第7話 奴隷商に拐われた女性Bの証言(3)



「そもそもね、そういうサディスティックな奴隷調教を語るのならば奴隷の気持ちを知らないといけない……そう思いませんか?」


「奴隷の気持ち……? そんなの知る必要無いだろ……」


 男の返答に騎士様は更に悲しげに眉を寄せました。


「調教するならば最終目標を知っておかねばならないと、そう思いませんか? 貴方の鞭は終着点が無い。目的も無くただ無知に鞭を打っているだけです。それではいつまで経っても奴隷なんて育ちません。だから私は満足しないのです」


 満足って言っちゃうとそれはもうマゾですわ騎士様。あと何を仰っているのか誰もが理解出来ておりませんでした。無知に鞭って、ちょっとかけているのも妙にイラッとしました。


「いや、何言ってるのか一個も分からねえよ!!」


「そう……理解出来ない貴方はそちら側の人間ではなかったのです……私はそれが残念でなりません」


「ああもう、話しても無駄だ!! おーい、お前ら!!」


 埒があかないと諦めた男は仲間を呼びました。扉の外から沢山の野獣の様な男達が現れます……流石の騎士様もこれには多勢に無勢なのではないでしょうか。

 私は心配しながら騎士様を見ましたが、騎士様はやはり美しい微笑みを崩す事なく鞭を撫でておりました。何故この状況でそんなに余裕なのか……むしろ嬉しそうな様子さえ感じられました。


「あの気持ち悪い男に俺達の怖さを教えてやれ!! 何をしても構わんぞ!!」


「うひょー!!」


「やったぜ!!」


 野獣のような男達がうひょー! と飛びかかって行きます。うひょーなんて言葉、初めて聞きました。

 四方八方から飛びかかる男達に、騎士様が押し潰されると思い一瞬目を閉じたのですが……目を開けるとそこに騎士様はいらっしゃいませんでした。

 騎士様は男達の頭上を軽々と飛び、頭を踏み台にしながらあの奴隷教育の男目がけて走り出したのです。

 そして、他の男達を交わしながらもその男目がけて鞭を振るいました。


「ぎゃっ!」


「この野郎!!」

「すばしっこい奴め!!」


「ぎゃっ!!」


 何故か分かりませんが、騎士様の狙いはただ1人でした。

 正直、野獣の様な毛むくじゃらのむさ苦しい男たちが乱闘している中で何故奴隷教育の男を見分けられるのか分かりませんでした。こちらは全然見分けがついておりません、どの男もむさ苦しい野獣なのですから。

 ですが、騎士様はただ一人だけを執拗に鞭で打ちつけておりました。ビリビリになる男の服……鞭で打ちつけられた擦り傷。一体、彼に何の恨みがあるのだろうか……。


 いえ、私にはもう分かっております。騎士様は彼に恨みなんて無いのです。奴隷教育の男を……理想のマゾに育て上げようとする、騎士様のサディスティックが目標に向かって鞭を振るっている……ただそれだけの事なのです。

 騎士様にはきっと分かっておられるのでしょう……無駄に強靭な肉体を手に入れる程にマゾの心を知っている騎士様には。


「おい! 何でそいつばかり攻撃するんだ! やめたれよ!!」


「可哀想だろ!!」


 流石の野獣達もあまりに一人が執拗に打ち付けられる様に段々同情してきて声を上げました。襲ってきた貴方達が言う事か? と思うところですが、その執拗っぷりには私達も同情する程でした。奴隷教育の男の服はビリッビリに破け、最早服の体を成してはおりません。体に辛うじてしがみ付いているだけのただの布でした。大事な所だけはちゃんと守られているのが嫁入り前の私たちへの唯一の配慮だったのでしょう。


