フランス料理よりも、フォークとナイフよりも

明日key

フォークとナイフよりも

 特別にうまい物を食うのにフォークとナイフこそが適切だという理由はない。

 うまいものに二刀流も一刀流もない。一刀流の箸でも十二分に堪能できる。

 流暢にフランス語でソムリエとシェフに会話する彼女。

 ドレスコードにそぐう形で紺色のスーツと黒めのスーツが入店したのだが。決して俺たちが主役ではなく、フランス料理が主役なのはなんとも皮肉である。

 彼女は生まれも育ちもいい。だから偉大なものへの追従の仕方を知っている。それゆえに彼女は二番になれる。俺はそれを胡乱に貶すから三番目にも満たない人間に堕ちる。

 俺は二刀流にはこだわらない。箸を使うのがより良い。二刀流で両手が塞がってる状態で丼が持てるか、ってんだ。

 ステーキを切りながら俺は彼女に、場違いにも、焼き肉店での話をする。

 網に載せ肉をじゅうじゅうと焼く。肉汁がほとばしってきた頃合いに箸を伸ばし、用意していた丼飯に肉を載せ、一気にかきこんで頬張るときの快感。

 フォークとナイフでそんなことはできない。だから二刀流よりも一刀流である。

 フランス料理を食しながら俺がそんな会話をするのも罪深い。

 彼女は不満顔で、台無しよ、と言って俺を三番以下の人間に貶めた。

 だいたい日本料理は二刀流と相容れない。片手が空いてこその日本料理だ。そんな俺は日本人だ。もちろん彼女も日本人だ。

 やはり持つのは一刀までだ。

 ブランマンジェを締めに、いや、デザートに出される。

 スプーンを使ってすくい、口に運ぶ。甘いけれど何かが違う。

 スプーンだけの一刀流だがやはりフランス料理という格が大きすぎる。

 マナーを守らなければ食べる資格がないとか、自分という人間性が三番よりも堕ちるとか、そんなことを気にしながら食べなくてはならない気風に耐えられなかった。

 正面に目を向け彼女を見る、目を閉じながらブランマンジェを味わっている。味覚に集中しているのか。そんなことをしないとブランマンジェの気品に並べないとは滑稽だ。けれどこのいまの表情は何かしら不満を感じている様子だった。

 ブランマンジェがまずいのではない。俺の意図が少しだけわかってきたのだろう。きっと。

 食事を終えて外に出る。

 雪が降っていた。彼女の吐息が白い靄だ。

 俺は思う、二刀流なんてくだらない。食物に迎合して二番になるよりも、食物と意気投合して同位の友達になる一番の方法を俺は知っている。

 いったん彼女を外で待たせ、駅前のコンビニに入り、それを買ってきた。

 身体が震え、彼女は恨めしそうに俺を見ていた。

「ほれ、食えよ。今川焼きだ」

 手袋を外し、彼女は手づかみで今川焼きを頬張った。

 一口入れると、また二口三口と今川焼きと意気投合し、頬があんこだらけになった。

 俺が笑うと、俺もあんこだらけになっていると指摘され、さらに笑う。

 二刀流なんて関係ないんだ。一刀流、引いては刀なんてなくても。

「口直しをしたいな、寿司食い行こうぜ」

 彼女は賛成と言いながら、ぱたぱたと俺の後ろを着いていった。

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