第112話 デート(前編)

(リィナ視点)


【海風亭】


「おでかけですか?」

「はい。多分帰りは夕方になると思います」


 海風亭はかなりしっかりとした宿なので、こうして受付で予定を聞いたり、鍵をあずかったりしてくれる。


(ここまでしっかりとした宿じゃなくてもいいんだけどな……)


 正直豪華すぎて落ち着かない……だが、お父さんもお母さんも宿のランクを落とすことには賛成してくれなかった。


(駄目だ、駄目だ。とにかく今日のミッションに集中しなきゃ!)


 一昨日まで大王烏賊(クラーケン)との戦闘や後片付けをしていて、昨日は装備の補修やアイテムの補充に加えてリーマスにいるお父さんとお母さんと会議。なかなかハードだった。


(だから、今日はお休み……なんだけど)


 正直私は休む気はなかった。だって、私はフェイ兄のピンチに何も出来なかったんだから。


(ミアがフェイ兄を助けてくれたのは嬉しいけど……)


 だけど、私自身はただ無事を祈ってただけ。そんなんじゃ駄目だ。私はお荷物になるためにフェイ兄について来たわけじゃない。私は──


「あ、リィナも出るところか?」

「フ、フェイ兄!?」


 出ようとしたその時にバッタリ出会った

のはなんとフェイ兄だ!

  

「あ、ごめん。びっくりさせたか?」


 同じ宿に泊まってるんだから、出会うことは当たり前かも。だけど、フェイ兄のことを考えてる時に会えたから、不覚にも驚いてしまった……


「大丈夫、フェイ兄は悪くないよ。ちょっと考え事してただけ」


 ホント、凄い偶然……


(あれ……でも私、結構フェイ兄のこと考えてるかも)


 あはは……


「フェイ兄も出かけるの?」


「ああ。せっかくだから街を見て回ろうと思って。今は大王烏賊(クラーケン)が討伐されたからお祭りムードらしいし」


“大王烏賊(クラーケン)が討伐された”って大王烏賊(クラーケン)はフェイ兄が倒したんだよ!?


(でも、そんなこと言ってもフェイ兄は大王烏賊(クラーケン)は自分一人で勝ったんじゃないって言うだろうな……)


 まあ、そんな鈍感なところもフェイ兄のいいとこだけど。


「リィナは?」

「私もぶらぶらしようかなって」


 とっさについた嘘。フェイ兄に嘘を付くなんて嫌だけど、これからギルドで調べ物をするなんて言ったらフェイ兄は絶対手伝うとな言って休めな──

 

「じゃ、一緒にいくか? 今日はミアもレイアに付きあってるから──」


「行くっ!」


 不自然なくらい反射的かつ勢いよく出た返答は当人の私が思わず赤面するレベル。呆れたちゃったよね、フェイ兄……


「じゃあ、行くか。実はタイラーギルド長からオススメスポットを紹介されててさ」


 私の不自然さには何も触れずに話を続けるフェイ兄。やっぱり優しいなぁ……




(フェイ視点)


 軽く声をかけたら、“”行く!“という返事と”十分待って!”という謎の言葉を残して、リィナは部屋に戻っていった。


(どうしたんだろ……)


 まあ、俺は特に予定があるわけじゃないので、リィナのためなら十分だろうが、十時間だろうが待ってるけどな。  


「ごめんね、待たせて!」


 そう言って現れたリィナは……めちゃくちゃ可愛い!


(いや、いつもめちゃくちゃ可愛いけど!) 

 

 海沿いのオルタシュにぴったりなポニーテールに避暑地のお嬢様が身につけていそうな雰囲気の白のスカート。さらにトップスは綺麗な腕を大胆に見せる青いノースリーブにカーディガンを羽織っている……


(さ、さっきまでとは明らかに違う!)


 いや、最初のカジュアルな格好も可愛かったよ! 可愛かったけど、まさかそれより上があるなんて誰も想像できないだろ!?


(な、何か言った方がいいよな……)


 当たり前だ。だが、何を言ったら……


「私のせいで出発が遅れちゃった……早く行こうよ、フェイ兄!」


 ほっ……良かった。


(最初のオススメポイントは確かオーナ通りを抜けて……って、凄い人だな)


 メインストリートのオーナ通りは大変な賑わいだった。


「らっしゃい! 大王烏賊(クラーケン)討伐記念硬貨はいかが? 他にも色々あるよ!」


「かのアリステッド男爵ご贔屓のお店がこちら! 一休みにはもってこいだよ〜 いらっしゃい!」


「一人で大王烏賊(クラーケン)を討伐したアリステッド男爵の手形はどうだい? いまならエーデルローズの生写真もあるよ!」


 オイオイ、どうなってるんだ。俺、手形を取られたりしてないぞ!


「凄い人……来たときはこんな感じじゃなかったよね」


「ああ」


 俺達がオルタシュに着いた時にはこんなに賑わってはいなかった。おかげで俺のオルタシュに対する印象も“穏やかな港町”と言った印象だったのだが……


(ひょっとしてこっちが本来の姿なのかもしれないな)


 タイラーさん曰く、俺達が来た時は大王烏賊(クラーケン)のせいで大分活気が下がってたとか。


(悪くはないけど……人酔いしそうだな)


 そんなことを思い始めた時、探していた場所に辿り着いた。


(タイラーさんのオススメスポットはここか!)


 海からの爽やかな風が吹く海岸は気持ちのいい日差しとともに人混みに疲れた俺達の心を爽やかにしてくれる。


 だけど……


(カップルばっかりじゃん!)


 辺りにいるのは仲睦まじく隣合う若い男女で溢れている。手を取り合い、愛を語るカップル達が一体に甘い雰囲気を作り出している。


(……ここ、兄妹でくる場所じゃないよな!?)

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