第73話 窮地

「人間、名を名乗れ。死した後も記憶に止めてやろう」


 別に死ぬつもりはないんだが……


(時間稼ぎは必要か……)


 リィナは今、バフの準備をしてくれている筈だ。今のところ、押されっぱなしだが、リィナの援護があれば戦況も変わるかも知れない。


「俺の名はフェイだ」


「フェイか。フム、これで私が覚えた人間の名は三つだな」


 三つ目? もしかして、一つ目と二つ目は……


「よし、これで心置きなくお前を殺せるな。フェイよ。お前のことは人間にしてはマシな奴だったと記憶してやろう!」


 豹炎悪魔(フラウロス)の体から炎が立ち上る! げっ……まだ本気じゃなかったのか!


(来る!)


 俺が身構えたその瞬間……


「〔紫陽の加護〕!」


 〔紫陽の加護〕は一人にしかかけられないが、全てのパラメーターを急上昇させるスキルだ。


(これは……!)


 今までほとんど捉えられなかった奴の動きがおぼろげながらではあるが見える!


 ダッ!


 俺は豹炎悪魔(フラウロス)の突進を紙一重でかわす。


 ドッカーン!


 俺に当たるハズだった拳が地面に当たり、再び爆音を響かせる。だが、今度はその後に……


 ブワッ!


 拳が打った場所から炎が吹き出し、辺りを焼く。それはカウンターで〔デュアシールドアタック〕を放とうとしていた俺も含まれている。 


(ヤバい!)


 俺は咄嗟に方針を転換し、その場を離れようと全力で地面を蹴る。が、奴の炎の方がはるかに早い!


“マスター!”


 ミアの声と共に左手の盾が広がり、卵のように俺を包み込む。それにより、俺は炎で焼かれることになくその場を離れることが出来た。


(ありがとう、ミア)


“いえ、このくらいは。しかし……”


 確かにこのままでは勝てない。何せ豹炎悪魔(フラウロス)の攻撃をかわすだけで精一杯なのだ。


(せっかくリィナにバフをして貰ったのに……)


 だが、何か手はあるはずだ。何か手が……


(リーマスに現れた豹炎悪魔(フラウロス)の影は本体の三割程度ということでしたが、正直ここまでとは……)


 ミアが臍をかむ。ミアはそんな表情でさえ絵になるのだが、この時、俺はミアの表情ではなく、別のものに気を取られていた。


(豹炎悪魔(フラウロス)の影か……)


“ごめん、お兄ちゃん。あの時みたいに封印することは出来ないの。あの時とは漏れ出た力が桁違いで……”


 リィナは悔しそうだ。けど……


(いや、そうじゃなくて……)


 その時、無数の火弾が俺に向かって飛んできた。リィナの虹色の防壁が展開するが即座に……溶けない! よく見ると防壁を何層にも重ねて展開しているようだ。


(全部重ねれば、数秒は耐えられるのか)


 数秒というと大したことがないように思うかも知れないが、戦闘において数秒稼げるというのはかなり大きい。今のようにギリギリで相手の攻撃を凌いでいる時は特に。


(相変わらず絶妙な援護だな……)


 炎弾は俺に向かうものがあったり、逃げ道を塞ぐものがあったりと這い出る隙間もない布陣だった。が、リィナが一発の軌道を少し変化させただけで、それらはお互いにぶつかり合い、ほとんどが俺へ届かないものになってしまった。


(あれだけあって向かってくるのが一発だけか……流石リィナだな)


 俺は微妙な角度をつけた盾で〔デュアシールドアタック〕を放ち、炎弾の軌道を変えた。アイテム士だった頃は攻撃魔法が使えなかったからこういう小技はいくつも師匠から習っている。

 

 バリリッ! 


 スキル発動後の隙をつくようにノルドさん達の遠距離攻撃が豹炎悪魔(フラウロス)に向かう。


「……人間風情が結界の外から下らぬ攻撃を! うっとおしい! 」


 正直ダメージはほとんどないが、逆に奴の注意は引けているようだ。


“どうしますか、マスター”


 今のうちしか話す時間がないと言うことだろう。ミアが話しかけてきた。


(実は、アイツを分割出来たら……と思って)


 アイデアと言う程のものではないのだが、例えば豹炎悪魔(フラウロス)の力を四分割出来れば、一体一体は前の豹炎悪魔(フラウロス)の影くらいになる。それなら何とかなるなと思ったのだ。


(そっか! それならまた封印し直すことも出来るね)


“私の中に封印することも可能です”


 ただの思いつきだったのだが、意外と二人の食いつきはいい……けど


(でも分割といっても、流石にミアの【ディバイド】でも真正面から打っただけじゃ難しいよな)


“……不甲斐ないです”


(いや、ミアを責めてるわけじゃないよ)


 相手は一国を滅ぼす相手なのだ。一筋縄で行くはずがないのだ。


“でも、今ある境界を取り払った上でなら新たに境界を設定することは出来ると思います”


 え? どういうこと?

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