第11話 対面



 「ここ……だよな?」


 着いた場所は、最初にディックが僕のことを助けてくれた場所。


 左右の壁は、真っ黒で殺風景。窓の一つもない。この前は夜中でわからなかったが、ここは日差しがもろに顔にかかる。 


 ここであってるのだろうか?

 周りを見渡すが、ディックらしき人の影はどこにもない。


 「ここには、俺たち以外いないからそんなキョロキョロしなくても大丈夫だぞ?」


 そういって暗闇の中から一人の男が現れた。

 真っ黒なロングコートを着ていて、髪を後ろで固めている。こんな見た目の人知らない。だけど、声を聞いたら誰なのかわかる。


 「ディック。君に、聞きたいことがある」


 「それは俺も同じなんだよね……。先にどうぞ」


 「じゃあ君は今日の深夜、どこにいたんだ?」


 「どこって……家の中かな」


 ディックはなんのことを言っているのかわからないのか、とぼけたような顔をしながら答えてきた。

 一瞬、やっぱりたまたまだったのかと安堵しそうだったが、言葉の言い回しに気づいて気を引き締める。


 家の中だとは言ったが、だとは言っていない。


 「それって人の家とかじゃないよな……?」


 「――いや、そうだとも。俺は、ある人たちの家でするべきことをして、自分の家に帰ったさ。でもそれがどうかしたか?」


 「その家で……」


 そこで僕の言葉は途切れた。


 言葉が喉に詰まって声が出ない。 

 これを聞いたら、友人であった僕たちの関係が崩れてしまうかもしれない。そう思ったから。

 でも、そんな幼稚なことを思っていられない。


 僕は世間から、苦しんでいる人を助けるブラックマスク。なので、ここで引くことはできない。

 ブラックマスクとして、二人のことを知っていた知り合いとして、僕のことを生まれ変わらせてくれた恩人として、死の真相を知らなければいけない。


 「誰か殺さなかったか? ……たとえば、水色のパジャマを着た老人だったりピンク色の服を着た女性とか」


 「――殺したな。だがそれが、なんだ? そんなことお前が知ってどうする」


 最悪だ。最悪。最悪の予想が当たってしまった。


 ディックは自分から人を殺したと言っているのに、なんでそんな平然としているんだ? いや、平然としているってことは何度も過去に殺したことがあるからなんじゃ……。


 「あの人たちは僕の知り合いだったんだ……」


 「なるほど。そうだったのか」


 ディックは、ニヤリと気持ち悪い笑み浮かべながら僕のことを見てきた。


 「知ってたのか……?」


 ディックは、と言っていた。ってことは、博士とリーアが僕の知り合いだと知っていて殺したことになる。


 なんで? なんでそんなことをしたんだ……。


 単純に、目の前にいる人間に恐怖を感じた。

 人を殺したと平然に言ったり、その人が僕の知り合いだと知っていて殺したり……こんなディック、僕の知っているディックじゃない。


 「あぁ……知っていたさ。って、これでお前の聞きたいことは聞けたよな? じゃあ今度は俺が質問しよう。お前がブラックマスクだな?」


 「――――!」


 なんでディックがそんなことを知っているんだ。

 僕は自分のことをブラックマスクだとわかるようなヘマをしていない。

 まさか、博士とリーアのことを殺したのは僕がブラックマスクだと知ってのことなのか……?


 「やっぱりそうか。お前、口に出してなくても考えていることが全部顔に出てる癖知らないのか?」


 そんなの初耳。ってことは、今考えていたこともお見通しだったっていうことなのか。

 なら、もう無理に隠す必要もない。


 「……そうさ。僕があの、ブラックマスクだ。そんなことを知ってどうしたい?」


 僕はディックのことを怖がらせるために声を張り、腕を組んで仁王立ちをした。


 「お前、この前ある人間を路地裏で壁に吹き飛ばして殺したよな?」


 「……は?」


 ディックは何を言っているんだ……?

 たしかにこの前、一度僕のことを殴りってきた男が復讐に来てそのときに魔臓の力で壁に吹き飛ばしてしまった。だけど、殺してはないと思う。


 「知らないふりなんかするなよ……。そいつは、目の下に切り傷があって、額に小さく丸い跡があって一度お前のことを殴って俺が気絶させたやつだよ!!」


 「う、嘘だ……。僕は殺してなんか……」


 ディックが言っている男と、僕が思っている男が一致している。


 僕は殺してないと思う。でも実際にあのとき脈を測って死んでしまっていたのか、それは確認していない。

 なので、僕が殺してしまったということも嘘ではないかもしれない……。


 「は? お前が嘘だと思っていても、あいつはもうここに帰ってこないんだよ。はぁ〜……。仕事中にいつも、お前の間抜けなその顔を見てるだけでいはらわたが煮えくり返りそうだったよ」


 ディックは、笑いながら言ってきた。その笑顔は、目が引きつっていて真っ白な歯がもろに見えていて怖い。


 僕はディックのことを、生きていて初めての友人だと思ってた。いつも楽しく話していたのに、あの笑顔はまやかしで、僕のことを憎んでいたと思うと不思議と涙が出てくる。


「ごめんなさい……」


 その言葉は、自然と出てきたもの。

 苦しんでいる人のことを助けるために生まれ変わったのに、人の命を奪ってしまったという事実を受け止めた言葉。


 涙のせいで視界がぼやけている。呼吸が乱れて、冷静になんていられない。

 

 冷静になろうと、目の前にいるはずのディックを見ようとするがぼやけてどこにいるのかわからない。なので、少しでも僕の気持ちが伝わるように文字通り目の前に近づく。


 ディックの肩に両手をおき、少し赤みがかかっているきれいな瞳を見て冷静さを取り戻す。僅かだが、ディックの鼻息がかかってきて顔がこそばゆい。僕も何も気にしないで呼吸をしているので、ディックも同じことを思っているのだろうか。


 「そんな殺すつもりなんかなくて。あれは、事故で……」


 僕は、自分は意図して殺してないんだと訴えかける。すると……。


 「ほら」


 僕とディックの体の間に、申し訳無さそうな右手が差し伸べられた。


 これは、握手なのか? 

 僕は疑問に思う。なんで今、握手をしようとしているのかわからない。だけどこの状況で握手を求めてくれるということは、

 僕のことを許してくれたのではないのか……?


 そう思うと、僕の肩から力が抜ける。そしてそれと同時に大きく息を吐く。


 僕が少し離れて気持ちをリセットしてもディックは、いぜんとして右手を突き出していて僕の握手を求めている。


 ここまで待っているのならと思い、僕も右手を重ねようとすると……。


「死ね」


 ディックの今まで聞いたことのないドス黒い声が聞こえた。そしてその声と同時に、お腹に5つの棒で突き刺されたかのような痛みが走る。


「なっ……」


 僕は急に、痛みがきて何がなんだか理解ができない。そしてそのまま体から力が抜けて、視界が暗転した。

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