第5話 奴隷商に拐われた女性Bの証言(1)
あの日、私は奴隷商に売られそうになっておりました。
帝国では奴隷売買は禁止されておりますし、人攫いなどは絶対に許されません。
ですが、どんなに取り締まっても抜け道を探し破るのが犯罪者という者達です。
見ての通りうら若き少女の私は森のお婆さんにお見舞いに行く途中で拐かされ、気がつくと同じ様な境遇の人達と一緒に捕まっておりました。
小汚い部屋……一体何処なのかも分かりませんでしたが、定期的にやって来る鞭を持った男が奴隷として売られるであろう1人を連れて行きます。
奴隷教育だと言っておりました……私達は連れて行かれたドアの外で一体何が起きているのか分からず、怖くて震えておりました。
「へっ、分かったか? お前は男の癖に顔は綺麗だから高く売れそうだな」
扉を開けて男が放り投げたのは、ボロボロに痛めつけられた男性でした。
「大丈夫ですか?!」
私は思わず駆け寄りましたが、私を含め同じように駆け寄った者達も息を呑みました。
長く透き通った紫の髪、月のように美しい金色の瞳……騎士のような正装をされているそのお方は正に月光の騎士と呼ぶに相応しいような、そんな方でした。
しかし何故騎士のような彼がこんな所で捕まっているのか、疑問でなりませんでしたが……その腰を見て納得しました。剣を携える筈のベルトにはある筈の剣がありません。
恐らく金を積んで騎士になったような貴族のお坊ちゃんが不幸にも奴隷商に捕まり未熟な剣の腕で果敢に抵抗するもあえなく武器を取られこの様なお姿になってしまったのでしょう。そう納得しました。
「大丈夫ですよ、こういった事には……慣れておりますので」
そうこちらに笑いかけた騎士様の美しさに私は状況を忘れて時めいてしまいました。他の方々もそうでしょう……頬を赤らめておりますもの。わかりますわかります、こんな美形に微笑まれた事などありませんから。
それに何と言いますか……不謹慎ながら擦り傷だらけで服もいい具合にはだけた騎士様は……その、色気の塊と申しましょうか。
いけないいけないと思い傷を布で拭おうとしましたが、騎士様は首を振ってそれを制しました。
「私の事は構わずに頂いても大丈夫ですよ。私が望んだ事ですから」
騎士様は憂いを帯びた瞳で扉を見つめました。自ら望んで皆の盾になろうと……? ボロボロになりながらも未だ崇高な精神で弱音を吐く事も逃げる事もなくその美しささえ欠ける事の無いこのお方は正に月光。深い闇の中で私達に希望という道を照らして下さるかの様でした。
「さぁ、次はどいつだ!」
野獣の様に汚らしい男が鞭を振るい舌舐めずりをしながら私達を品定めしました。
私の目が男と合い、目を逸らすも男は私の方へと近づいて来るではありませんか。
私は恐ろしさのあまり目を閉じました。私の服を男が無理矢理掴むと……そう思ってぎゅっと小さく身を縮めたですが、引っ張られる様子もありません。
そっと目を開けると……なんて事でしょう、私を庇い、代わりに月光の騎士様が服を掴まれておりました。
「何だテメェ、まだ痛めつけられたいのか……?」
「……ああ。そうだね」
騎士様は男に微笑みかけました。その恐れを知らぬ笑顔に苛立った男は騎士様を強引に引っ張って行きます。
「へっ、女を庇うったぁ色男のやる事は違うねぇ。その余裕のある態度、気に入らねえな。いつまで笑っていられるか、身体に教えてやる!! 来い!!」
そう言う男に騎士様は連れて行かれてしまいました。
何という事でしょう……何という、あの方の精神。私達に危害が及ばないようにと、自らが盾になり……そして自ら鞭を受けるなどと……。
そのように男の方に庇って頂いた事は無く、あまりの尊さに私達は涙が出ました。そして騎士様の無事を祈りました。
「思い知ったか! 今日はこの位にしといてやる!!」
再び扉が開かれると、更に衣服をボロボロにした騎士様が投げ出されました。
私達は駆け寄りますが、またしても騎士様は手当てをしようと手を伸ばす私達を制し優しげに微笑みました。
「私の事は気になさらないで下さい。大丈夫ですから、私が望んでこうしているだけですので」
私達に心配かけまいと案じて下さるのでしょうか? そう思い涙が止まりませんでした。美しすぎる……騎士様は外見だけでは無く精神も……その全てが美し過ぎたのでしょう。
私達はこれ以上騎士様に怪我を負わせてはならないと皆で倒れる騎士様の前に立ち塞がりました。
「さぁ、次はどいつだ?」
鞭を持った男は舌舐めずりをしながら私達を見回しました。決意をしたものの、実際に男の恐ろしい形相を目の前にするとやはり恐怖にガタガタと震えてしまいました。
そしてまたしても男と目が合い、思わず逸らしてしまいました。何故男が毎回私の事を見るのか分かりませんが。
男の指まで毛が生えた汚らしい手が私の方に伸びました。私は今度こそ掴まれると思い覚悟をしました……ですが、男の毛むくじゃらの手は私を掴む事はありませんでした。
その手が掴んでいたのは……月光の騎士様の服でした。
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