第4話 水流の儀2

『契約を交わした巫女が、王妃候補の1人?』


 アルフレッドは隣に控えていたレオンと思わず目を見合わせる。 広場が静まり返ったのは、ほんの一瞬だった。 


 「何かの間違いではないのか? 契約の巫女が王妃候補など聞いた事もないぞ」 大臣の一人が訝しげにつぶやくと、まだ状況が把握出来ていないとでも言うように、皆ザワザワと色めき立つ。


 そんな空気をものともせず、一層鼻息を荒くしたアキは広場のざわめきを打ち消すように大きな声で捲し立てる。


 「王専属の巫女としてだけでなく、お傍に置いて頂けるなら、この子の力は必ず名代様をお守りすることが出来ましょう! 正室に迎えて頂ければ王座も安泰に……」


 「お母様!! だめっ!!」


 クシナは精一杯の大声でアキの言葉を遮った‐ その時だった。 辺りを優しく照らしていたはずの淡い光が、また速度を増しながら、今度はアキの周りを旋回しはじめたのだ。


 「そんな……精霊様、だってこれはあなた様のお告げのはずでは……」


 その光景は、狼狽えるアキの胸元に白い光が体当たりをしているように見えた。 高速でアキの体にぶつかるかのように見えたそれは、ふっとアキの体に吸い込まれるようにして一瞬で消え去っていた。


 だが、それはやはり精霊からの何らかの警告であったようだ。 なぜなら、アキはその体当たりの後、体の力を失いそのまま倒れこんでしまったからだ。


 そして、どうやら精霊の怒りは、いまだ収まっていないらしい。 ひゅんひゅんと速度をますその光の数はざっとみても40や50ではきかない。 2つの光がぶつかっただけで気を失ったのだ。 これがどういうことを意味するか、精霊に詳しくないアルフレッド達もすぐに理解し、皆に緊張が走る。


 クシナも懸命にアキを庇いながら精霊に許しを乞おうと祈りを続けているが、速度は一層に増すばかりだ。


 「護衛官!! 名代を守れ!!」 


 光が、大臣やアルフレッドの周りにも集まり出したころ、ハッと我に返ったようすのレオンが後ろに控えていた護衛官に向かい指令を出しながら、自身もアルフレッドの背に回り剣を構える。


 大臣たちの悲鳴が広場の中を木霊し、緊張は戦慄へと変わっていく。‐


 ……最初にその異変に気づいたのは後ろに構えていたレオンだった。 アルフレッドの胸元が突如赤く光ったかと思うと一瞬にして体が炎に包まれてしまう。 精霊の仕業だと思った。 


  あっという間の出来事だった。 ……当のアルフレッドはというと、この事態にまったく動揺を見せず、健在をアピールしながら落ち着いた様子で胸元をさすっていた。 クシナの前へと歩みよると、高々と剣を掲げてみせる。  


 ‐ 掲げた瞬間である。 体中の炎はアルフレッドの胸元にみるみる集約され、それは赤く煌めき、まるで火が小さく燻っているようにも見えた。


  その炎にまるで誘われるように、アルフレッドの剣に向かって周りの光が吸い込まれていく。 どうやら広場に漂っていた光 ‐精霊すべてが剣に集ったようだ。


 「無知で申し訳ない、私にはどうしてあなた方が怒っているのかが不思議でならんのだが、クシナという女性は王妃候補なのだろう? 正室がダメならば、側室として迎えたいのだがダメだろうか?」


 何やらぶつぶつと剣に向かって喋りかけるその光景は、端から見るとなんとも異様に写るだろう。

 

 「レオンよ、仮に正室を迎えずに名代としてこのまま政務を続けることは可能だったな? 子をなした場合はその子の王位継承権にもなんら影響はないと認識しているんだが?」


 いきなり話を振られるものだから、びくりと一瞬体を震わせ、反応するのに少し時間がかかる。


 「あ……ああ。 名代は基本的に王と同義だからな。 歴代の中でも名代のまま最後まで政務を全うされたお方もいらっしゃるが……」


 アルフレッドは軽く頷くと、「こちらは何の問題もない」とつぶやく。 剣に宿った光はそのままゆっくりと光度をさげ、消えていくのだった。‐



 「うん、側室なら問題ないそうだ」 こともなげにアルフレッドは言い放つ。


 「いや、まてまて、理解が追いつかない。 あ、アルフレッド、貴方、精霊と話が出来たのか?」


 思わずあっけに取られたレオンが尋ねると、肩をすくめてかぶりを振って見せる。


 「いや? 光が消えたという事はお許しが出たのだろう、と…ん? そういえば会話かどうか知らんが……。 クシナとやら、さっき私の精霊…が…」 


 言いかけたアルフレッドがクシナの方に目をやると、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら薄く涙をためた目とバチリと目線があった。


 お互い目をそらすと、今度はアルフレッドの顔が真っ赤に染まり、せわしなく目線を泳がせる。 ああ、今になって自分の発言に気恥ずかしさが増してきたのに違いない。


 「あんた、無事でよかったが……、 女性が絡むと無鉄砲でポンコツなんだなぁ……」


 ぼそりとレオンが呟くと、クシナが涙を軽く拭きながらくすりと遠慮がちに笑う。 


 「ポンコ……? む、無鉄砲とはなんだ!! あ、あれはだな、私の中の精霊があのようにしてみろと言った気がして……」


 いつの間にか目を覚ましていたアキは精霊とのやり取りを見ていたのか、涙を浮かべながらアルフレッドに向かい手を合わせていた。


 「ありがとうございます……、精霊様の導きは絶対です。 名代様の繁栄を生涯祈り続けます」


 「あああ……、こういうのは苦手だ。 皆、儀式は終わった。 撤収するぞ!!」


 ぞろぞろと皆が移動を始める中、人事院から派遣されてきたばかりの初老の大臣がアルフレッドに歩み寄り、ギロリとアキとクシナの方を睨みつける。

 

 「名代、なりませんぞ! 位が違いすぎる。 第一、もしこの予言が虚偽のものだった場合、この国がどうなるかもわからないのですぞ!!」


 また皆がざわめきだす中、アルフレッドは小さく息を吐くと、鞘に収まった剣の刃をチラリと見せつける。


 「ああ、これ以上蒸し返すと、今度は私でも抑えることが出来るか分からんぞ? この話は一旦終わりだ」


 大臣はギクリと体を震わせると一歩後ずさり、それ以上何も言えずに青い顔をしながら頭を下げるのが精一杯だった。



  儀式が終わり皆地上に向かう中、レオンは最後まで広場に残り、気配のなくなった天井に向かい一礼すると、自身の右肩にそっと手を置いた。 


 光が消え、その姿を捕らえることの出来なくなったレオンには気づくことが出来ない。 あのオレンジの光がまるで危険を知らせるかのようにレオンの顔の前で小さな前足を懸命に動かしている事に‐

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