第36話 アリステッド男爵
<新米冒険者イツカ視点>
ある日の昼下がり。ある冒険者の登場でリーマスの冒険者ギルドは大騒ぎになった。
「おい、まさか」
「いや、間違いない。夜会の仮面に漆黒のマント……間違いない。アリステッド男爵だ!」
誰もその目で見たことがないにも関わらず、その名を知らぬ者がいないという幻のような存在。それが今、ここにいる。
(まあ間違いなく偽名……きっと正体は伝説級の人物……)
誰もが自然とアリステッド男爵に道を開け、道を譲られた彼はそのまま真っ直ぐカウンターへ向かう。
「アリステッド男爵って、まさかレベルアップした【蒼風の草原】をソロでクリアした冒険者か!」
ベテランの冒険者が興奮してそうささやけば、
「それって『金獅子』と『紅蜥蜴』と肩を並べる実力者ってことだよな!」
と言って俺の仲間である新米冒険者、メアリーがやはり小声で囃し立てる。が、ほとんどの冒険者はアリステッド男爵が『金獅子』と『紅蜥蜴』と肩を並べる存在ではないことを知っている。
アリステッド男爵はリーマス最強のパーティよりさらに高みにいる冒険者なのだ。
「クエストを受けたいんだが」
「は、はい!」
アリステッド男爵はジーナさんのカウンターへ行くとそう言った。
(リーマスのクエストを受ける、それはつまり……)
俺の心臓が興奮のあまり早鐘を打つ。それは多分その場にいた冒険者全員がそうだったと思う。
「では、冒険者プレートをお願いします」
「冒険者プレート……しまった。無くしてしまったな」
その瞬間、俺は落胆した。冒険者プレートの再発行は最後に登録した冒険者ギルドで行うきまりになっている。
(何処の冒険者ギルドに登録しているかは分からないが、あれほどの実力なら大きな街のギルドに違いない。三大都市随一のネヴァンか王国最強ギルドの呼び声のあるトーラムか……いやいや、王都レーンダックでもおかしくない)
一度本拠地へ帰ってしまえば、リーマスのことなんて忘れてしまうに──
「でしたらこちらをどうぞ」
何とジーナさんは真新しい冒険者プレートをアリステッド男爵へと差し出したのだ!
「良いのかね?」
「あなたはリーマスの恩人であり、英雄です。不自由があってはいけないとのギルド長が」
あの堅物ギルド長がそんなことを!
ギイッ!
安普請のドアが耳障りな音を立てる。空気を読めない訪問客に目を向けた奴はほとんどいなかったにも関わらず、起こったどよめきは大きかった。
(何だよ、一体!)
文句の一つでも言ってやろうかと思ったその時、俺は息をすることを忘れた。そこにはアリステッド男爵と同じ仮面をつけた女剣士がいたからだ。
(う、美しい……それに)
仮面をつけていてもなお隠し切れないその美貌。そして、その隙のない身のこなしと存在感は並みの使い手であるはずがない。
「エーデルローズ、遅かったね。早速だが、冒険者プレートを」
エーデルローズ……まるで王族のような名前だが、彼女はそれに相応しいオーラを放っている。
「冒険者プレート……」
「よろしければこちらをお使い下さいっ!」
状況を雰囲気で察したジーナさんがすかさず冒険者プレートをエーデルローズと呼ばれた女剣士に差し出す。流石ナイスな反応だ、ジーナさん!
「これはこれは……仲間にまで申し訳ないな」
「これくらいは当然です。何かお困りのことがあれば是非仰って下さい」
ジーナさんがそう言うと。アリステッド男爵は満足げに微笑んだ。
※
<フェイ視点>
時間は少し逆上る。
「フェイ、これを使うという手もあるけど」
ジーナさんがそっと差し出した袋の中には金属製の板がある。これは冒険者プレートか?
取り出そうとすると、ジーナさんが首を降るので仕方なく袋に入れたままプレートを見ると……
(なになに……氏名:アリステッド男爵! ってオイオイ!)
アリステッド男爵というのはジーナさんの幻術で【蒼風の草原】をクリアしたことにした架空の冒険者の名だ。ついでに言えば、ジーナさんがはまっているロマンス小説に出てくる登場人物の名前でもある。
「実はギルド長がアリステッド男爵を見つけたら他の街のギルドに取られる前にこれを押し付けろって言ってて」
ちなみにアリステッド男爵の冒険者ランクはA。登録時にAランクというのは異例だが、やったことを考えれば当たり前かも知れない。
「後、仲間がいたらその人にも即座にAランクの冒険者プレートを渡せって言われてる」
オイオイ……
「ちょっと無茶じゃない? アリステッド男爵は強さを知ってるから良いとして、いるかどうかも分からない仲間までAランクなんて」
レイアの言うことはもっともだ。が、多分……
「背に腹は代えられないのよ。今、リーマス最強の『金獅子』と『紅蜥蜴』は活動出来ない状態。正直、cランクのクエストが出ただけでも対処は難しいわ」
つまり、最低でも『金獅子』と『紅蜥蜴』のどちらかが活動を再開するまではアリステッド男爵にリーマスにいて欲しいってことだ。
「ふーん、色々あるのね……」
レイアはあんまり興味なさそうだ。こういう話は苦手なのかな。
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