第77話 旅立ち

【リーマス冒険者ギルド入り口】



「す、すみません。今退きますので」


「えっと……アバロンなのか?」


 翌日、ノルドさんに自分の意志を伝えにギルドに向かった俺とレイアは入口を掃除しているアバロンに出会った。


「ぐ……ち、違います」


 アバロン(ではないと言い張る人物)は帽子を目深に被り、マフラーで口元を覆って人相が分かりにくい。が、一緒にパーティを組んだ俺には一目で分かる。


「どうせ、行くところがなくてギルドに泣きついたんでしょ。リーマスから離れるにしても路銀がいるし」


「ぐっ!」


 レイアの一言にアバロン(ではないと言い張る人物)の傍で壁をブラシで擦っていた女性が怒りで体を震わせる。


(エスメラルダか)


 周りにはアーチやバルザスもいる。みんな無事みたいだな。


“まあ、身体的には問題なさそうです。精神的には大分問題がありますが”


 ミアの声は冷たい。まあ、アバロンがやったことを考えたら仕方がないか。


(スルーした方が良さそうだな)


 アバロン達の処遇は冒険者プレートの没収と莫大な罰金だ。だが、俺の嘆願もあって、五年間罪を侵さず奉仕活動を続ければ再度冒険者としての資格を得られることになっている。が、あまり俺には見られたくない姿だろうな。


(ていうか、最初から無視した方が良かったな)


 後の祭りというやつだが。


「アバロンさん、いつまで掃除に時間がかかってるんですか!? まだまだ仕事はあるんですよ!」


 ギルドに入ろうとしたその瞬間、ジーナさんが現れた。


(嘘をついた後でそれがバレるってツライよな)


 実際、アバロンは気まずさに体を小さくしている。こんなアバロンはみたくなかったな……


「くっ……ジーナ、受付嬢のくせに」


 エスメラルダが憎々しげに呟く。エスメラルダは何故かギルド職員を低く見ているので、ジーナさんに叱責されるのが気に入らないのだろう。


「あ、フェイさんじゃないですか。ギルド長から“フェイが来たら部屋に来てくれるように頼んでくれ”って言われてるんですけど」


 幸いなことにジーナさんはエスメラルダの一言には気づかなかったらしい。まあ、かなり小さい声だったしな。


「ギルド長からの直接の呼び出し……」


「しかも“頼んでくれ”って、フェイに選択肢がある!?」


 アーチとバルザスが驚きの声を上げる。まあ、普通なら有り得ないことだしな。


「フェイさんは今やギルド長お墨付きの有望株なんだから失礼なことしちゃ駄目ですよ」


 ジーナさんはアバロン達にそう言うと半ば無理矢理俺達をギルドの中へと連れて行った。




【冒険者ギルド長室】



 ノルドさんに豹炎悪魔(フラウロス)の追跡に参加したいという意思を伝えた後、今後の日程を相談したところ、旅立つ日は六日後──丁度リィナのご両親が退院する日だ──に決まった。


「本当は住民総出で送り出したいんだが……」


「いや、そんな大げさなのは困ります」


「そうか。残念だな」


 とはいえ、俺のことはそれなりに広まっているらしい。豹炎悪魔(フラウロス)を倒したのはアリステッド男爵ということになってはいるが、どうも俺はアリステッド男爵と何らかの繋がりがあるとかいう噂が立っているようなのだ。


(何でこうなったのかな……)


 まあ、ギルド長室に呼ばれたりするからだろうけど。


「じゃあ、何か必要なものがあったら言ってくれ。なんでも用意するからな」


 打ち合わせが終わった後、そんな言葉を背に受けながら部屋を出た俺達は真っ直ぐ家に向かった。  


「まあ、旅に出てもご両親がいるからリィナが寂しがったりはしないだろう」


「えっ……あ〜、そうね」


 ふと呟いた一言にレイアがびっくりした顔をして何だが曖昧な言葉を返した。どうしたのかな。


“マスターらしくていいと思います”


 ミアの笑顔が脳裏に浮かぶが……何だ? 何なんだ?





 それからまたたく間に時間が過ぎ、いよいよ出発の日となった。見送りはリィナとご両親、ノルドさんと少数だが、豪華だ。


「じゃあな、リィナ。お土産を買ってくるからな」


 俺が何気なくそう口にした言葉にその場にいた全員が首を傾げた。


「お兄ちゃん、私もついていくよ?」


「え? だって、せっかくお父さんお母さんと暮らせるのに……」


 それにそれはルーカスさん、クラウディアさんにとっても同じはずだが……


「気をつけてな、リィナ。まあ、フェイくんがいれば大丈夫だろうが」


「冒険者プレートはなくしちゃ駄目よ」


 ルーカスさんもクラウディアさんもオッケーなのか! しかも冒険者プレートって!


「俺が渡した。旅をするにはあった方がいいだろ」


 そりゃそうだけど、まだ十八才になってないからクラスが……あ、あるな。でもそれは……


「大丈夫だよ、お兄ちゃん。ノルドさん達にもレベリングを手伝ってもらったし」


 別に実力に不足があるとかじゃないんだけどな。ていうか、リィナの援護があったら無敵過ぎる気がするくらいだ。


(ま、いっか。みんな納得してるなら)


 別に今生の別れという訳じゃない。近い未来に帰ってくるつもりなんだから。


「……仕方ないな。無理は駄目だぞ」

「うん!」


 こうして俺達は旅に出た。この時は夢にも思わなかったが、後から考えてみれば、これが世界最強への第一歩だったのだ。

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