で泊るこの方針で良いかな?」
「異論なしですよ」
「それしか……無いですもんね」
俺と舞依も同意する。
「浩治君の記憶や能力に関しては保留させて貰おう」
「まあ、今生き延びるのでいっぱいいっぱいですからね。聞いても実感湧かないだろうし」
「……懸命な判断だよ」
「…………」
舞依は無言で眉間にしわを寄せていた。
「舞依にも苦労かけて悪い。ごめんな」
「ううん。……私の方こそごめんね」
舞依が謝る必要は無いと思ったが、彼女は心苦しそうな何とも言えない表情をしていた。
微妙な沈黙が訪れたその時だった。
ガシャーン
遠くで何かが割れるような大きな音。
「……自然発生した音じゃあ、ないですよね」
「そうだろうねえ」
「……見に行くの?」
「寝る直前にゾンビが出て、それを無視して舞依が寝れるなら行かなくても良いかな。俺は絶対嫌だわー」
寝室に突如現れたゴキブリを放置できるのかい? そんなイメージで俺は伝える。
「うっ。コウちゃんの意地悪」
さて家具売り場は上の階だったが音がしたのは下の階。おそらく1階辺りだろう。となると外からのお客様がいらっしゃったと考えるのが妥当だ。
人かゾンビか……
『やあ!
俺の脳内ではノリノリでゾンビを演じる友人が出てきた。何やってんの脳内の
こんなノリノリなゾンビなら出会いたい気もする。いや、やっぱり嫌だわ。
1階に降りると、上の階とは特段変わらない明るさ。違いがあったとしたら。誰かの足音が遠くで聞こえた事だ。
「あい━━━行った? おい━━━━来てる━━━━逃げろ」
かろじて聞こえたが、招かれざるお客様も一緒のようだ。
「沢山ゾンビが入ってきた場合、最悪シャッターを閉めて隔離ですかね?」
悪いパターンを想定する。
「そうだねえ。僕としては、僕たちが生き残れればそれでいいかな?」
「明日人さんは薄情だなあ」
「茂神さん……最低です」
「あはは、褒めても何も出ないよ?」
この男、典型的なエゴイストである。
「はいはい。褒められるような言動してくださいね」
「人としてどうなんですか?」
「君たち2人を助けたことは褒められる事じゃないのかい?」
やっべ藪蛇だあ。
「その件につきましては、本当にありがとうございました。感謝しております!」
全力で頭を下げる俺。
「ははは。当然の事をしたまでだよ。ほらほら川下君ももっと褒めて感謝してくれてもいいんだよ!」
「━━くっ! 感謝、してますが! 今は、逃げてきた人を助けるべきです」
舞依めっちゃ悔しそう。話しそらしたし。まあでもその通りである。
「ああ、そうだった。じゃあ人助けに行くとしようか?」
「先に俺はシャッター見てきます」
※
コウちゃんがシャッターへ走って行った。「よろしく頼むよー」と呑気に見送っているが信用できない。
この男と2人きりというのはかなり不安だ。
「ああ川下君。君たちの能力は四苦八苦。そう言われていたよ」
「━━━━」
こいつ! 私の知らない事まで知っているのか!
「どうだい? そろそろ力は使えそうかな?」
「……何のことですか?」
「んー君が使えないとなると、浩治君だけが力を使えるんだろうか? まあ相当なイレギュラーが発生していると僕は思うよ」
本当に嫌になる。だから私達のこと助けたのか?
「このことは……コウちゃんには」
「安心してくれたまえ、言うわけないよ。僕個人としても浩治君の信頼を裏切りたくないのは本当さ」
助けたり、見捨てたり、何なのだこの男は。
「後もう1つ、聞いても良いかい?」
その先は耳を塞いでしまいたかった。
「君は、誰だい?」
その一言は、私の心をかき乱すのに十分だったが、なんとか取り乱さずに答えを返す。
「━━私は川下舞依です。自己紹介しましたよね」
「…………」
「…………」
沈黙が続く。
「OK。君はあくまで川下舞依であると、そう言うんだね?」
「それ以外に何があるんですか?」
そうだ。私は私だ。コウちゃんが好きで彼の恋人になった女。
「いやいや、素晴らしい。ある意味、僕の望む答えだよ」
「本当に素敵な2人だ。僕は嬉しい。君に敬意を評して、舞依君と呼ばせてほしい」
彼は優雅に礼をした。本当に敬意を込めた、貴族の立ち振る舞いのように。
「貴方と仲良くなった覚えは無いですし、コウちゃんに誤解されたくないです」
本当に止めてほしい。鳥肌が立つ。
「あははは。本当に浩治君が好きなんだねえ。こんなところで惚気なくても良いのに」
「なっ」
「安心してくれたまえ、こう見えて僕は……心に誓った人が居るからね……」
その時の彼は本当に真剣で、同時に哀しそうに見えた。
「じゃあ、浩治君を迎えに行こうか?」
どのみち今は非常事態。脱出するためにも、この男と共に行動するしかないのが歯がゆい。男の背中に付いていこうと歩み出した、その時だった。
『━━━━━━?』
(やめて)
耳元で声が聞こえる。
『━━? ━━━━━━?』
(出てって! ……話しかけないで!)
