第101話 トドメ

 何かが衝突したような音がしたものの、船は沈むどころか、揺れることさえない。これは一体…… 


“流石リィナ姉様……スキルの使い方が凄すぎます”


(大王烏賊(クラーケン)の船への攻撃をあの防壁で防いだのか!)


 五番艦を追いかけるときといい、よくも目視が出来ない場所にスキルを使えるもんだな。


“でも、次からは海中からの攻撃の防御は私がした方が良いと思います。いくらリィナでも五番艦までは防御しきれないでしょうから”


 なるほど。


“マスター、私が船と海中に境界線を引くと伝えて頂けますか?”


(分かった)


 俺はリィナに近寄り、ミアからの伝言を伝えた。


「ありがとうございます、アリステッド男爵。実は今お願いしようと思っていたところです」


 そ、そうなのか。


(リィナとミアもかなり息がぴったりだよな……)


 何というか、お互いの得意分野を把握しているからそれぞれ分担して何かをしていくのが当たり前になってる感じだ。


「後、アリステッド男爵にお願いしたいことが……」


「何なりと。可憐な指揮官殿」


 と言って芝居がかった様子で頭を垂れるのはオレの趣味ではなく、アリステッド男爵がせかういうキャラだからだ。正直ここまでしなくても良いんじゃないかと思うのだが……


“駄目よ、フェイ。変装なんだから徹底的にやらないと! それにいつものフェイと行動が違う方が見破られにくいでしょ”


 と言われてしまった。理屈はあってるのだが……まあ、この辺りはリィナも了解済みなので変に思うことはな──


「か、可憐──」


 え、リィナ?


「っ! すみません、アリステッド男爵!」


 どうしたんだ、一体……


「大王烏賊(クラーケン)は焦っているはずです。直に頭を出し、私達を目視して正確な攻撃をしようとするでしょう」


 声はいつも通りだが、顔を隠し、目も合わせようとはしない。一体どうしたんだ、リィナ……


「分かった。トドメというわけだな。流石だな、リィナ」  


「あと……」


 リィナはそっとオレの耳元で“不意打ちは禁止”とささやき、素早く離れて行く。一体なんなんだ?


“……マスター、大王烏賊(クラーケン)の話ではありませんよ”

 

 え? じゃあ、何の話?


 バッシャーン!


 残る足と共に大王烏賊(クラーケン)の頭が現れた。リィナの予想通りだ!


 ブンッ! ブンッ!


 俺達の乗る船と五番艦に向けて次々と大王烏賊(クラーケン)の足が襲いかかる! 


「〔風刃〕!」「〔七光壁〕!」


 レイアとリィナのスキルが大王烏賊(クラーケン)の足を撃退する。だが、五番艦は為す術もないようで、船体にかなりのダメージを受けてしまったようだ。


(不味いな……早く決着をつけないと、五番艦が保たないな)


“……敵意を感じます。大王烏賊(クラーケン)は私達を集中して攻撃するつもりのようです”


 五番艦は遠目に見てもボロボロだ。バリスタを含むほとんどの装備が壊されているだろう。


”マスター、提案があります“


(どうした、ミア?)


“大王烏賊(クラーケン)は倒れされた時に周りの物全てを海中深くに引きずりこむ習性があります”


 なっ……じゃあ、近接攻撃は危険ってことか!


“ですがら、私が〔ディバイド〕で足場を作りたいのです”


 その瞬間、オレの頭の中にミアの思考が流れ込んできた。


(空間と空間の間に境界を引く……確かにこれは今の俺では一人じゃ無理だな)


 何にもない空間というのは目印がないのと同じ。境界を引くとは「あっち」と「こっち」を区別することだから、何もない空間ほど境界を引くのは難しくなる。


(だから、ミアとの念話の強度を上げ、ミアと二人で境界線を引く、か。分かった、頼むよ、ミア)


“畏まりました、マスター。ですが、足場の強度は精々人一人支えるのが限度ですのでお気をつけ下さい”


(気をつけるよ、ミア)


 さあ、いよいよトドメだ、大王烏賊(クラーケン)!





(公認勇者イーサン視点)


 大王烏賊(クラーケン)の執拗なマークを受けている俺がすべきこと……それは何もしないことだ。マークすべき俺が何もしないことで、大王烏賊(クラーケン)の思考は混乱する。それこそ──


「何をしてるんだ、イーサン! 早く水をかき出してくれ!」


 大王烏賊(クラーケン)の足に攻撃され、船体が損傷した五番艦はあちこちに穴が開き、浸水している。そのため、皆が修理や水をかき出したりと忙しくしているが……


(凡人どもが……こんなでかい船が簡単に沈むはずがないだろうが)


 大事なのは、大王烏賊(クラーケン)が油断してるってことだ。俺のことを忘れてくれれば

あの固有能力は発動しないだろう。


(全く……我ながら自分の冷静さが怖いぜ) 

 

 まっ、だからこそ、公認勇者に任ぜられるわけだけどな! 真の強者たるもの、力だけでなく、頭も必要だからな!


(アリステッド男爵、お前には足りないものだよ)


 自分から目立ちに行く馬鹿さ加減……今頃後悔していることだろう。


(格の違いを見せてやるぞ、アリステッド男爵!)


 さあ、いよいよトドメだ、大王烏賊(クラーケン)!

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