ドロップ確率変更不可能

小狸

ドロップ確率変更不可能


 自分の子どもに、「親ガチャにハズれた」と言われた。


 始まりは些細なことだった。


 息子の世代で流行しているゲームがあり、そこに課金をしたいと言い出したのだ。


 正直ゲームをすることも気は進まなかったけれど、義母の「良いじゃないの」という鶴の一声によって購入する羽目になった。


 それから学校の成績はどんどん落ち、テストの点数も下がっていった。


 一日にできる時間を決めても、隠れてゲームに興じるようになり、睡眠不足にもなった。


 夫に相談しようにも、育児は一任するという一声しか返ってこない。


 そしてついに今日、課金をしたいと言い始めた。


 何でも、ゲーム内で、課金した者しか使えないレアアイテムがあるらしく、それを入手するためにお金が必要だという。


「他の皆はしてるから」

「持っていないのは僕だけ」

「流行に遅れてしまう、皆から仲間外れになってしまう」


 などをつらつらと述べた。確かに、皆が持っているものを持っていないという気持ちも分かる。私も幼少期は、決して裕福とは言えない家庭だったから――欲しくても手の届かないものへの憧憬には、理解がない訳ではない。


 しかし、今現在、夫の年収も、私のパートでも家計は大変である。子どもたちには表には出さないようにしているけれど、同居している義母の介護施設費や、塾の費用などもかなりかさんでいる。ここで一度許容してしまえば、際限なく課金を求めるようになってしまう。


 そう思って、駄目だと告げた。


 かなり駄々をねられたけれど、最後に一言、「親ガチャからハズれた」という言葉が飛んできて、衝撃だった。


 初めは何のことか理解できなかった。


 インターネットで検索をかけ、「親ガチャ」という言葉があると知った。最近の子どもたちの中におけるソーシャルゲームでは、ガチャポンを模したアイテムやキャラの入手のシステムがあるらしい。現実のものと同様、封入率は決まっており、貴重なもの程希少価値が高い。そして、私たち夫婦は、外れであるらしい。


 外れ。

 

 正直、言葉を失ってしまった。

 

まだ「死ね」だとか、「クソババア」だとか、そういう分かりやすい罵声を受けた方がまだ傷は浅かった。

 

ただ――外れとだけ投げられて、いや、それはどうすればいいのだろう。

 

ガチャに外れない親だと、思われれば良かったのだろうか。

 

いや、言い訳するつもりはない。

 

前述の通り我が家の家計は、裕福とは言いづらい。

 

他の同級生たちと比べて、窮屈な思いをさせてしまっているという気持ちはある。


 けれど。

 

それだけで、全てが否定されたような気持ちになった。

 

子どもというのは純粋で、故に残酷だ。何も世を知らないがために、時折自覚無しに、壮絶な悪口を放つことはある。息子もそうだった。

 

実際に大人になった時に同じことを言われれば、それは許されないけれど、彼らは子どもだから許される。子どもだから――仕方ない、そう思って接してきた。

 

息子が生まれた時はかなりの難産で、最終的には帝王切開することとなった。

 

麻酔が切れ、すやすやと眠る赤ちゃんを見ることができたその瞬間。


 本当に、嬉しかったし。


 幸せだった。


 その気持ちは決して、嘘ではないと言える。


 しかし――だ。


 そんな気持ちも、子どもが育っていく気持ちも、子どもと一緒にどこかに行った気持ちも、過ごした時間とそれに付随する感情が全て、四散して。


 気が付いたら私は、子どもの首を絞めていた。


「■■■……ぐ、ぐぁ」


 息子は、嗚咽のような、蛙の鳴き声のような声を発した。


 行動した直後――一瞬だけ、私は我に返ったように思う。


 息子の首を絞める私自身を、肩のあたりから俯瞰しているイメージだった。


 やばい。


 これは、やばい。


 そう思った――けれど、まあ極限状態で頭に血が上っていたのだろう。


 私の脳内が導いた結論は、首から手を離す、ではなかった。


 もう、終わりだ。


 もう、ここにはいられない。


 子どもにも嫌われた。


 子どもを殺そうとしてしまった。


 夫からも離婚をさせられるだろう。


 そんな母親は、許されるはずがない。


 子どもとの積み重ねた人間関係も、お終いだ。


 本当に、外れになってしまった。


 だったら――もう、いいや。


 堪忍袋の緒、という表現程に、大きな音はしなかったけれど。


 私の頭の中で。


 何かが。


 はじけて。


 そしてぎゅっと、柔らかい息子の首に、力を込めた。


 五分――体感時間で一日くらい、首を握っていた気がした。


 動かなくなったので――取り敢えず包丁で刺した。


 頭と胸はまず刺すとして、うん、手と足は切断しておこう。


 床が汚れるといけないので、新聞紙を敷いた。


 骨ごと切断するのに苦労して、切り落とし終わる頃には、刃こぼれを起こしてしまった。


 この包丁も新しく替えないといけない。


 気に入ってたんだけどな、高かったのに。


 そしてコンパクトになった息子を、袋に詰めた。


 備蓄しておいた大量のビニール袋が役に立った。 


 新聞紙で包み、何重にも重ねたビニールの袋を閉じて、床を綺麗に消毒した。


 年末の大掃除を終えた時のように、何だか爽快になった。


 そのまま、マンションのゴミ置き場まで持って行って捨てた。


 途中誰にも会わなかった。


 つい数秒前まで人間だった何か――の入った袋を尻目に、ふと思った。



 


 



 ようやく私は、息子の気持ちが分かった気がした。



(了)

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