「本当に可哀想だと思いますか?」


「は? 何言ってんだ、こんなに打ち付けられているんだから可哀想に決まってるだろ……」


「待て……待ってくれ。いや、待たないでくれ……」


 男達が庇う中で、奴隷教育の男は体を起こしふらふらと立ち上がりました。


「そうだ……そうなんだよ……俺は、騎士様の言う事を全て……理解してしまったのだ」


「えっ……」


 男達は唖然としました。私達も唖然としてしまいました。

 ……そうですか、理解してしまったのですか……。


 理解……つまりそれは目覚め。彼はもう戻れない何かになってしまったのでしょう……。

 いえ、そうではないのかもしれません。彼は最初からその何かだったのかもしれない……それを騎士様が最初から見抜いており、日の光の下に晒し出したのかもしれない。そんな気さえし始めました。


 あんなに野獣のように下品にゲヒゲヒと笑っていた男は、何かを悟ったような表情になっておりました。何を悟ったのか、それは私達の考えの及ばない所でしょう……。特段知りたくもありませんが……。

 知的にさえ思えるような奴隷教育の男……いえ、もう彼は奴隷教育の男ではありません。何故なら抵抗を止め、神に祈るように自らを差し出す……セルフ奴隷なのですから。

 その奴隷には枷などありませんでした。望んで自らを差し出すその姿……まるで神の信徒。……それは信徒に失礼でしたね。すみません。


 その姿を見た男達は皆蒼白となりました。だって、あんなに下品で奴隷教育と言っては商品を痛めつけるような……そんな男がこんなにも方向転換してしまったのですから。


 騎士様は頷きながら鞭を男に差し出しました。


「そう、分かっていただけましたか。これできっと貴方も素晴らしい調教師になれるでしょう。あとは任せましたよ」


「ちょ、ちょっと待ってください!! 私は目覚めたて……そう、生まれたての赤ちゃんにすぎません! あなたのその愛に溢れた鞭が無くては私はっ! 私はまだ理解しきれていないのです! どうか……どうか!」


 懇願する男の肩に手を置き、微笑みを向けたまま騎士様は告げました。


「いいえ、貴方はまだわかっておりませんね」


「えっ……」


 そう言って彼には興味が失せたかのように目を逸らしました。いえ、もう目に入っていないかのように……。


「さぁ、他にも彼のように目覚めたい方はいらっしゃいますか? いらっしゃらなければ奴隷なんてものには手を出さない方が良いですよ? ふふ……」


 騎士様の微笑みは男達をぞっとさせました。これ以上彼の前で奴隷の何かを騙ってしまうと、それを理解させられそうになってしまうのですから……。



 そして、私達は解放されました。

 騎士様から奴隷売買なんてものは帝国では絶対に認められていないので首都に届け出るようにと言われ、街に戻った際に役人に届け出ました。


 アジトらしき所には未だ騎士様がいらっしゃいましたが、開放されたのは私達拐われた者のみでしたので……その後彼らがどうなったのかは私には分かりません。


 私の知っているのはそこまでです。ええ、あの日の事は本当に衝撃的な光景すぎて忘れられませんでしたね。


 騎士様の言葉は本当によく分からない事ばかりでした。……ですが、時折ふと考える事があるのです。

 奴隷教育者は目標が無いといけないと騎士様は仰っておりました……ですので、あの男にその気持ちを叩き込んでいらっしゃったではありませんか。

 ……では、逆の気持ちはどうなのか?

 愛を持って叩く者は叩かれる者の気持ちが分からなくてはいけない……ならば、愛を持って叩く者とは一体どの様な気持ちなのか?


 私はあの時、奴隷として売られるのが恐ろしいという事しか頭にありませんでした……ですが、逆に考えると奴隷自らがその身を差し出すほどの者とは一体何を考えて鞭を振るっているのか。

 そんな事は考えてはいけないと思いながらも……騎士様の事を思い出す度に気になって仕方がないのです。


 何も考えずに暴力を振るうのではなく……いえ、すみません。また何か闇に落ちかけました。


 とにかく、あの日の事はそれだけです。これ以上思い出すと私も戻れない何かになってしまいそうなのでこの話は終わりにさせて下さい……。


「……すみません、もう聞きません。ありがとうございました」

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