第81話 リィナの悩み

「やった! これでダンジョンクリア!」


 【黄昏の迷宮】のダンジョンボスを倒したことで帰還用の青い魔法陣が目の前に現れた。


(私は攻撃用のスキルはないけど、なら防壁で殴ればいいんだよね!)


 お母さんにはびっくりされたけど、上手く行った。お兄ちゃんみたいにダンジョンをショートカットしてのソロクリア。まあ、私はお兄ちゃんがジーナさんに話したマップデータを利用しているけど……


(これで私も役に立てるよね、お兄ちゃん!)


 私ももうすぐ十八才。リーマスでは十八才になり、クラスを授かると一人前として扱って貰える。


(そうしたら、お兄ちゃんも……)


 あ、私……


(十八才になったら、お兄ちゃんのことを何て呼んだら良いんだろう……)



※  



【リーマス冒険者ギルド 受付前待機所】


我ながら何でこんな大問題に気づかなかったんだろう……いつまでも“お兄ちゃん”じゃ、お兄ちゃんも私のことをいつまでも妹としか見てくれないに決まってる! 


(普通に考えたら……フェイさん、とか?)


 ボッ!


 鏡を見なくても顔が赤くなったのが分かる。まるで極大の火球を顔にぶち当てられたかのように血液が沸騰し、熱くなる。あああ……もう駄目!


「………こんなところで何してるのよ、リィナ」

「ジーナさん……」


 腕で顔を隠しながらことがバレないように──お兄ちゃんのことで妄想して顔を赤くしているなんて恥ずかしすぎるから──声の主を探ると、そこにはジーナさんがいた。


「さっきから何をしているのよ。悩んだり、頭を抱えたり、しまいには机に顔を突っ伏したりとかせわしなさすぎるよ」


「……」


 あ、見られてたんだ。


「ほら、話を聞いてあげるからあっち行くわよ」


 そう言うと、ジーナさんは個別面談用の個室の扉を指差した。でも、ジーナさんは制服姿。つまり、仕事中だし……


「でもクエストの悩みとかじゃなくて」


「分かってるわよ。【黄昏の迷宮】をソロクリアしている冒険者がそんなことで悩むはずがないもの」


「なら……」


「でも、それくらい今さらよ。だって、あなたはそもそも十八才前なのに冒険者やってるとか有り得ないもの」


 つまり、そもそも規則も何もないってことかな……うーん、何か微妙。


 バタン!


 そんなこんなで、気づけば私はジーナさんに面接室へと連行されてしまっていた。


「で、どうしたの?」


 ジーナさんが“さあ吐け!”と言わんばかりの形相で圧をかけてくる。ううう……話すのは恥ずかしいんだけど。


(話すしかないか……)


 この様子だと話すまで放してくれないだろうし。


「はあ……何かと思えば」


 崖から飛び降りる勢いで話したんだけど、ジーナさんの反応が予想とは大分違う……


(あれ、もしかして呆れられてる?)


 な、何で……あ、今まで私がこの大問題に気づかなかったから?


「別に何でもいいんじゃない? フェイさんでもフェイでも。あ、いっそもう、ダーリンとか」


「だ、ダーリン!?」

 

 駄目だ、ジーナさん、完全に面白がってる。


「どうせリィナのことだから、“不自然に思われたら嫌われる”とか“急に距離を詰めてうっとおしがられたらどうしよう”とか思ってるんだろうけど……」


 グサグサグサッ!


 ううう……何で分かるの?


「フェイにリィナのこと意識して貰わないと二人の関係はずっと兄妹(きょうだい)のままよ? 嫌われるかどうかなんてやる前から考えても仕方ないじゃない」


 ……はい、仰るとおりです


「まあ、普段は無茶ばっかりなのに、フェイのことになると妙に弱気になるとこはカワイイけど」


 か、完敗だ……モウグウノネモデナイ。


(そう言えば……)


 ジーナさんにこうしてお兄ちゃんのことを相談するのは初めてじゃない。というか、お兄ちゃんのことはジーナさんにしか相談したことがない。だけど……


(ジーナさんもお兄ちゃんのこと、好きなんだよね……多分)


 はっきり言葉にして聞いたわけじゃないけど、それくらいは分かる。


(なのに何でこんなに応援してくれるんだろう……)


「もしかして、私がフェイのこと好きだと思ってる?」


「え?」


 え、違うの?


「勿論好きよ」


 えええっ、やっぱり! じゃあ、ジーナさんもライバル……


(そんな……絶対敵わないよ)


 短くキリリと切りそろえた綺麗な茶色の髪に綺麗な玉子型の小さな顔。空色の瞳はまるで宝石のよう……


(それに……凄く大人っぼまい)


 スタイル抜群なのは勿論……何というか大人の女性しか持っていない余裕というか、包容力がある。私が男だったら、絶対ジーナさんに首ったけになると思う。


「でも、私はリィナのライバルじゃないから、リィナを応援出来るの」


「え???」


 ライバルじゃない? 戦うまでもないってこと?


「フェイは私のことを大切にしてくれるし、多分それはリィナと恋人になっても変わらないと思う。だから、私はフェイを独占できなくてもいいの」


 ジーナさんはお兄ちゃんが好きなのに、私とお兄ちゃんが恋人になってもいいの?


(分からない……一体どういうこと?)


 独占したいわけじゃないけど、私なら自分以外の女の人とお兄ちゃんが一緒にいるなんて絶対に嫌だけど……


「別に理解出来なくてもいいと思うよ。私は獣人の血も少し入ってるから、少し人間の感性とは違うところもあるし。それよりも」


 突然、ズイッとジーナさんが顔を寄せる。な、何だろう……いつになく真剣な表情だ。


「リィナはフェイとどういう関係でいたいのかを考えた方がいいと思うよ」


 どういう関係でいたいのか……?


「フェイと恋人になりたいのか、それとも今までのように近しい肉親として傍にいたいのか。それが分かれば、呼び方なんて自然と決まって来ると思うな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る