「俺、八剣錠児や。単刀直入に言うと、バンドやらへん?」


 いきなり声をかけられたのは冠城だった。冠城は目をまん円くすると、ハンチング帽を被ったにやついた痩せ型の男の提案に首を傾げた。


「お、俺と?なんでよ」

「何でって、決まってるやないかい。俺の第六感があんたとバンドやれって騒ぐんや」

「……お前、俺とは初対面だろ?」

「んなもん気にせぇへんって。あ、名前訊いてへんかったなぁ」

「冠城。冠城銀驍だ」

「へぇ、まぁええわ。銀さんって読んでもええ?」

「タメじゃんか、俺ら」

「嫌か?嫌なら銀ちゃんにするで?」

「……いいよ」

「銀ちゃんで?」

「……銀さんで」

「おおきに。んで、楽器は何やってるん?」

「俺は、ドラムだよ」


 そんな中、隣にいた生徒が錠児に言った。


「冠城、めっちゃめちゃドラムうまいよ?」

「そうそう、生きたリズムマシンみたいだぜ?絶対リズム感っての?」

「ほな、俺とぴったりやないかい?」


 そう言って、錠児は1枚のMDを冠城に手渡してきた。


「これは?」

「俺が作った曲、作詞作曲俺や」

「中学のときから作ってたのか?」

「当たり前やがな」


 冠城はポータブルプレーヤーにMDを挿入すると、再生ボタンを押した。

 冠城はかっと目を見開いた。ドラムもベースもない、ギター一本の弾き語りだ。ヴィンテージのような枯れたギターフレーズに乗って聞こえてきたのは、ハスキーで渋みのある声。


「お前?」

「せや」

「ちょ、待って……」


 正直、目を閉じてじっくりと聴いておきたくなるような渋みのあるオールドロック。ブルージーでジャズのエッセンスすら感じるアレンジ。歌詞はほぼ英語。


「お前、英語?」

「そないなもん、なんとなくでいけるわ」

「ちょ、すまない……」

「どうしたんだよ冠城ぃ」

「聴いてみって。ほら」


 同級生にイヤホンを渡す。曲を聴いては錠児の顔を何度も見ている。


「両親がミュージシャンとか?」

「まぁ、ちっさい頃からジャズやら、アメリカンロックやらめっちゃ叩き込まれたからなぁ」

「このギターは?」

「グレッチや。ホワイトファルコン」

「マジか、やっぱりな」


 冠城は錠児に言う。


「正直、滅茶苦茶驚いたよ」

「やろ?」

「問題は、ベースだな」

「大丈夫や、ちゃんとツバつけとる奴がおる」

「?」

「そいつも、バンドメンバー捜しよるらしいで」


 冠城の頭には1人の人物の姿が浮かぶ。たまに音楽室で身の丈ほどあるウッドベースを鳴らしながら曲を作っている男。


「善は急げ、やで」


 案の定、彼は音楽室にいた。今回はウッドベースではなく、ピアノに座って鼻歌を歌いながらそれを弾いている。


「邪魔するで」

「……?」


 作曲を邪魔されたのか、眉間に皺を寄せた加須田はピアノの蓋を閉めると、足を組んで冠城と錠児に向き直る。


「冠城くん?」

「あ、あぁ。そうだ」

「そっちのハンチング帽は?」

「高等部1年の八剣錠児や、早い話、バンドやらへん?」

「何?」


 加須田は目を円くして言った。


「いきなりか?」

「お、俺もさ、加須田くんがいたらいいなって思ってたから……」

「……加須田か、憲誠でいいよ。加須田くんなんて気色悪い」

「お、俺も冠城くんは……」

「俺は銀さんって呼ぶで」


 加須田は笑い出した。


「ぎっ、銀さんかぁ……はははっ!面白っ」

「そ、そんな笑うか?」

「いやいや、すまない」

「それはそうと、俺の曲聴かへん?」

「?君も曲作るの?」

「勿論やで」

「ちょっと聴かせて?」


 加須田は錠児からMDを受け取ると、自分のポケットからも1枚のMDを取り出した。


「君の曲聴くかわりに、おれのも聴いてよ」


 加須田はポータブルプレーヤーに錠児のMDを入れ、何も言わずに首を小さく振りながら聴いている。錠児と冠城も加須田のMDを聴いた。


「うわっ……」


 綺麗なメロディラインだ。そのメロディに乗ったクリアーな声は恐らく加須田自身の声だ。此方はピアノとベースのみで構成されている。


「めちゃいい曲……」

「流石やな」

「錠児、でいいのかな。凄いな、この曲……」


 これだけで、バンド結成は決定的なものとなったのである。

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