第2話 無職のアキラする事がなく競艇場へ

板橋区は東京の北に位置し、荒川を挟んで埼玉県となる。

 アキラの住んでいるアパートは、その荒川岸に近い高島平周辺である。

 富士の樹海と言えば自殺の名所でも知られるが、なぜか此処、高島平団地も昔は自殺の有名な場所であった。最近は話題にならないが、わざわざ九州など遠方から来て自殺した人も一人や二人ではない。年間十人以上とも言われた。

 都営公団住宅が立並ぶ街、最寄の駅は中台という地下鉄の駅がある。地下鉄と云えば当然地下に、もぐっているのがこの地下鉄は普通だが普通じゃなかった?

 どこを見たって地下鉄は? なんとそれがビルの五階建て位の高い所を走っているのだ。

 まぁ、そんな事よりもアキラは今日も荒川土手の河川敷で少年野球の練習を見ていた。別に見たくて見ている訳じゃなく、狭い部屋にばかりいると窮屈で仕方がない。

 無職のアキラは土手の草むらに,寝っころがって空を眺めて流れる雲を見つめていた。その雲はいろんな形に変わって行く、やがて雲の形が何故かボートの形に見えて来た。

 「そうだ! 競艇に行こう」当時話題になったJRのCMのような単純な発想である。

 この荒川の川向こうに戸田競艇場がある。歩いても行ける距離だし暇潰しには、ちょうど良かった。サイフの中身は一万三千五百円、無職のアキラにはそれも大金であった。

 アキラはギャンブルはやった事がない。しかしアキラ将来が不安だし、は自分の運勢を占う為にも、いい機会だと思って競艇場に行く事に決めた。

 時間は昼を少し過ぎていたが、それでも競艇場は凄い人だった。

 アキラには今日は平日なのに、どうしてこんなに人がいるのか不思議でならない。

 まさか! みんな無職と言う事はあるまいが。まぁそう考えれば気が楽だった。

 みんな仲間に見えて来た。みんな無職かどうかは別として共に競艇を見る為にやって来たのだ。しかしだ。どうすれば舟券を買えるのかサッパリ分からない。

 競艇場の中には沢山の売店がある。アキラは売店でパンと牛乳を買って売店のおばさんに尋ねた。


 「あの~~おばさん、俺……初めての競艇なのだけど」

 聞かされたおばさん達は、あきれた顔をして笑ったが舟券の買い方を親切に教えてくれた。なんとか説明を受けて舟券を買う事になったが、競艇のレースの予想がつく訳もなく、考えたあげくに今日の日付で二十四日の二―四を買った。

 アキラは三千円だけ、やったら帰ろうと決めていた。とりあえず一レースに千円賭け三レースと決めた。そしていよいよ発走だ!

 水しぶきをあげて疾走するモーターボート、巧みなテクニックに観衆が騒ぐ、競艇を知らない人でも,一見の価値があるかも知れない。競艇は一周六百メートルを三周して六艇で行なわれる。レースはあっと言う間に終ったが、なんとアキラは自分が買った舟券が当たったか分らない。

 分るのは観衆の一番後でも背が高いぶん良くレースが見えることだ。

 結果が大きな電光掲示板に発表された。それでもアキラは分らない。

 仕方なく隣の中年のおじさんに声を掛けた。背丈はかなり小さく、いかにも常連さんと思う様相をしていた。その証拠に耳には赤いエンピツを挟んで予想紙がクシャクシャになり、その道のプロを思わせた。

 「すみません……これっ当たっていますかねぇ?」

 声を掛けられた中年のおじさんは、上空から何か聞こえたような気がして一瞬見回したが、自分の頭上にその声の主がいた。

 おじさんは少しビックリしたが気を取り直し教えてくれた。

 「あんた競艇を知らんのかね。えーと……おっ当たっているぞ! 素人は怖いねぇ適当に買って当たるんだから」

 「ほ! 本当ですか、意外と競艇って面白いんですねえ」

 「そりゃあアンタ、当ればなんだって面白いよ。兄さんは運がいいんだよ」

 そのおじさんは丁寧に教えてくれた。それからと言うもの立て続けに残りの二レースも当たった。今日は運が良いと思った。結局三万二千円の儲けになった。

 しかしこのツキは、その予兆である事にアキラは気付く筈もなく。


 その日の夕方アキラと中年のおじさんは近くの駅前で祝杯を上げていた。

 駅前と言っても屋台に毛が生えたような小さな居酒屋だが。

 「今日はどうもありがとう御座いました。いやあ競艇は面白いですね」

 「なんのなんの。アンタの運が良かっただけだよ」

 その男は真田小次郎と名乗った。まるで剣豪みたいな名だ。

 「しかし、アンタはデッカイねぇ。バスケットの選手でもやっていたのかい?」

 「いや今は無職ですよ。先月に解雇されて退屈しのぎにフラリと来たんですよ」

 「そうかぁ、そりゃ気の毒にのう。どれどれ手を見せてごらん」


 真田はカバンから虫メガネを取り出した。アキラは、えっと思ったが素直にグローブのような手を差し出した。しばらくして真田はこう言った。

 「ほう~これは近い将来、人生を変える大きな出来事があるぞ」

 「へぇ~もしかして真田さんは易者さんですか」

 「易者と言うより占い師かな。易者は細い竹籤みたいな物で占うがまぁ似たようなもので占うが、占い師は竹籤を使わない。仕事は夕方からだし昼は暇つぶしに競艇を楽しむのさ。しかしアンタいい手相しているぞ」

 アキラは、またぁこのおじさん調子がいいんだから、この占い師はインチキ臭いと思ったが初対面だし口には出さなかった。でもそう思った理由ある。なにせ朝から競艇やっていて一レースも当たってないと云う。未来を予想するから、つまり占い師、易者も同類だろう。その占い師が一レースも当らないからだ。

 なんの為の占い師なのか? 占い師ならレースが当るか当らないか分る筈だろう。

 まぁそう言ったら(当たるも八卦当たらぬも八卦)と切り替えされてしまうかも。


 「あのう~真田さんは、なんで占いなんかやっているんですか?」

 「アンタ変な事を聞くねぇ好きだから占い師をやっているだろうが。だが占い師も不景気でのう」

 いや不景気だからこそ占い客が増えると思うのだが……とんでもない人だ。

 年は六十才前後、容姿は背が低く白髪交じりで、ショボイがどことなく品ある。

 易者と云えば占い師、多少の未来を占えるから客が金を払って占って貰うのに。

 まぁ元々、予知能力なんて持ち合わせている占い師なんか、いる訳がないか!

 多少、調子のいい事を言わないと客も寄り付かなくなる。特にこの真田小次郎はだ。

 アキラは思った。真田に俺の未来が見えるなら、俺だって真田を占ってやろう。

 『きっと将来は池袋のガート下あたりでダンボールの家を作って優雅なその日暮らしが見えるようだ』と。

 親切に教えてくれた人を悪く言うつもりはないが、つい何を言っても笑って聞いてくれるこの占い師に好感を覚えた。

 二人はほろ酔い気分で別れた。初めてのギャンブルで当たれば嘘でも嬉しい、真田のインチキ占い。アキラは勝手にこの男をインチキ占い師と決め付けていた。

 まぁ悪い人ではないし気軽に話せる相手だ。一万円の飲み代をアキラが支払い残り二万二千円の現金が増えた訳だが。これもインチキ占い師にめぐり逢えたから感謝しなくてはと、とにかく二人は意気投合した事は紛れもない事実であった。

 しかしアキラも真田もこれを機会に永遠の付き合いになる事は知る由もない。


つづく

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