第3話 水流の儀


 「この先は下級精霊の力が届かない場所となります。 薄暗い為、足元にお気を付け下さい」


 宮廷の華々しい雰囲気からは隔離されながらも威厳や年代を感じるその扉は、物見塔の地下深くに存在した。 式典の護衛を担当する宮廷護衛官に促され、重々しい音を立てながら扉を開くと、さらに奥深くに続く地下から冷たいじっとりとした空気が流れ込んでくる。


 レオンが先頭を切り、数名の大臣達を伴いながら、カツンと足音の響く薄暗い石畳の階段を降りて行く。 古風なオイルランプが壁に等間隔に設置されており、その明かりは確かにここに精霊が存在しない事の証明のように小さく揺らめき、足元を照らしている。


 しばらく降りると 、微かな明かりの先に広い空間が広がっているのが見えた。 冷たい石畳が広がる広場の奥にはシンプルな装飾の施された柱が4つ並び、まるで祭壇のような空間の中央には小さな井戸があった。


 中央の小さな井戸に降り立つ為に3段ほどの階段があり、井戸から水が溢れたのだろうか、足元の石畳には薄く水が張っているのだが、そこまではアルフレッドのいる場所からは確認できない。

 

 先頭を行くレオンが先に広場に降り、軽く一礼をする。 誰かが待機していたのかと目線を先に移すと、奥から黒マントの2人組が姿を見せた。 その出で立ちから、儀式の関係者だと伺える。



 続いてアルフレッドも広場へ降りると、黒マントの2人は深々とお辞儀をし、目の前に膝まづく。


 『この2人が巫女なのか。 巫女は1人だと聞いていたが……』


 「どうかそのままで。 儀式はもう始まっております」


 そう告げると、おもむろに背の高い方が立ち上がり、ゆったりと優雅さを感じさせる所作でマントを翻す。


 「東海の村から派遣されましたアキと申します。 王室専属の占術師として今回栄誉ある巫女に選ばれましたこの娘は、クシナ。 優秀ではありますが、占術の力を受け継いで日も浅いので特別に私アキが補佐に就く事をお許し下さい」


 自己紹介の間にも、クシナと呼ばれた巫女は膝をついたまま一心不乱に何かを呟きながら、祈るように手を握り合わせている。 アキは、これが未来を予知する精霊を呼び込む為の儀式だと説明する。


 深々と被ったフードのせいで顔を確認できないが、声から推測すると年若い印象を受けた。 今も何かを唱え続けている巫女はさらに若いのだろうか? そんな事を考えていると、視界の端に柔らかく光るものが動いた気がして辺りを見回す。


 「アルフレッド! あそこだ!」


 部屋の中央にある井戸が薄く光を放ったのを確認すると、レオンは興奮気味に伝える。 井戸の周りに光が集まり、一旦広場全体が暗くなったかと思うと、今度は天井からフワフワと淡い光の粒が、まるで雪の様にゆっくりと降下していく。


 「これが精霊か……」


 思わずアルフレッドが呟くと、光がそれに答えるように赤や青や黄色、様々な色に変化し自由自在に辺りを旋回し始める。 余りに幻想的なその光景に後ろに待機していた大臣たちも、おお、と感嘆の声をもらす。


 目の前の光景に声を失っていると、他よりもやや大きな球体がレオンの周りをグルグルと旋回し続けているのに気づいた。 様々な光が井戸の周りの水に反射し景色を彩る中で、その淡いオレンジ色は、レオンの赤みがかった茶髪と同色の瞳をひと際赤く際立たせた。

 

 「お前か、お前なんだな……」


 レオンはそう呟くとオレンジ色の光はふわりと人型をなし、まるで気づいて貰えた事がうれしいとでも言うようにチョコンとレオンの右肩に乗り、頷いて見せたのだ。


 「アルフレッド、紹介するよ。 こいつはきっと目に見えて無かっただけで今までも傍にいてくれたんだ。 昔、こいつに命を救われた事がある」


 そう告げるレオンの声は少し震えているように感じた。


 「そうか、俺からも礼を言わねばならないな。 レオンを救ってくれてありがとう、そしていつも生活を支えてくれて感謝する」


 このマハラ国と言えば、膨大な法と占術による星見‐ 予言が有名だが、他国よりも精霊との繋がりが強く、特に都心部ともなると精霊による照明や湧き水、調理や一部交通機関の動力に必要な火に至るまでその恩恵を受け、文化的な暮らしが成り立っている。


