第50話 有馬温泉で会った宮寛一と再会
年が明け最初に会ったのは、やはり占い師の真田小次郎と新年会と称しての事から始まった。暇人のアキラはする事もなく、またまた銀行に行き貸金庫を開け預けてある通帳の残高を確認し、にんまりしている。これはもう殆んど病気だ。
銀行のフロアでアキラは、昨年の暮れ浅田美代と海に行き食事した時の事を嬉しそうに美代の笑顔を思い浮かべていた。そんな良い気分に浸っていたが、急に誰かに呼びかけられ美代ちゃんの笑顔が掻き消えた。
「あ! あんた山城さんじゃないですか」
その声の方を振り返った。そこには中年の男が、なつかしそうな顔で微笑んでいた。一瞬、アキラは誰だか思い出せずに、思考回路を目まぐるしく回転させた。
「ホラッ忘れましたか? 有馬温泉のスナックで会ったでしょう。ちょうど酒の勢いで喧嘩になって仲裁に入ってくれたでしょう」
「おう、思いだした。そうかあの時のあんたか」
それは最後には名刺をくれた男の内の一人だった。
「いやあ、あの時は助かりましたよ。少し痛かったですけどハッハハ」
「それで、東京には仕事で来たのですか」
「まぁそんな処ですがね、それよりどうです一杯」
その男は右手を口元にあてて盃を飲む仕草をしてみせた。
まだ飲むと言う時間帯ではなかったが、再開を祝して飲むことになった。東京は不慣れと言う男に代わってアキラが案内した店は下町の寿司屋だった。その店の奥に座敷があり二人は其処に座った。
「あの悪いけど、あんたから貰った名刺、持ち歩いていないので名前が? それに俺、名刺は持ってないし悪しからず」
アキラ当時の事をまったく忘れていた。あの時貰った名刺は見もせず何処に行ったか覚えてない。まさか捨てたとか無くしたとは言えない。よって何者か知らない。
「あっじゃあ改めて」と男は名刺をくれた。
その名刺には(㈱松ノ木旅館、代表取締役 宮寛一)と書かれてあった。そして住所は静岡県熱海市と書かれているではないか。
「あれ、あんた熱海なの?」
確か、その宮と言う男に会ったのは有馬温泉の筈だったが。
「あっ実は有馬温泉は私の故郷なんですよ。それであの時に喧嘩の相手は中学時代の同級生で商売がうまく行かず、そんな時、奴にからかわれたのが発端で」
「なるほどねぇ今は不景気だし、どんな仕事も大変ですからね。俺なんか無職だよ。まぁ自慢にもなりゃあしないけどさ。今は何もする事なく……そうだ! アンタの所で使ってくれないか」
「はぁ? 出来れば有り難い事ですがね、もう廃業寸前なのですよ。それで先ほどの銀行へ融資をお願いに来たのですが、この銀行は開業以来の付き合いで、なんとかしてくれると思ったのですが。熱海の支店より本店で交渉してくれとこっちの銀行に来たんですよ。それが決算書を見た途端にアッサリ断られましてね、もう私は途方にくれている所なんですよ」
なんと宮寛一は目を真っ赤にして、涙をポロポロと流してしまった。アキラは唖然として、その男の涙に俺がなんとかしてやらねばと思った。あの喧嘩で仲裁に入ったのも縁とすれば最後まで責任をとるのが男だと。
(またぁアキラ、お人好しも程々にしておいた方が)
「そうかい。でっいくら融資して貰うつもりだったの」
「それが五千万なのですがね、まぁ無理とは思って来たのですが案の定ですよ。分かっていても藁にでも縋る思いでしたが……仕方ないですよ」
「でっその五千万あれば立ち直れるのかい? あんたにその自信あるのかい」
「へっ? どうしてそんな事を聞くのですか。申し訳ないけど山城さんに話してもどうなる訳でもないし、すみませんが聞かなかった事にして下さい」
確かにアキラみたいな若造にグチをこぼしても始まらない。ましてや今は倒産寸前の旅館とは言え、経営者のプライドが其処にはあったのだ。処がアキラはガキ扱いされた事に怒った。
「あんた聞かなかった事にしろ、だと! おめぇ俺が若いと思って舐めてんのかあ」
またまた、アキラの単細胞が剥き出しになった。あぁどうなる事やら。
つづく
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