第9話 奴隷に混ざっていた男Cの証言(1)



 その時の事を……話さなくてはならないのですか。

 ……いつかはそんな日が来ると思っておりました。


 私はあの日、何処からか拐われて来たであろう売られゆく者達に混じって捕まっておりました。

 かく言う私も同じです。私の場合は飲み屋で騙されてこしらえた借金で……気がついたらこの様な場所におりました。


 集められた奴隷として売られゆく者達は性別や年齢も様々……私のような成人した男子は労働奴隷として売られでもするのでしょうね。

 乱暴に扉を開ける男らをよく見ると、見覚えのある者達ばかり……やはりグルだったのだと、今更分かったところで後の祭り。最早取り返しもつかずに私はただ売られて行くだけでしょう……。

 ですが、私には一つだけ心残りがありました。後ろ手に縛られたこの手では……今更どうする事も出来なかったのですが。



「思い知ったか! 今日はこの位にしといてやる!!」


 男の罵声と共に乱暴に開かれた扉、放り出されたのはボロボロに痛めつけられた男性でした。

 奴隷教育と言っては捕まえてきた者達を鞭で痛めつける野獣のような男達……。

 その男性もやはり教育という名の暴力を振るわれたのでしょう……騎士のように立派な身なりをしておりましたが、そのシャツはボロボロに破れ所々肌が見えておりました。

 破れた隙間から覗く擦り傷……それを見た瞬間、私は恐ろしくて心臓の辺りがキツく締め付けられるように苦しくなりました。


 次は私の番かもしれない……。


 怖くてたまりませんでした……もしかしたら次は自分かも知れない、そればかりが頭を過ぎり女性や子供も多くいるその中で私は不甲斐なくガタガタと震え小さくなって隠れるしかありませんでした。


「大丈夫ですか?!」


 私がやり過ごそうとしているのに対し、勇敢にも痛めつけられた男性に駆け寄る女性がおりました。

 私はハッと我に返り顔を上げてその犠牲となった方を見ました。


 その男性は身なりも騎士のようでしたが、よく見るととても美しい容姿の方でした。

 男の癖に顔が綺麗だから高く売れそうだと言われているのが聞こえましたが、確かにその通りです。

 真昼にも関わらず月の光を浴びた様な美しさ……月光の騎士様とは正に彼の事でしょう。

 痛めつけられて破れた服、ぐったりと横たわる彼は妖艶でこの部屋の者達の目を惹きつけます。


 ああ、なるほど……と私は納得しました。女性達が駆けつける訳です。だって彼はあんなにも美しいのですから。

 私の様な平凡な顔立ちの男とは違う人種です。あの様なボロボロの姿がもし私でしたら……女性達が駆けつける事もないでしょう。美しい男性は生まれつき恵まれているのです……私の様に可もなく不可もなく、ただ埋もれて過ごすような者の気持ちなど騎士様は知らないでしょう……。


 次は自分かもしれない恐怖と小さな嫉妬、それを感じる度に自分の事が嫌になりました。


「!?」


 横たわる騎士様と目が合ったような気がしました。

 あんなに服が破れる程痛めつけられているというのに、こちらを見て微笑んでいるように見えます。

 そんな事がある訳無い、幻覚だろうと私は目を逸らしました。


「俺をおちょくっているのか……? 良い度胸だ、来い!!」


 怒号が聞こえて振り返ると、またしても騎士様が連れて行かれたようでした。


 何故? あんなに服がボロボロになるまで痛めつけられられていたのにも関わらず、何故まだ他の者達を庇い自らを差し出す事が出来るのか?

 私には絶対に無理だと、鞭が打ち付けられ服が裂ける音が聞こえる度に耳を塞ぎたくなりました。

 ですが、縛られたこの手では耳を塞ぐ事もままならず……私はその恐ろしい音をただ怯えながら聞いている事しか出来ませんでした。


「いい加減思い知ったか!! いや、思い知れよ!! 何なんだお前は!!」


 勢いよく開かれた扉、放り出された騎士様の服は更に破れておりました。

 辛うじて股の部分が無事なだけの服……いや、ボロ切れと言った方が正しいのかもしれません。

 私はゾッとしました……あんなに鞭がボロボロになる程、あんなに服が裂けるほど……


 次は自分かもしれない。嫌だ、それだけは絶対に。


 何度も庇い立ち塞がる騎士様を見ても、その何にも屈しない気高き騎士道を見ても……私は自分の事だけしか頭にありませんでした。自分が恥ずかしい……恥ずかしいのです。


「大丈夫です。私が望んでこうしているのですから。貴方は何も気にしないで大丈夫ですよ」


 騎士様は打ち付けられていても笑顔を崩さずに男を見ておりました。

 ……いえ、私は気付きました。やはり騎士様はこちらを見ていると。

 笑顔で言うその言葉は……私に言っているかの様でした。


 まさか……そんな訳は無い……と、私は考えを振り切るため目を逸らしました。

 あの笑顔が怖い……私の全てが見透かされているのでは無いかと思わせる、あの目が……私は怖かったのです。

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