 正確に言えばここにいる精霊は、同じ火や水、光の精霊でありながらも、日常に携わる者よりも位が高く、違う性質を持つのだがアルフレッドがそれを知る由もない。 またそこに生まれた感謝を否定するのも無粋だろう。


 まるで夢でもみているかのように感慨に浸っていると、祈りを終えた巫女クシナがアルフレッドの前にひと際大きな赤い光を連れてやってきた。


 フードを取ると、幼さの残る整った顔立ちが赤い光に照らされて、アルフレッドはドキリと心臓が跳ねるのを感じる。 漆黒の髪と色白の顔が光で際立ち思わず見入りそうになり、小さく首を振り平静を装った。


 「あの……胸元に少し、触ります。 ご無礼をお許しください」


 小さいが、耳によく通る澄んだ声色だ。 目のやり場に困るように、視線を泳がしながら言うものだから、アルフレッドも釣られて動揺し、ああ、と答えるので精一杯だった。 何となくじっと見つめてはマナー違反のような気がしてしまい思わずギュッと目を瞑った。


 クシナが胸元に軽く触れた次の瞬間、ほわりとそこから暖かなものが体中に広がった。 それは拍子抜けするほどに心地よく、体を癒す効果があるのかと感じる程だった。


 薄く目を開け、辺りを見回すと、先ほどの多彩な光は落ち着き、白く淡い光がふわりと漂いながら辺りを優しく照らすのみとなっていた。


 「何やら、体が暖かいな」


 「精霊のご加護を受けて頂くことで、その方の星見(予知)は、一般的な占いとは一線を画したものとなり、より正確で細かい未来を見通すことが可能となります。 僭越ながら、私と名代様との契約の証となります」


 精霊の加護。 リチャードから簡単な説明を受けた時、小さな頃に祖父に聞かされた事があると思い出した。 


 貴族や、王族が成人を迎えると自身の体に直接精霊を取り入れ、契約を結ぶ事があると。 ただし、精霊についてむやみに他人に教える事は自分の弱点をさらけ出す事にもなりかねないから、その機会があった場合は他言無用であると言っていた気がするが……。


 思わず、控えている周りの大臣達の方に目線が泳ぐ。 自分はもう少し儀式の事や宮廷の事を知ってから臨んだ方が良かったのではないかと感じ、どうにも落ち着かない。


 「大丈夫、精霊の加護により守られ、憂いは払われるでしょう」 心を見透かすようにそう呟くと、クシナはそのまま井戸の方へと向き直り、アキと顔を見合わせ小さく息を吐いて表情を引き締める。


 どうやらここからが本番の様だった。 クシナはゆっくりとした動作で、いまだに白く漂う光 ‐精霊を伴いながら、中央の階段から井戸の前へと降り立つ。 衣装が水に濡れるのも躊躇わず水の張った石畳の床にゆっくりと膝をつき祈りを終えると、またしばらく沈黙が訪れる。


 先ほどの精霊を呼び寄せた時の様な変化は見られない。 皆が固唾を飲みながら動きがあるのを待つ。


 数分後、クシナの息を飲むような小さな声で静寂が破られたかと思うと、だんだんとその呼吸が荒くなっていく。 


一旦儀式を中断させるべきだろうか、と頭をよぎった時だった。 補佐に来ていたアキがアルフレッドの方に駆け寄ってくると目の前に膝をつき、興奮を隠そうともぜず口早に告げる‐

 

 「名代様、私にも見えました! 王妃候補はおそらく3人、その内の一人は我が娘、そこにいるクシナでございます!!」

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