1 加須田side

 今日は全く獲れない日だった。

 昨日は市場でもかなり人気のある質の良い伊勢海老がわんさか獲れた。こんな日は決まって、何か面倒な事か、不吉な事が起きる。おれの中のジンクスみたいなもんだ。

 

「お~い、加須田ぁ」

「どしたんすか?おやっさん」

「誰か来てるっぺよ」

「へ?おれに?」


 おれは手をタオルで拭くと、おやっさんが指差す先に目をやった


「あいつは……」

「お久しぶりです、加須田センパイ」

「……ハリーかぁ」


 ハリーはニコニコしながらこちらにやって来た。おれはコンテナを持ち上げながら、それを片付ける作業に移った。


「珍しいな。まさかお前が南房総まで……旅行か?」

「あぁ、こっちの魚は美味いですからね。金目鯛の煮付けとか、最高っすね。金目鯛の煮付けをアテにポン酒をキュッと……」

「飲みの誘いか?」

「まぁ、そんなとこですが……」

「言っとくが、ベースならもう弾かないぜ」


 ハリーは少しだけ顔色が変わった。ポーカーフェイスを気取っているが、おれは騙されない。


「加須田センパイっていったら、ウッドベースのイメージですからねぇ」

「おれは負けちまったからなぁ。残念ながらもう曲は作れねぇよ」

「ふぅん」

「酒なら付き合うけど、音楽の話はすんなよ」


 ML学園の頃は、勿論バンドをやっていた。あの頃のメンバーは最強だった。今思えば、冠城のドラムに、八剣のギターと歌、そしておれ、加須田憲誠のウッドベースと歌。おれが初めてベースで弾いた曲はポリスだったな。スティングを崇拝していて……何を言ってるんだ、おれは……

――あの頃は……なぁ

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