第82話 リィナの気づき

【リーマス市場】


“リィナはフェイとどういう関係でいたいのかを考えた方がいいと思うよ”


 どういう関係でいたいのか……そんなの決まってると思ってた。私は早くお兄ちゃんと釣り合う女性になりたくて、毎日それだけを願って生きていたと言っても過言ではないくらいだ。


(だけど……)


“フェイと恋人になりたいのか、それとも今までのように近しい肉親として傍にいたいのか。それが分かれば、呼び方なんて自然と決まって来ると思うな”


 ジーナさんにそう言われた時、私は自分の心の奥底にある願いに気がついてしまった。


(私、心のどこかでお兄ちゃんに守られたいと思ってる……)


 今までは早く大人になることで頭がいっぱいだったから気が付かなかった。


 だけど……


 お兄ちゃんがいつも私のことを一番に考えてくれること、


 大切にしてくれていること、


 お兄ちゃんが守ってくれる小さなリィナであること……


 それらに喜びを感じているのは確かだ。


(私、どうしたら良いんだろう……) 

 

 いつしか私は広場にある休憩スペースに座り、考え混んでしまっていた。本当は夕飯の材料を買いに来たのだが、正直頭の中がぐちゃぐちゃで献立を考えるどころじゃないのだ。


「あれっ、こんなところでどうしたの?」

「レイアさん」


 何でこんな時に! と思ったが、何もおかしくはない。誰もが夕ご飯の材料の調達に市場へ来る時間だ。


「どうしたの? 悩み事? クエストは順調にこなしてるって聞いたけど」


 今の私ってそんなに分かりやすいのかな……


「う〜ん、まあ、悩んでます」


 レイアさんにはまだジーナさんみたいに何でも話せない。信用していないわけじゃないけど、レイアさんがお兄ちゃんのことをどう思っているのか分からないし……


「……実は私も。おかげでメニューが全然決まらなくって」


 えっ! レイアさんも?


「実は私、ある人に復讐するために強くなりたいの」


「復讐……」


 それからレイアさんは自分のことを話してくれた。冒険する内にお兄ちゃんの助けになることが目的になっていったこと、そして強くなったと褒められて嬉しかったこと……


(レイアさんもお兄ちゃんのこと好きなんだ……)


 レイアさん自身が気づいているのかは分からない。けど、表情やお兄ちゃんのことを話す時の声色の優しさを見れば一目瞭然だ。


「でも、そのせいで復讐に対する思いが薄れてしまったような気がして……」  


 レイアさんがきつく拳を握りしめる。まるで自分を戒めるように……


(多分、レイアさんにとっては復讐心=その人への想い、なんだろうな)


 レイアさんが誰を失ったのかは分からないけど、よほど大切な人だったんだろうな。 


「けど、フェイには自分の駄目なとこだけ見ていても駄目だって。良いとこ、駄目なとこ、全てを見た上で全てを上手く使わないと勝てないって言われた」


 良いとこ、駄目なとこ、全て……


(私のお兄ちゃんへの想い、その全て……)


 大人の恋人同士になりたい気持ち、妹として保護されたい気持ち、そしてどちらかをまだ決めきれない気持ち……


「全てを活かす、それがフェイの力の源泉だとしたら私もそれを身に着けたい。だって、私はどちらにしろアイツと決着をつけなきゃいけないんだから」


 レイアさんが再び拳を握る。けど、それはさっきとは違う自然なもの。何かを掴むことも離すことも出来る柔軟な拳だ。 

 

(……レイアさん、変わったな)


 ノルドさんやお兄ちゃん、レイアさん達とパーティーを組んで封印へ行く前、私はお兄ちゃんとジーナさんから軽くレイアさんの身の上を聞いていた。


(その時は強くて良い人なのに、何か張り詰めた危うさや脆さもあるような印象だったけど……)


 今は全然違う。まるでお兄ちゃんみたいな揺るがない佇まいが備わっている。


(勿論簡単に割り切れてるわけじゃないだろうけど……)


 でも凄い。多分、レイアさんはこれからどんどん強くなる気がする。多分今まで以上に。


「レイアさん、一つ聞いてもいいですか?」

「ええ、何かしら」


 私もちゃんと自分の気持ちに向きわなきゃ。そのためには、レイアさんの気持ちも聞いておきたい。じゃないと覚悟が決まらない。


「レイアさんにとって、お兄ちゃんはどんな存在ですか?」


「私にとってフェイがどんな存在か……」

 

 レイアさんは少しびっくりした顔をしたけど、私が真剣に聞いてるんだと分かると考えこんで……

  

「……今まで知らなかった世界を教えてくれた人、かしら」


 ………え? どういうこと?


(まさか……そんな。お兄ちゃんに限って、あるはずがない……よね)


 でも、何であんなに可愛く頬を染めてるの!? い、一体、レイアさんに何をしたの、お兄ちゃん!





 数日後、私達はリーマスを旅立つことになった。お兄ちゃんは何故か私がリーマスに残ると思っていたみたいだけど……まあ、そんな鈍いところもお兄ちゃんの良いところだ。


(よしっ! リーマスを出たら……)


 考えたら、呼び方を変えるのは別に十八まで待たなくてもいい。いや、むしろこのタイミングが一番いい。


(恋人と妹、どちらも大事で選べないなら……)


 どちらも大切にすればいいのだ。今はまだそれでいい。私は自然と走り出し、皆の先に立った。


「フェイ兄! みんな、早く行こう!」

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