第21話 立入禁止

 ざわざわ


 冒険者ギルドについた俺は、ギルド全体に何とも言えないざわめきが広がっていることに気がついた。


(何だ、一体?)


 冒険者ギルドが騒がしいことは何もおかしくない。というか、むしろシンと静かな方が異常なくらいだ。だが、これは……


「フェイさん、どうしてこちらへ?」


 キョロキョロしている俺にジーナさんが声をかけてくれた。ギルドの制服じゃないところを見ると、これから帰るところなんだろう。 


「リィナの病気の薬に必要なニガハッカが売ってらしいから取ってこようかと……」


「駄目です!」


 バシッと音が出そうなくらいの勢いに俺は思わずたじろいだ。


「『蒼風の草原』は『朝霧の鉱山』と同じように魔物のLvが急上昇したの!」


 『蒼風の草原』もか! もしかして、それでニガハッカが買えない状態になってるのか!


「しかも、『朝霧の鉱山』に向かった『金獅子』と『紅蜥蜴』も帰ってきてないの! 彼らがクリア出来ないなら──」


 その時、冒険者ギルドのドアが開き、それと同時にどよめきが起こった。


「『金獅子』と『紅蜥蜴』……ボロボロじゃないか」


「メンバーが足りないぞ。まさか、死人が出たのか……」


 鎧は所々破損し、チュニックやローブといった衣服には至るところに血のシミがあるという悲惨な状態だ。彼らは倒れ込むようにカウンターに座ると、息も絶え絶えにクエストの報告をした。


「『朝霧の鉱山』はクリアした……確認してくれ」


 一瞬小さな歓声が上がるが、それは直ぐに静まった。帰ったばかりの彼らはまだ知らないだろうが、まだ問題は残ってるのだ。


“リーマス最強の冒険者でこれかよ。奴ら以外は『蒼風の草原』へ行っても死ぬだけだな”


 周りにいた長剣を持った冒険者が小声で囁くと、それを聞いた弓使いの冒険者は首を捻った。


“だが、奴らは『蒼風の草原』のボス討伐のクエストを受けるかな? あの有り様じゃ少なくとも当分は活動できないだろ……”


 『金獅子』と『紅蜥蜴』の報告は直ぐにギルド長まで上げられたらしい。しばらくすると、リーマスのギルド長ノルドが姿を見せた。

 

「『蒼風の草原』と『朝霧の鉱山』は当分立入禁止とする!」


 ギルド内に動揺が走った。何せこんなことは前例がないのだ。ランクと無関係にダンジョンを立入禁止にするなんて、恐らくどんな規則にもさだめられていないだろう。


 だが、そんなことよりも……


「俺は事態の収拾のために、王都の冒険者ギルド本部に救援を請うつもりだ。それまで『蒼風の草原』と『朝霧の鉱山』は誰も入るんじゃないぞ!」


 ノルドはそう言うと、この場にいない冒険者にこの決定を伝えるためにあれやこれやと指示を飛ばしはじめた。


「大変……だけど、とりあえずリィナのとこに戻りましょう。私も一度家に戻って支度をしたら行くわ」


「ありがとう、ジーナさん。あとさ、教えて欲しいことがあるんだけど」


「どうしたの?」


「無断で『蒼風の草原』に入るにはどうしたらいいのかな?」





「大丈夫、リィナ?」


「うん、大分良くなった」


「でも油断は禁物だからね!」


「分かってるよ。家事はお兄ちゃんがやってくれるし」


 リィナはジーナさんと笑顔でそう話すが、内心俺は焦っていた。何故ならヘーゼルさんの言っていた三日目が刻一刻と近づいているからだ。


(『蒼風の草原』には簡単には入れないだろうし、入ったとしても高Lvの魔物がうろつく中、あっさりとニガハッカを採取することが出来るとは限らない)


 ついでに言えば、薬を精製する時間も必要なのだ。時間がいくらあっても足りない。


「じゃあ、リィナ。フェイと買い出しに行ってくるから」


「分かった。お兄ちゃん、荷物持ち頑張ってね」


「Strには自信があるし、頑張るよ。リィナは寝ているんだぞ」


「分かってるよ、お兄ちゃん」


 そんなやり取りをした後、ジーナさんと俺は家を出た。が、数歩歩いたところで……


「で、何で『蒼風の草原』に行くなんて考えたの? 『紅蜥蜴』と『金獅子』の有様は見たでしょ? 死ににいくつもりなの!?」


 小声ではあるが、ジーナさんは本当に怒っているのがよく分かる。まあ、怒られるとは思っていたけど……


「ヘーゼルさんに聞いた話なんだけど、明後日の晩までに薬を飲ませなきゃいけないらしいんだ」


「明後日……」


「で、その薬を買うためにはニガハッカが必要で……」


「!!!」


「今、リーマスではニガハッカが品切れで手に入らなくて薬が作れないらしいんだ。だから……」


 やっとジーナさんも事情を理解してくれたらしい。怒りを収め、しゅんとした顔になった。


「ごめん、フェイの気持ちも理解せずに怒ったりして。でも、フェイが心配で……」


 そうだよな。ジーナさんはいつも俺のことを心配してくれてるんだ。


「……絶対に帰ってくる?」


 ジーナさんが真剣な眼差しで俺の目を覗き込んでくる。これは生半可な態度では駄目だな。


「絶対に戻ってくるよ」


 俺は何かの誓いをするようにそう答えた。

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