第20話 理由と原因

<リィナ視点>


「朝ご飯の支度をして来るよ。リビングに来れそうなら来てくれ」


 お兄ちゃんがそう言って部屋を出ていく。何あのさり気ない優しさ……カッコ良すぎる!


(でも、昨日はやりすぎたかな。はしたない子だと思われちゃったかも)


 昨日はどうしようもなく寒くて心細かったからつい甘えちゃった……  


(でも、まだ駄目。今の私じゃ……)


 いつもならお兄ちゃんへの想いはそっと胸の奥底に隠している。だって、私はまだ守られるだけの子どもだし、何を言ってもお兄ちゃんの“妹”でしかないのだ。


(でも、十八になって大人になればきっと……)


 クラスが手に入れば、私もお兄ちゃんの手伝いが出来る。そうしたら、きっと私を一人の女性として見てくれる。


(そのためにはもっと自分を磨いて、お兄ちゃんに相応しい女性にならなきゃ!)


 そこまで考えて私はハッとした。


(あれっ……でも、私、昨日何もされてない……)


 一緒のベッドにいたのに何もされてないなんて、私に魅力がないせいじゃ……


「リィナ? 大丈夫か?」


 お兄ちゃんだ!


「昨日の粥を温めたけど、食べれそうか? ベッドから起きるのが辛かったら持っていくけど?」


 あわわっ!


「大丈夫! 今着替えてるところ!」


 まだ寒気は残ってるし、体はだるいけど昨日よりは大分マシだ。急いでリビングに行って、お兄ちゃんのおかげで元気になった姿をみせなくちゃ!

  



<フェイ視点>

 

 リィナに朝食を摂らせて寝かせた後、俺は昨日話に出ていた特効薬とやらを貰いににヘーゼルさんの療養所に向かったのだが……


(あれ、何か昨日とあまり変わってなくないか?)


 リィナ同様、多少具合は良さそうに見えるが、まだベッドは療養所の外まで置かれており、患者が減ったようには見えない。


(“特効薬”とか言うくらいだから、出来たらすぐ治るものかと思ってたんだけど)


 そんなことを考えながらエギルやヘーゼルさんを探していると……


 ドタドタドタッ!


 少し離れた辺りからベッドをひっくり返したり、水差しやら薬瓶が置かれた物置やらを倒したりしながらエギルがやってきた。


「リィナ……ちゃん……の……様子は!」


 息も絶え絶えのエギルは一言一言振り絞るようにそう言うが……おいっ、後ろに


 バコッ!


 エギルの後頭部にヘーゼルさんの手刀が突き刺さった!


「イタタタっ! 何するんですか! 療養所でケガ人出す気ですか!」


「それはこっちのセリフだよ! 何でもかんでもひっくり返しやがって!」


 ヘーゼルさんが指す先には見事に散らかった病室が広がっている。うん、確かにこれは駄目だな。


「だって、リィナちゃんですよ!? 俺、様子を見に行きたかったのにヘーゼルさんに止められてて──」


 バコバコバコッ!


 再びヘーゼルさんの手刀がエギルの後頭部に落ちた!

 

「あんたには仕事があるだろ! ほら、さっさと片付けな!」


「そ、そんな……」


 エギルは泣きそうな顔をして引きづられていく。


(助けを求めるような顔をしてるけど、悪いのは間違いなくお前だぞ?)


 友人ではあるが、残念ながら今のエギルには弁護のしょうがない。


「ごめんね、騒がしくて」


 ヘーゼルさんはエギルに雷を何度も落とした後、俺のところへ戻ってきてくれた。


「リィナちゃんの具合はどうだい?」


「お陰様でベッドから起きて、リビングで食事するくらいには」


「良かった。この病気は最初の一晩と三日目の夜が山だからね。それにしても二日目でベッドから離れられるなんて、フェイの看護が良かったんだろう。大変だったね」


 ヘーゼルさんは多分隈が出来た俺の顔を見てそう思ったんだろうけど……


(良かった、のかな……)


 多分ヘーゼルさんの“良かった”とは別の意味で良かったかどうかが気になるが、まあ、リィナが少しは元気になったんだから、良しとしよう。


「って、すまない。薬だよね。悪いんだけど、薬はまだ出来ていないんだよ」


「え?」


 あれ? 昨日は一晩あれば出来るという話だったような……


「実はニガハッカが全然手に入らなくて作れないんだよ」


 ニガハッカがない?


 そんな馬鹿なことがあるのだろうか。ニガハッカはFランクの冒険者でも行けるダンジョンである『蒼風の草原』で簡単に採取できるため、駆け出し冒険者が良く集めてくるんだが……


「後の材料は揃ってるんだが…… 折角来てもらったのに済まないね」


「いや、ヘーゼルさんのせいではないですよ」


 大体、薬が作れなくて困っているのはヘーゼルさんも同じはずだ。


(ちょっと冒険者ギルドに顔を出してみるか。場合によれば、俺が直接採取しに行ってもいいし)


 リィナのことはジーナさんか、レイアに頼めるだろうしな。


「とにかく三日目の夜までに薬が用意出来ればいいんだけど……」


「三日目の夜にはリィナはどうなるんですか?」


 ヘーゼルさんがこんなに不安がっていると俺まで不安になるよ。


「……赤熱病の患者の七割は三日目に命を落とす」


 ヘーゼルさんから話を聞いた俺は思わず唸ってしまった。


(とりあえずギルドに行って見よう。最悪、俺がニガハッカを取りに行けばいいんだ)


 俺は不安を押し殺し、冒険者ギルドへ向かった。

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