第10話 嫌な疑い−2



 ペンキ屋から急いで、ディックのことを探しに走っているものの住んでいる家なんて知らない。


 僕はどうすればいいんだろう?

 そんなことを考えていると自然に足が止まった。


 今思えば、僕はディックについてなにも知らない。      

 なんで、ペンキ屋で働いているのか。

 なんで、邪者じゃものである僕に偏見を持っていなかったのか。


 僕はディックのことについて何も知らない。

 知っているとすればいつも一緒に行っていた、誰も人がいないバーのような酒場だけ。

 ディックのことを知っている人物……。


 「あの人ぐらいしか……」


 僕の頭の中で、タキシードを着ている紳士な男性を思い浮かべる。


 もし一緒に行く前から行っているのなら、ディックのことを知っている人物はあのタキシード男しか知らない。


 「よし!」


 あの場所に行ったら、手がかりがあるかも知れない。


 僕はそう思って、いつも一緒に行っていた酒場のようなバーがある店を目指して再び足を動かした。



  *



 「あの……ここに、ディックは来てないですかね?」


 勢いよくドアを開け、そう言いながら入る。

 店内はまだ開店前だったのか、椅子がテーブルの上にあげられてている。そして、いつも場所にタキシード男がまるで僕のことを待っていたかのようにいた。


 「これを」


 タキシード男は、そういって下から手紙のようなものを取り出してカウンターに置いた。


 「……え?」


 「これをディック様から、あなた様が来たときにお渡ししろとの言葉を頂いております」


 僕は、ディックという言葉を聞いて慌ててその手紙の中を確認する。


 手紙の中には一枚の紙が入っていた。

 そしてその紙には……。


 『路地裏にこい』


 と乱暴に書かれた字が書いてあった。まだなにか書いてあるのかと裏返してみたが、何も書かれていない。


 「路地裏……? なんでそんなところに……」


 路地裏といったら、僕のことを助けてくれたあの路地裏なのだろうか。というか、そこしか思いつかない。


 なんでそんな場所に、僕を呼び出すんだろうか……。検討もつかない。


 ――こんな置き手紙を渡されるということは、このタキシード男はなにか知っているんじゃないか?


 「あの……。ディックについて、なにか知ってたりしますか?」


 僕は最後の望みをかけて、タキシード男に聞いてみる。


 「あの方がどんなお人なのか……。それは、私どものような人間にはよく耳に入ってきます」


 タキシード男は、暗い顔をしながら言ってきた。

 

 やはり、ディックが博士とリーアのことを殺したのかもしれない。殺す前日に仕事をやめている。それから僕がここに来ると見越して置き手紙を残して、路地裏に呼び出している。


 僕の知っているディックはそんな巧妙なことはしらない。じゃあ、僕と一緒にいたディックはなんだったんだ?


 ディックがどんな人なのか、それを知りたいんだ。


 「ですが、私から言えません。なので、指定の場所に移動しそこにいるであろうディック様から直接お聞きになったほうがいいかと存じ上げます」


 言いたくないんじゃなくて、

 そんなこと言われたら、なんにも聞く気にならないじゃないか。


「……ありがとう」

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