王と精霊と異世界の扉

夜光虫

第1話 アルフレッド・ジェイ・カスター


 その少女は暗闇に囚われた。 その闇に慣れた頃、世界はやがて静寂に包まれた。 それでも、朝日がわずかな光を灯し、耳はかすかに生命の脈動を感じ取る。 


 季節は移り、体に冷気を感じ始める。 次第に脈動は衰え、暗闇はその闇を深めると少女を蝕み始める。 また脈動が動き出すのを待ちながら、小さく柔らかな光が灯るのを夢みていた。 やがて夢を持ち続ける事すら困難になり、思考が薄れ始めたころ、少女はそれ(夢)を捨てた。‐


‐‐‐


 熱帯地方に位置する国家マハラの首都。 そこに宮殿を構える王族によって定められた幾つもの法が存在する。 法は、王族の守るべき国法と、国民の為の民法からなりたっており、その数は優に千を超えるとも言われている。


 また、マハラは占術を重んじ、特に王室において重要な転換期などでは必ず占術を行い、より良い選択を行うことによって国を繁栄に導いていったとされる。 この国では王は成人を迎えると、占術によって伴侶を探し、複数人の場合候補の中から王妃が選定される。


 マハラは先代王が没し、その甥が成人(18)を迎え、王位継承権を得た。

これより世代交代が始まろうとしていた。



 お城というよりも要塞と呼ぶべきその建物は、大きな水路がぐるりと取り囲み、立派な木々に覆われている為か、その外観に似合わず長閑な田舎の風景を思わせた。 


 一見無骨な建物の門をくぐってしまえば、人の手が加わった色鮮やかな花々や緑の庭園が広がり、外の木々とはまた違う趣きを見せる。 様々な施設の立ち並ぶ広大な敷地。 その中央にある建物は、白や鉛色を基調とした石造りで単調な色彩ながら宮廷と呼ぶにふさわしい豪華さで目を楽しませた。


 宮廷は基本的に一般公開されており、貴族や平民などがダンスパーティーや季節毎の行事などに利用しており、人の出入りは割と多い。 その宮廷の渡り廊下から繋がる塔は、平民にはあまり認知されておらず、人目につかずひっそりと佇んでいた。


 その昔囚人を幽閉していたとされる塔は近年では使用されておらず、手入れの行き届いていない物見塔というのが宮廷内の認識であった。 


 新しく王の候補‐ 名代となった前王の甥御アルフレッド・ジェイ・カスターは、宮廷内に居を構えるのを嫌い、塔の内部にある部屋を執務室や居住部屋として使用していた。



 「以上になります。……後は私や大臣の方で取り決めを行いますので、王就任後も分からない事は各役職にお尋ね下さい」


 執務室にて 王の政務に関する引継ぎや簡単な説明を終えると、側近であるリチャードは短くそう伝え世話しなく退室の準備を始める。 それを横目で眺めながらアルフレッドは眉間に皺を寄せながら小さく息を吐いた。

 

 『少なすぎる。 いくらまだ正式に王座に就いていないにしても、法律の重要かつ単純な3つを覚え、この後行う伴侶を選ぶ水流の儀とやらを終えた後は婚姻の儀を待て、それまで何もする事はないと……。 余りにもやることが少なすぎるだろう』 


法律の3カ条、いわく‐


 1,成人を迎える王族より王候補を選出する。 その者は配偶者を得るまでその地位を名代とし、王と同等の地位を確立し政務に当たる事とする。


 2,王族は、男子満18、女子満16の年を迎えた月に、王族指定の占術一門による配偶者の選別を行い、如何なる場合もその言承に対し意義を申し立てることは出来ない。 ただし対象者が複数人の場合はこの限りではない。


 3,配偶者を得た名代は、正式な王位継承の儀式を以て王とする。 王はこの時より3つの法を定める事が出来る。



 この国法と言われる中の王位継承3カ条は、覚えるまでもない。 貴族はおろか、平民の子供ですら知っているような有名な3カ条なのだ。 要するにお前は何もするな、お飾りの王だと宣言している様なものだ。 この側近のリチャードも侮辱をしているとも思っていないのだろう。


 『とはいえ叔父‐ 先代王の葬儀の場で小耳に聞いたが、先の戦での一個騎士団の消息不明など占術の星見ですら予期できなかった事態が続いたと聞く。 このアクシデントで正当な手段を踏んでいる余裕もないのかも知れないな……』


 今日はもう少し、そこら辺の話題が聞けると期待していたのだが……。 ちらりとリチャードの顔に目をやると土気色の顔は表情も乏しく、明らかな疲れの色が見える。 口まで出かかった不満が、ため息と共に霧散するのを感じた。 わずかな沈黙が流れ、バツが悪そうな微笑を浮かべるリチャードが口を開きかけた時だった。


 「おい、アルフ!! 今日の儀式のお供を許されたぞ!!……やべ」


 ガチャリと音を立てて勢いよく入ってきた年若い男は、よく見知った顔だった。 入室して早々、リチャードの拳がその頭を目掛け飛んでいた。 ‐ゴチンと小気味の良い音が室内に響く。


 「ばかものっ!! 名代とお呼びしろといつも言っているだろうっ! せめてアルフレッド様とお呼びしないか!」


 頭を抱えながらうずくまるこの男は、リチャードの一人息子レオン。 彼はこの宮廷で生まれ育ち、父の仕事ぶりを見て育っているので宮廷の事にも詳しく、良き相談相手となっているのだ。 年はアルフレッドより1つ上で、人懐っこい性格だった。 


 地位に関係なく誰とでも打ち解ける壁のないレオンの人間性に惹かれ、会ったその日にはお互い声をはり上げながら笑いあっていた。 アルフレッドは宮廷に来てまだ日は浅いが、彼と一緒に過ごす時間が一番長いだろう。 


 疲労の色をより一層濃くしたリチャードは、よろよろと起き上がり揺れるレオンの頭をがしりと捕まえ、申し訳なさそうにアルフレッドに向き直る。


 「この後、大事な儀式を控えておりますので、名代とのお時間が余り取れず申し訳ありません。 今後、お暇な時は宮廷の図書室を尋ねられるといいでしょう、あそこは政務に関する歴史や歴代の議事録をまとめた物もご覧になれます」


わかった、と短く答えると、安堵したかのようにリチャードは僅かに表情を和らげたように見えた。 そのままレオンの頭を乱暴に掴みとリチャードと一緒に深々と頭を下げる。


 「こんな奴ですが、先代王の時代から仕えた私の仕事ぶりを叩き込んだつもりですので、多少なりと名代のお役に立ちましょう。 今後はこ奴を側近としてお使い下さい」


 さあ、後は任せて仕事にお戻り下さい! と頭を垂れたままのレオンが早口で捲し立てるものだから再度小突かれるのだが、懲りずに悪戯な笑みを見せるレオンに釣られてアルフレッドも口元が緩むのだった。


 リチャードは一つ咳ばらいをすると、レオンを甘やかすことのないように言い伝えその場を後にした。

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