第110話 感謝と罰

(アバロン視点)


 ザッパーン! 


 船のすぐそばに現れたのは……


「鯨!? なんて大きさだ!」 


「白い鯨……まさかこの海域の守護聖獣様か!?」

 

 皆が騒ぐ中、白い鯨の背中から現れたのは……


「アリステッド男爵!」

「良かった、生きておられた!」


 ふっ……やっぱり生きていたか。


(いつか吠え面かかせてやるからな)


 船に戻るアリステッド男爵はまさに英雄。客観的に見れば俺との差は歴然たるものがあるだろうが、そんなことはどうでもいいんだ。


「アリステッド男爵様、この度はありがとうございました」


 鯨の声!? 人と喋れるのか?


(確かさっき聖獣とか言ってたやつもいたな)


 まあ、普通の存在ではないと言うことか。


(フェイの返事は聞き取れないな……)


 ここから奴のいる場所までは距離があるからな。


「やい、聖獣! 俺にも感謝しやがれ!」

「?」


 さしもな俺も驚いて振り向くと、俺の直ぐ傍にあのイーサンがいた。


「貴方に感謝せよとは……?」


「大王烏賊(クラーケン)を退治したのは俺だ! おかげでこの海域は安全になったはずだ!」


「大王烏賊(クラーケン)を退治されたのはアリステッド男爵ですが……」


 声色だけでも聖獣の戸惑いがどんどん大きくなるのが分かる。だが、イーサンは思い通りに行かない苛立ちからか、どんどんヒートアップしていく。


「どいつもこいつもアリステッド男爵、アリステッド男爵って……」


 おいおい、お前は何に怒ってるんだよ……


「あんな意味分かんない格好してる奴の何がいいんだよっ!」


 ザワッ!


 イーサンの渾身の叫びは辺りの空気を凍らせた。


(こいつ、状況分かってるのか!?)


 ……あれ、何かリアルに寒くないか?


「……大恩あるアリステッド男爵に何という無礼を」


 っ! 聖獣から冷気が! 


「この馬鹿者がッ!」


 ゴウッ!


 渦を巻く大量の海水がイーサンに迫る! あれ、これって俺も巻き込まれてないか!?


「「「「ああああっ!」」」」


 俺だけでなく、近くで伸びていたドレイクや五番艦の船底でオールを漕いでいた奴らまで巻きこまれていく……


(ぐっ! 息が………)


 豹炎悪魔(フラウロス)のオーラで空気を集める暇もない! 俺の意識はすぐに薄れていった……




(アリステッド男爵<フェイ>視点)



【黄金の船出亭】



「「「「「「「「我らが英雄、アリステッド男爵に乾杯!」」」」」」」」


 寄港してすぐ宴が始まり、はや一時間。今だに皆のテンションは下がらなかった。


「すっげえぞ! バリスタで撃つモリを素手で投げるんだぜ、アリステッド男爵は!」


「は、素手!?」


「しかも、驚くのはここからだ! 何とそのモリは大王烏賊(クラーケン)の足を──」


 しかも、一番艦や五番艦に乗っていた冒険者の話を皆が聞きたがっため、あちこちで戦いの顛末が語られるのだが……もう、それはいいんじゃないか?


「何だが困った顔をなさってますね、アリステッド男爵」


 リィナがクスリと笑う。仮面があってもリィナにはバレバレか。


「別に私だけが戦ったわけじゃないからな。この勝利は君やエーデルローズ、それに一番艦、五番艦の皆の活躍あったればこそなのだが……」


 確かに大王烏賊(クラーケン)にトドメを刺したのはオレだが、リィナやレイア、それに船の乗組員がいなければ一番艦は俺が大王烏賊(クラーケン)を倒す前に沈んでいたのだ。


「勿論、皆、エーデルローズ様やリィナ様のお力にも感謝しておりますよ。ただ、アリステッド男爵の活躍はその……カッコいいですからな!」


 そう言って笑うのはタイラーギルド長だ。ちなみに、イーサンは周りにいた冒険者と一緒に港近くの砂浜に砂や塩まみれの姿で打ち上げられていたらしい。


(聖獣メルヴィルもそこまで怒らなくても良いのになあ……)


 ちなみに聖獣メルヴィルからは彼らの行き先について聞いていたため、直後にタイラーギルド長には伝えている。


("いい薬になるでしょう"って言って笑ってたし、まあいいか)


 ちなみに命に別状はないが、しばらく匂いは取れないだろうな。


「まあいいではありませんか、アリステッド男爵。私達だってびっくりしたんですから」


 エーデルローズことレイアが悠然と微笑む姿は正に生まれながらの貴族。普段とのギャップが凄すぎるわ……

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