二刀流
朝樹小唄
二刀流
にとうりゅう。
小学校でその言葉を初めて聞いた時、首が二つあるドラゴンを思い浮かべた。
その日の放課後、学校の図書室で宮本武蔵のマンガを読み、友達とほうきで宮本VS宮本の二刀流チャンバラに勤しんだ。
そしたら廊下歩いてた下級生にぶつかって転ばせちゃって、真面目な女子に言い付けられて、先生にめっちゃ怒られたっけな。
「どしたん」
「……いや。別に?」
「萎えたんかと思ったわ」
「違えわ」
そう言って、埋め合わせみたいにキスをした。
情事の最中に、自分の無垢な子ども時代を思い出してたなんて、なんだか恋人にもかつての自分にも悪い気がする。
何か誤魔化したくて、恋人が若気の至りで入れたという控えめな龍のタトゥーに触れた。
「憧れはあったんだけど、結局ビビっちゃってワンポイントにした」と言っていた小さな龍は左胸の少し上、心臓の辺りに羽ばたいている。
初めて見た時、タトゥーってファッション感覚で入れても良かったんだな、と思った。狭苦しい田舎で純粋培養された自分には、白い素肌に躍る漆黒が眩しく見えたのだ。
これ良いね、と今日と同じように触れたら、恋人になってくれたばかりの人が、暗闇の中でほっとした表情になったのを思い出す。
都会の夜には、それぞれの羽根を抱えた龍が翔んでいる。
一つの布団の中で身を寄せ合っていたら、恋人がじっとこちらを見つめてきた。首を傾げてみると、先ほどの龍を指差し尋ねてくる。
「こいつのこと気に入ってんの?」
「若気の至りドラゴン?」
そう返したのは決して悪口というわけではなくて、恋人本人がいつだったか言ったものを面白がって真似ているだけだ。
「そ、若気の至りドラゴン」
「そんな名前つけるんだったら、なんで入れたの」
「人生、何事も経験っしょ」
そう言って楽しそうに笑ったあと、胸元開いた服なんて滅多に着ないし、約一名を除いて誰にも見られないからねー、と言いながらよしよしと撫でるようにして、タトゥーを指先でポンポンと叩く。
枠からはみ出してしまったものを、都会の夜は見てみぬ振りしてくれた。
「内緒ね」と言えばそれは恋の燃料にすらなった。
二人の間にだけ流れる熱を、朝日に焼かれないようにして羽根を休めた。
ただ、目の前の相手が好きなだけ。
ただ、愛する対象になりうる候補者が、人の約二倍になってるっていうだけ。
頭では分かっていても、たまに、考えてしまう。
性別とか、関係ないつもりだけど。強いて言えば、好きになったその人の性別をそのまま愛してきただけだけど。
もしもこの先、今の恋人と上手く行かなくなって別れて、運命の人だと信じ込める「異性」に出逢ったとしたら、何もかも無かったような顔をして、「普通」を享受して生きていくのだろうか。
あり得ない話ではない。これまで、異性にも同性にも同じように恋をして来たのだから。
うだうだと考えながらも、夕飯の白菜ミルフィーユをいそいそと仕込んでいた。犯人は「今日は絶対白菜ミルフィーユが良い、もう舌がそうなった」とわめきながら今朝仕事に出ていった。
確かに完成品を食ってみれば美味いのだが、一見シンプルそうでいて作るのは地味に面倒な料理だ。一人でならまず絶対にやらないし、この苦労をたぶんあいつは分からずにリクエストしている。
でも、だからと言ってそれが嫌なわけではないのだ。
たぶん、二人でいるっていうのはそういう事なんだろう。
そろそろ家に着く、と連絡が入ったので流しを片付け、鍋をテーブルに移動させようとしたその時、ドアを蹴破らん勢いの音がして、せっかくの苦労の成果を落としそうになった。
部屋に飛び込んできた嵐はマフラーを床に投げ捨て、コートとその下のシャツの前をはだけて左の胸元を見せびらかした。
「増やした。お前も入れてきた」
と得意げに言って、真っ直ぐこちらを指差してくる。
孤独に横を向いて翔んでいた龍が、もう一頭の龍に背後から寄り添われていた。
まるで、二つの首が一つの体を共有してるみたいだった。
目を奪われていると、恋人は「可愛いっしょ」と言いながら、双頭を指でなぞってハートマークを描いてみせた。
気に入ったからって増やしてほしいってわけじゃないから、とか。
そんな事してお前なぁ、ずっと一緒にいる覚悟あんのかよ、とか。
色んな思考が駆け巡ったけど、頬の緩みが抑えられなかった。
二刀流 朝樹小唄 @kotonoha-kohta
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