第4話 皇帝への報告1



「以上が辺境の山で目撃されました報告になります」


「うーん、なるほどね」


 皇城の執務室、誰よりも率先して働く若き皇帝は笑顔を崩さずペンを置いた。


「やはり辺境の荒れた山ともなると危険な野良魔獣が住み着いて危ないね。定期的に人を派遣して整備させた方が良いかな」


「陛下、件の山については放っておいた方が宜しいかと思いますが……というか報告に対するコメントはそれだけですか……?」


 報告書を読み上げる宰相も困惑していた。だが、宰相よりも困っているのは皇帝の方である。何故ならその男を騎士にしたのも、自由にして良いと野に放ったのも……紛れもなく皇帝自身だったから。

 皇帝は頭を抱えた。


「彼はああ見えてちゃんと仕事はしているんだよ……仕事は。我々の目の届かなそうな危険な場所を察知しては警告したり、犯罪組織や野良魔獣の駆除に……その為に派遣しているのだから」


 皇室騎士団第二部隊。皇帝直属の側近という名の雑用係である第一部隊とは違い、第二部隊は地方に赴き情報を得たり問題を解決するのが主な任務である。

 首都から中々出られない皇帝の代わりに各地を任されている為、それなりの見識と武力を持つ者達がそれに当たっている。

 その第二部隊の中でも『月光の騎士』の異名を持つ彼の足取りは同じ第二部隊の騎士達でも全く掴めなかった。

 自由に歩き問題となる場所を次々と探し当てる。その足取りが掴めるのは先の荒れた山に現れた野良魔獣の駆除等で首都に連絡が入って来た時のみだった。


 だが、上がって来る報告をよくよく聞くと様子がおかしい。

 各地からの苦情は何故か奇跡的に出てはいないものの、セーフかアウトで言えばアウト寄りのアウトである。


「話から魔獣被害の件を抜くと、つまりは制服を脱いで何も纏わずに山に居たって事だよね……?」


「まぁ、そうなりますね」


「……何で?」


「私に分かると思いますか?」 


「そうだね……」


 皇帝の記憶にある彼は、優しく微笑む落ち着いた男だった。

 皇室騎士団への入団試練の際に実際に剣を合わせた時にも、紫色に光る美しい細身の剣を優雅に操り笑顔を崩さずに相手をしていた。

 その時は彼の剣を弾き飛ばし皇帝が勝ったのだが、その際に手元が狂って衣服に大きく切れ目が入ってしまった。

 自分らしからず目測を誤ってしまったと申し訳無さそうに言う皇帝に、彼はニコニコと笑って「問題ありません」と破れてはだけた衣服を脱いでいた。


 何の理由も無く手元が狂う事など殆ど無い皇帝はふと、嫌なものが過ぎった。


「……いや、そんな訳は無いか」


「陛下?」


「ああ、何でもない。とにかくその辺境の山に関しては分かった。引き続き彼の情報があれば直ぐに報告してくれ」


「かしこまりました」


 報告に皇帝が判をつき、宰相がそれを受け取って専用の棚に仕舞った。


 後に、この棚に嫌な報告書がどんどんと貯まるようになるのだが……。

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