8
加須田がピアノから腰を上げた時、冠城と錠児は微かに微笑み、そして拍手をした。
「こりゃ、いい曲だわ」
「やっぱりお前凄い奴や。今年のコンテストはまた戴きやな」
加須田は恥ずかしそうに頬を掻いた。正直、この曲は不意に湧いて出たようなメロディだった。それからまさに次から次に、鎖を繫げるようにメロディラインが繋がっていく。
「さて、これをどうアレンジするかだな」
「よっしゃ、これから忙しくなるで~」
まだ曲のイメージが薄まらないうちに、曲をアレンジして仕上げる作業がある。3人は寮に戻ると楽器を手にし、スタジオに駆け込む。
「おっ、今日も気合い入ってるねぇ」
「ありがとうおばちゃん!今日は晩御飯何かな?」
冠城は食堂のおばちゃんに訊いた。昔から寮にいる肝っ玉かあさんのようなおばちゃんだ。冠城や加須田や錠児くらいの息子がいるらしい。
「今日は牛カツにするよ」
「うわっ、俺、牛カツめちゃめちゃ好きなんや!今日はちょっとスタジオ籠もるから、とっといてや、俺らのぶん!」
はいはい、と言っておばちゃんは3人に手を振る。
「牛カツ牛カツ~、今夜は牛カツ~フワフワっ」
「ご機嫌だなぁ、錠児……」
「そりゃそうや。憲誠の曲は最高やし」
「よし、ならビートは何ビートにするかだけど……」
冠城はドラムセットに座ると、スティックを廻しながら考える。
「やっぱりシンプルに8ビートかな」
「ブレイク、入れる?」
「そうだねぇ、ヴァースのつなぎで入れた方が締まるだろうしね」
「おっしゃ、ならこれでいこう」
加須田はウッドベースを鳴らして聞いた。
「どう?」
「いい感じだねぇ」
3人は曲のアレンジを続ける。気付けば既に3時間が経過していた。
「わっ、食堂閉まってまう」
「やっべ、行くぞ」
スタジオを飛び出すように食堂に向かう。食堂が閉まるギリギリの時間だったが、3人を食堂のおばちゃんは待っていたのだ。
「待ってたよ、揚げるから待ってな」
「まさか、俺らの為に待っててくれたんですか?」
「勿論だよ、ほら、早く席ついた」
厨房から牛カツを揚げる音がする。
「感動だわぁ、まさかおれらの為に待っててくれたなんて……」
「なんかさ、あんたら見てたら頑張らなきゃって思えてね」
「?」
「うちにも息子が2人いてねぇ、1人はあたしの手を離れちゃったけど、もう1人の息子なんてまだちっちゃくてねぇ」
「へぇ、そうなんすねぇ」
「好き嫌いなく食べるあんたらの爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだよぉ、芋くらいしか食べないから……」
喋りながらもおばちゃんは牛カツを仕上げた。千切りのキャベツをたんまり乗せた1枚まんまの牛カツに味噌汁とご飯がついている。
「こりゃあ、次のコンテストも勝たないとなぁ」
「せやな、腕が鳴るわぁ」
――翌日、コンテストのメンバーが明らかになった。校舎に貼られたポスターのど真ん中には、【FLY】の集合写真。残りの3組に……
「銀さん……」
「あぁ、これは……」
鬼太郎ヘアの脇に、買い物袋を丸めて作った人形が4体。そのバンド名は……
【BUDDY HARRY】
「……ウィーザーかい」
そのあまりに浮いたフォルムの中、此方を睨みつけるように見ているハリーの口角は、やや上がっていた。
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