66.三番弟子 ***
少年たちの盗みに染まった日々は続く。
ある日、小さな魔法具店にて。そこには高価な魔法銃や魔法剣、その他値が張る魔法具たちが整然と陳列されていた。
目に見えぬ三つの人影は、静寂にそこへ忍びよる。そして事前の計画通り、ウォンとライブラは魔法具を躊躇無く袋へと詰め始めた。
「出たな! 盗人ども!!」
店主は魔法具がふと宙に舞う異様な光景を捉える。それが既に噂になりつつあった透明の盗賊であると理解するのに、そう時間はかからなかった。そして店主の男は護身用の魔法散弾銃を掴み取り、躊躇いなくそれを放つ。
ダイトはすかさず一歩前に出ると、手の塞がったウォンとライブラを守るように防御魔法陣を展開した。彼らは互いに目視出来なくとも、連携は至高の領域に達している。
あまりに引き金が軽い店主に危機感を覚えた三人は、予定より早く店を出た。しかし外に出れば、既に判断が遅かったことを知る。
「――捕えろ!!」
店の外に待ち構えていたのは数名の駐在騎士。魔法具店は囲まれていた。
それでも臆することなくウォンは先手を打つ。指先から出現した黄緑色の魔法陣は、突如として強い風を生んだ。しかし鍛錬を積んだ騎士の前には無力。彼らはそれを見切り、すぐに防御魔法陣を展開して防ぐ。
ライブラは逃走を優先するべく、強化魔法・
「さ、撤退だな」
エフィは魔法陣を展開する。四人をまるごと包むように展開されたそれは、四人の姿のみならず持ち帰った盗品にまでも
「消えた……」
「クソ! 諜報魔法か!」
騒々しい騎士たちと、そこに群がる野次馬の民衆。そしてその野次馬に埋もれていたのは、
心当たりのあったクアナは、ふと推察を告げてみる。
「ねえ。あれってさ、最近よくここで出るっていう盗賊だよきっと」
フェイバルに返事は無い。クアナはふと男にを目やった。
フェイバルは、珍しくも嬉しそうに呟く。
「……有望だ。追うぞ!」
男は野次馬を掻き分けて進み出す。クアナも一歩遅れてそこへ続いた。
「えぇ!? ちょっとぉ!!」
魔法具店の前に立つと、フェイバルは魔法陣を踏み台にして飛び上がり、軽い身のこなしで屋根に登った。振り回されるクアナも同様に屋根を目指す。
屋根の上から俯瞰しようと、もうそこに人影はない。クアナは尋ねてみた。
「あの子たち諜報魔法使ってたみたいだけど、どうやって追うの?」
「ちょうど良いのがある」
フェイバルは自身の額に手を当てると、熱魔法・
「見ーつけた。クアナ、俺についてこい」
「――さ、これだけ離れれば大丈夫だろうよ」
四人は
ダイトだけが、嫌な胸騒ぎを感じていた。それとなく安全地帯への帰還を促す。
「さっさと戻ろう。店の前でなんか嫌な気配がした。さすがにここまで追ってこれるとは思えないが――」
そして虚しくも、胸騒ぎの正体は即座に現れる。
「――よおおまえら。盗みはダメだぞぉ」
空から無気力な声が降り注いだ。四人が振り返って屋根を見上げたとき、そこにいたのは二人の魔導師。
ウォンは指示を煽った。
「おいダイト、どうする? やるか!?」
「……だめだ! こいつらヤバい! 逃げろ!!」
ダイトはこちらを見下ろす二人の魔導師が何者なのか知らなかった。ただそれでも、彼は本能的に感じ取る。目の前の魔導師の圧倒的な力量を。どう足掻いても変えることの出来ない結末を。
ダイトの後方に立つ三人は、動かない。彼は
「早く逃げろ!!」
ダイトの迫真した様子に、三人も事情を察した。目の前の魔導師には、決して敵わない。しかしだからこそ、彼らの決断は早かった。
ウォンは三人の総意を述べる。
「ばーか。お前の母さん助ける為に始めたことだ。目覚めたときにお前が居なきゃ、意味ねえだろーが」
ウォンはダイトに並んだ。ライブラとエフィも続く。
ダイトは敵に聞こえないように呟いた。
「……あの男は尋常じゃない。でも俺が、数分はもたせる。だからおまえらは、三人がかりであの女を始末しろ。男はそれからだ」
