第5話 クシナの書簡


 水流の儀を終え、王妃候補の件はこれで解決したように思えた数日後。 クシナの強い要望により、保留されていた2名の王妃候補者の捜索が開始された。


 何でも、クシナから宮廷宛に候補者たちの捜索の許可を願う嘆願書が届いたらしい。 元々クシナの側室入りを良しとしない大臣たちはこれを快諾し、占術一門の力を借りながら目下捜索中という訳だ。 


 最近の宮廷はというと、王妃候補者の捜索が始まったという噂を何処からか聞きつけた他国から、名代や大臣たちへの面会要請がひっきりなしに届くようになり、また、好奇心旺盛な貴族たちが、宮廷内へ祝いの品を届けにきたりと、てんやわんやの大騒ぎ状態となっていた。


 王妃候補の件で下手な憶測が流れないよう、面会や宮廷内への出入りを制限すると、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。


 その後、大臣たちは後回しになった政務処理に追われる事となり、それに比例するように会議や、政務の引継ぎの時間は減り、騒動の当事者であるはずのアルフレッドの影は、宮廷内において、より一層薄くなるばかりであった。


‐‐‐


 さらに数日後、王妃候補の件は緩やかな進展をみせる。 ‐

 


 マハラの北、遠方にある小国家、樺都(カト)帝国では、マハラから書簡を受け取り、蜂の巣をつついた様な騒ぎとなっていた。


 ‐ 樺都帝国第3皇女 インファ姫を我がマハラ国名代の王妃候補として迎えたく、聖旨を伝えると共に、 慶祝の意をここに表す ‐



 「何でよりによって、インファなんだ!!」 


  広間に、大声が響き渡る。 樺都 の王敏(ワンミン)皇帝は書簡を両手でくしゃりと挟むと、落ち着かない様子で玉座の前をウロウロと周り始める。


 思わず握りしめた書簡を玉座に広げると、ゆっくりと手で皺を伸ばしながらため息を付く。


 「あのじゃじゃ馬、まだ見つからんのか? 行き遅れをマハラの名代が貰って下さるというのに、この期を絶対逃してはならん……」


 インファ姫捜索の任にあたった、樺都帝国騎士団の団長と側近の宦官が、ひな壇の下に控え、身を小さくしながら王敏の様子を伺っている。


 「こうなったら、インファ様の影武者を送りこむというのは…」側近がおずおずと進言すると、王敏は呆れた顔をしながらかぶりをふる。


 「ばかたれ……。 マハラに占術師が付いているのを忘れたか! 噂が本当なら、そんなもの、すぐに見破るだろう。 なんでも、王妃候補以外と嫁いだ場合、双方の家系にとっての不幸が降り注ぐという……。 おおう、考えただけでも恐ろしいわ……」


 王敏がぶるりと身震いをすると、玉座の間を重たい空気が流れ込む。 


 そうした押し問答が続く中、マハラに送る書簡の内容が、ようやく纏まりをみせた。


 「……分かりました。 マハラには正直に姫の不在を伝えましょう。 見つかり次第再度連絡する旨の文を飛ばします」


‐‐‐


 物見塔と宮廷との間にある中庭にて、カキン‐ と剣の交わる金属音が幾度となく鳴り響く。 そんな日が連日続いていた。               


 暇を持て余したアルフレッドは、剣術稽古の相手としてレオンを呼びつける事が増えていたのだ。今は他の事が手につきそうもないと考え、ただ無心で体を動かしていた。


 稽古、稽古、また稽古。 ある日、レオンはとうとう白目を向いて倒れ、そのまま療養所送りとなってしまう。 代わりの稽古相手を寄越せと通達するも、未だ他の兵士は顔を見せない。 宮廷内部でレオンに同情の声がちらほらと聞こえて来るのはここだけの話だ。