『━━━━━。━━━━━━━━━?』
亡霊の声が遠ざかる。
……大丈夫。大丈夫だよ。
私が手遅れだとしても、コウちゃんは私が助ける。そう決めたのだから。
※
「シャッターはこうすれば閉まると。大体理解した」
よし、これでいつでも閉めれる。
ふと向こうに人が立っているのが見える。
フードを被っているので顔が見えない。だが、ちょっとフラフラしてる。
ヤバめな気配だな。
「あのーそこのフードの人! 大丈夫ですか?」
声を掛けるが反応なし。警戒しながら近づく。
顔が見えた!
本能的に距離を開ける。
「マジか……マジでか」
フードの男性は血色が悪く目が濁っている。これが? ゾンビ? さっきまでのは怪我とかしてて血だらけだったので分かりやすかったが今回は、外傷が無く見ようによっては二日酔いか、体調が悪い人にも見える。
「浩治君!」
「コウちゃん!」
二人が走り寄ってきた。
「今、倒すから。さっきの爪を……くそ、やっぱり無理か」
やはり今は使えない。振るった手は虚しく空を斬るだけだ。
「浩治君! 早く頭を潰すんだ!」
「あっはい!」
武器で横から殴りつける。
ドゴッと嫌な音を立て男は倒れた。
心音が高まり緊張する。流石にこんな鈍器で人を殴ったのは初めてだ。
「……おいおい、マジかよ」
男はのそのそと立ち上がろうとしたので、背中を踏みつける。
「舞依っ見るな!」
とっさに叫ぶと同時に、頭に2度、3度と打撃を加えると動かなくなった。
硬い物を殴る感触だが、同時に凹んだ感触も伝わってきた。嫌な感じだ。うえっ。
「コウちゃん! 大丈夫?」
「とりあえずは……な」
「いや。浩治君の変わり身の早さは凄いね。僕の出番が無くて残念だよ……」
俺としても明日人さんが処理してくれたら楽だったよ。
さっきはあんなに殺したのに、今更人を殺した実感が湧いてきた。胸が痛い。俺が壊したこれが、元々人だったと思うと目を背けたくなった。
「顔色が悪そうだね」
「ああ。人を1人殴り殺したんでね……」
「君が殴ったモノは既に亡くなっていた。だから人では無いよ。罪悪感を感じる必要は無いんだ。生存競争において善悪は無い」
彼なりの優しさだろうが、俺の胸には重しが圧し掛かる。
「……それにしてもさっきの力が今は上手く使えなかったですね」
「まだ馴染んでないのかもしれないね?」
「コウちゃんにはあれで戦ってほしくないかな……」
んー確かに一騎当千とは言え、あの力は危険すぎるね。終わった後がグロいし。
「そうか……」
「コウちゃん。無事で良かった」
飛び込んできた彼女を抱きしめる。
「わっ……うん、ありがとう」
抱きつかれるとは思わなかったが、これには俺もニッコリである。
「ゾンビが侵入してきたことは確かだね。早急に対応しよう」
彼の意見に頷き、移動した。
※
「5体目ぇ!」
バールのようなもの、大活躍である! 最初に感じた罪悪感も慣れると希薄になっていった。人間の恐ろしいところだ。
明日人さんは軽快にゾンビを物干しざおで叩いていく。……薙刀でもやってたんだろうか?
舞依はと言うと「とりゃあ!」と可愛らしくバットで奮戦している。殴る直前に目を瞑っているし、無理しないでね? うむ……ロングとは言えスカートひらひらしてるしさ……
「舞依、危ないから下がって!」
舞依が殴り倒した奴にとどめを刺す。
明日人さんが範囲攻撃で捌き、討ち漏らしを舞依が殴り、一番殺傷力のある俺がとどめ兼、遊撃隊だ。
「ちまちま叩くのも飽きてきたね? 炎は……やめて、ジャグリングでも見せようかい?」
「随分余裕ですね? てか大道芸か何かもやってたんですか? 胡散臭さ倍増ですよ?」
棒をまた燃やせるのか、マジックにしてはヤバくない? 彼も何か能力が使えるのだろうか。
「いやあ、それほどでも。では少しだけ僕の技を披露しよう」
そう言うと彼は物干しざおの中心を持ちクルクルと回転させ始めた。ただのお遊びかと思ったが、さながらカンフー映画のように遠心力を利用しながら流れるようにゾンビを叩いていく。
「何それかっこいい!」
「2人とも真面目にやって!」
※
大分時間を食った。簡易的なバリケードも作ったし。とりあえずは大丈夫だろう。
にしても車が突っ込んできてるとは思わなかった。外は一体どうなっているんだ?
「ねえ、あそこに人が居る」
舞依が指さす方を見ると背の小さい人が居たが、直ぐに逃げ出した。
「おい! あんたっ待て」
「浩治君。少し休まないと体が持たないよ」
「でも」
「皆が弱っている所にまたゾンビでも来てみなよ。今度は上手く行かないかもしれない」
周りの状況を見て判断出来る彼には俺も見習う所が多そうだ。
「コウちゃん。ごめん、私も少し休みたい……」
「……ですね。2人が居て助かりました」
だが会話していたはずなのでさっきの1人では無いはず。一抹の不安が残る中、俺たちは少しの休憩を取ることにした。
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~じかいよこく~
HQ! HQ! こちら
了解。増援部隊を送る。警戒を強化せよ。
次回 愚者 お楽しみに
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