咄嗟の打ち合わせだった。それが最善だと思った。しかしながら現実とは無情で、魔法戦闘にルールなど無い。ダイトが三人へ話し終えたとき、クアナは既に行動を開始していた。彼女は屋根から飛び降りると同時に、右手から魔法陣を展開する。
「氷魔法・
四人の襲いかかるのは、あらゆるものを凍てつかせる吹雪。先手を打たれたダイトは、すかさず足を動かしそれを回避した。しかし辺りに立ちこめた真っ白な霧が晴れたとき、そこには無残にも三人の仲間の氷像が並ぶ。
ダイトは激昂し、クアナの元へ距離を詰めた。鉄魔法・
そしてクアナの形を模した氷の像を叩き割ったダイトの背後には、魔法陣を展開するクアナ本体の人影。戦況から、攻撃用の魔法を繰り出す為の魔法陣で間違いないだろう。しかしもう体を翻す時間は残ってない。あまりにもあざやかに隙を取られてしまった。
「……ったくクアナ、早いっての」
フェイバルは無気力にその戦闘を見下ろす。しかし男の無気力な顔は、ダイトの一手が変えてみせた。
ダイトは懐から盗品の魔法銃を取り出すと、背を向けたままクアナの魔法陣を撃ち抜く。彼の握った拳銃型の魔法銃は最高級の逸品。魔力を大幅に増幅して出力することのできる優れものだった。
魔法弾が命中すると、クアナの魔法陣には亀裂が広がる。
「……ありゃ、すごい魔力」
彼女は数歩退いて、ダイトから距離を置いた。
そのときフェイバルが屋根から飛び降りる。着地と同時、彼は顎に手を当てて呟いた。
「実戦でもなかなか頭回るな。いいじゃん」
「ふざけるな! 俺の品定めでもしてるつもりか!?」
ダイトはフェイバルへ銃口を向けた。しかし引き金は引くことが出来ない。前にして分かった。どんなに近距離でこれを撃とうとも、絶対に当てることが出来ない。
フェイバルの呟きは続く。
「……まあそうだな。お前はマジの悪ガキだけど、結構良い原石だ」
「な、何を言ってやがる……」
「おいガキ。お前さ、何かあったんだろ? それも相当な事が。話してみろよ」
「お、お前なんかに身の上話をする義理は無ぇよ!」
「うーん、それもそうか……なら交換条件だ。お前が身の上話してくれたら、お仲間の三人戻してやる」
「っえ? 生きてる……のか?」
クアナはフェイバルに並ぶ。
「当たり前でしょ。私、突拍子も無く子供を殺すほど物騒じゃないから」
引き締めた口は、ゆっくりとほどけた。仲間の命を引き合いに出されてしまったら、断ることはできない。
「……俺は、貴族の子だった――」
「なるほど、アダマンスティア家のご子息だったのね。そんな良家の子が盗みなんて……」
ダイトは全てを話し終えるとすぐに交換条件を要求する。
「これで満足かよ。ほら、さっさとあいつらを戻してくれ」
「フェイバル、戻していいよね?」
「ああ、いいぜ」
クアナが魔法を解除すると、氷の像はみるみる溶けてゆく。中に封じ込められていた三人は意識が朦朧としているようで、皆その場に尻餅をつく。
フェイバルは口を開いた。
「まあ、お前の事情は分かったわ。その上で、お前の選択肢は二つ。一つ目はこのまま後ろのあいつら共々、騎士に差し出されてお縄にかかる。そんで結果的に、お前の母親は死ぬことになる」
「二つ目は、お前が全てを背負って俺の弟子になる。ギルド魔導師として生計を立て、盗みをしたことも、仲間に盗みをさせたことも全て償う。稼ぎに差し引いた金が残れば、お前の母親の命も繋ぐことが出来る、かも」
その提案は、ダイトのみならずクアナすら驚愕させた。いやむしろ、クアナは呆れを露わにしたと言っていい。
「……ねえ、マジで言ってんの? この子普通に犯罪者だよ……?」
「ああ、犯罪者だ。でも俺は騎士じゃねーし、ギルドの依頼でもないなら捕まえる義理無いんだわ」
【玲奈の備忘録】
No.66 発現魔法と付加魔法
炎魔法や氷魔法のように、物体や現象を発現させる魔法を発現魔法と呼ぶ。これに対して治癒魔法や強化魔法のように、対象へ付加して効果をもたらす魔法を付加魔法と呼ぶ。
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