 慌ただしい宮廷に対し、今日も物見塔は静かなものだった。


 アルフレッドは、執務室の窓を開ける。 時折聞こえてくる鍛錬所からの野太い声もここからだと小さく、生活音に混ざりどこか眠気をさそう。


 窓際に身を乗り出し、窓枠に体重を委ねたまま、ただ、じっと空に鳥の姿をさがす。 その手には、先ほどまで眺めていた書簡を握りしめながら。 ‐



 ガチャリと執務室の扉を開けて、レオンがメイドの女性を引き連れて入室する。 使用人の手前丁寧に挨拶とお辞儀をすると、メイドもそれに習い、「失礼します」と恭しくお辞儀をして見せる。


 もう大丈夫なのかとアルフレッドがレオンに尋ねると、しばらく剣術相手はごめんだと首をすくめ、苦笑いを漏らす。 ‐ 内心では文官とはいえ、剣術の稽古を受け、何事も経験と父の勧めで初陣まで済ませた身としては情けないと、力不足を痛感しているところであった。



 「アルフレッド、人事移動があったから紹介するよ。 今度、王妃候補の世話係に任命されたハンナだ」


 「ハンナと申します。 王妃候補にお会いできるのを楽しみにしております。 ご到着なさるまでは名代の介添えも仰せつかっておりますので、なんでもおっしゃって下さいね」


 ハンナは、やや首をかしげ、栗色の前髪を揺らすとニコリと微笑んで見せる。 アルフレッドは窓際に身を委ねたまま、やや眠たげな目を向けると、ひらひらと手を振りそれに答える。


 「こんな狭い場所ですまないな……。 王妃も……、迎えないかもしれん」


 「と、申されますと?」


 ギョッとした表情でアルフレッドを見るレオンとは対照的に、落ち着いた様子でハンナが問いかける。


 「お前はどう見る?」 窓の外を眺めたまま、レオンに先ほど眺めていた書簡を手渡す。 大臣の謁見の印が見て取れないそれは、どうやらクシナから名代宛に内密に送られた文のようだった。



‐ 謹啓 名代様。 急なお手紙をお許しください。 先日の水流の儀での母の無礼な発言を不問として頂き、感謝の言葉もございません。 多大な温情により生かされたこの一門も、生涯を掛けて名代様に仕える覚悟でございます。 早速ですが、精霊様のお怒りに触れたとおり、私の王室入りは国に影を落とすものというのが、星見での見解でございます。 勝手に王妃候補者の捜索をご依頼したことも、ご理解頂けるものと信じております。 名代様に側室入りをお許し頂いた、あの時のお言葉を胸に、陰ながら王室の発展をお祈り申し上げます。 勝手をお許しください。 敬白 ‐


 

 「その後、側室なら問題ないはずだ。 クシナの意見が聞きたいと書いて鳩を帰してみたが、……返事が来ん。 振られたかな……」


 書簡を読んでる間にも、窓に鳥の姿を見つけては、ピクリと反応をしているアルフレッドに対し、思わず言葉に詰まる。 


 「あ~、後の2人の候補者だがな、誰か判明したぞ。  樺都 (カト)帝国第3皇女 インファ姫と アラバム連邦第7王女 プリシラ姫だ。 なんでも、インファ姫は親書が届く3日前に消息不明となり、目下捜索中との事だ。 アラバムの方は今熱病が流行っているらしく、入国が禁止されているから、落ち着いたら書簡を届けるらしいが……、き、気長に待ってみないか?」


 「興味ない」ずばりと言い切り、ひらひらと手を仰いでみせる。 このままでは本当に王妃を迎えないかも知れないと、おろおろとするレオンの横で、ハンナはその書簡をじっと見つめていた。


 「僭越ながら、振られたとみるのは軽率かと。 少なくとも私には、文面から引かざるを得ない無念と名代様への愛情を感じますが……?」


 「そ、そうだろうか」書簡を受け取り、再度目を通しながら、分かりやすく表情を明るくするアルフレッドをハンナは、幼い子を慈しむかのような表情で眺めている。


 「インファ姫の捜索の為に再度占術の里に連絡を入れたらしい、王室お抱えの占術師だからな、間違いなくクシナさんが来るはずだ。 執務室に顔を出すよう伝えておくよ」


 聞いているのか、いないのか。 書簡とにらめっこを続けるアルフレッドに対し、レオンは安堵の混じったため息を漏らすのだった。

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