第2話 レオン・セシル
お城の庭園の先に広がる広大な敷地内には、宮廷の他にも様々な施設が点在している。 民や他国からの移民などが職を探しに訪れるギルドもその一つだ。 ギルドは求職の他にも、入国手続きや、宮廷内に立ち入る為の許可証を発行するなど、いわゆるお役所の役割を果たしている。
黒マントにフードを深々と被る怪しげな2人組は、そんなギルド内でも浮いており、登城許可証を受け取ると人目を避けるように足早にギルドを後にする。
宮廷内へと向かう途中には小さな商店なども立ち並び、ちょっとした城下町といえるだろう。 人だかりを気にしながら先を急ぐ黒マントの一人が、宮廷近くにある教会に目を向けると、その庭先に仲睦まじい親子の姿を見つけ思わず足を止める。
早く早くと急かしながら母親の袖を引く女の子の手には鳥かごの様な格子状の入れ物があった。精霊の契約に向かうのだろう。
和やかに響く笑い声に誘われたかのように、その一点をじっと見つめる黒マントの表情はフードで読み取れない。 ほどなくもう一人の背の高い方に声を掛けられると、その姿は宮廷内へと消えていった。
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「炎と水の精霊のご加護がありますように……。 以上で契約は終了になります。 では籠をお出し下さい」
儀式を終えた神父に促されると、女の子は満面の笑みを浮かべながら目の前の祭壇へと籠を恭しく差し出す。 籠の蓋を開けると、一瞬キラリと2つの光が見えた様な気がした。
「これだけ?」
女の子は不満げにつぶやき母親に顔を向けると、母親は口元に指を近づけ静かにするように促した。
「ありがとうございます、神父様。 おかげさまで我が家もこれで文化的な生活が送れますわ」
母親は懐から取り出した袋一杯の金貨を神父に差し出すと、深々と頭を下げる。 母親と女の子は、何もない籠の中を愛おしそうに眺めながら教会を後にした。
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執務室にて、2日ぶりに姿を見せた親友 ‐レオンと雑談を交え、互いに近況を語り合った。 アルフレッドの方といえば名代に即位してから今日まで、大臣や貴族たちとの懇親会や他国の式典への参加…という名目の、連日の名代お披露目パーティーに疲労もピークに達していた。
会議用の長机に足を投げ出しながら、いつの間にやら話題は日頃の愚痴へと変わっていく。
「もういい加減しばらくは食事や酒の席は断りを入れるよう言いつけたが、リチャードは渋い顔をしていたよ。 まだどこぞに駆り出すつもりだったのかね」
「名代のお披露目ともなると他の貴族や国にカスター家の繁栄を知らしめる絶好の機会だからな。 宮廷の大臣達もカスター家の威光にあやかって甘い蜜をすすりたいんだろうね」
レオンはアルフレッドの為にメイドに用意させたお菓子を無遠慮に頬張りながら答える。
「そういえば、職務の方はどうだ? 親父…リチャード様はしっかり政務の引継ぎしているのか?」
そう問われ、先ほどの内容の無い会議を思い出し思わず眉間に皺を寄せる。
「たまに会議があると思えば、今日のようなリチャードや大臣達とのマンツーマンでの簡単な職務の説明のみだ。 この宮廷に来てから早3週間が経とうというのに、何ら代り映えもせず頭が溶けそうだよ。 威光にあやかりたいってんなら、名代の教育にも力を入れて貰いたいものだがな」
同じ事の繰り返しに食傷気味と言わんばかりに軽く伸びをすると、出された紅茶を一気に飲み干し、鬱屈した気持ちを吐き出すように小さく息を吐いた。
その様子に苦笑いを浮かべたかと思うと、レオンは勢いよく椅子から立ち上がり興奮気味に咳ばらいをする。
「アルフ…レッド様も話を聞いたと思うが、今度からは俺が宰相補佐としてお仕えする事になったからな、これからは俺が退屈させないさ。 この後の儀式の事はきっと驚くぞ! 俺は楽しみで仕方ないよ!」
まだ宰相補佐の政務関係はアルフレッド様と一緒で学んで行く事の方が多いけどな、と付け加えると少し頭を抱え困ったような表情を作って見せた。
レオンが宰相補佐に任命されてからというもの、これまでで一番の熱気を放ち、その意外性にアルフレッドは一瞬困惑する。
この2日間で顔合わせ目的の外交の他に、社交界の為のダンスの復習や宮廷のしきたりばかりを学んだと言っていたが、他にも職務への価値観を変える体験があったのだろうか?
「むず痒くてしょうがない……2人の時はアルフでいいよ。 その方が落ち着く。 敬語もいらない、大臣どもには宰相補佐の威厳を保つ為に許可したとでも言っておくさ」
突然名代候補だと担ぎあげられ、叔父家族が亡くなり、知り合いもいない。 娯楽もないこの宮廷に引きずり出されたアルフレッドにとって、気の置けない親友とのひと時は、この後の儀式への緊張を多少なりとも和らげたようだった。
その後も他愛もない雑談に興じていると、レオンの首から下げた小さめの懐中時計からチリリと時を告げる音が鳴り響く。 レオンが時計をポンと叩くと音が鳴りやみ、その後アルフレッドに辛うじて聞き取れる位の小さな声で「ありがとう」と呟く。
「では、行きますか」
レオンが「照明」と唱えながら手を叩くと、ふんわりと部屋の光度が落とされていく。 その後もやはり小さく「ありがとう」が聞こえてくる。
精霊による文化生活が普及し当たり前になり、普段その姿も捕らえる事が出来ないときたら、その恩恵も軽視されがちだが、この男は精霊にも敬意を表する事が出来るのだと関心する。
バタリとドアが締り、主の居なくなった部屋はその後完全に照明が落とされるのだった。
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