65.眠る母と迷う子 ***
高級感溢れる宝石店。華々しい格好に身を包んだ貴族たちが店内を闊歩する。そんな平穏は、突如として崩れ去った。
突然の激しい音と共に、ガラスの破片があたりへと飛散する。
「な、なんだ!?」
店内は瞬く間に騒然となる。貴族は一斉に出口へと逃げ惑う。店主は訳も分からず困惑した。なぜなら、彼らの目には何も映らないのだから。
宝石店を襲撃したダイトとウォンは、エフィの諜報魔法・
ウォンはガラスケースを破壊すると、そこから目に付く宝石ありったけを持ち上げた。空中へ浮遊する宝石に気づいた店員は叫ぶ。
「泥棒だ!!」
それを聞いたある勇敢な男は、すかさずウォンの元へと迫った。しかしそこへ割って立ちはだかったのはダイト。少年の手には鉄の棒。事前に鉄魔法・
ダイトはそれを男に向かって躊躇なく振り払った。腹に鉄の棒を叩き込まれた男は、そのまま後方へ吹き飛ばされる。
突如として男が吹き飛んだ。ダイトの姿が見えない彼らにはそう見える。店内の者たちは、目の前で起こる見えない何かにただ怯え続けた。
(……ウォンの気配が無くなった。もう脱出したか)
ダイトは手当たり次第に宝石を掴み取る。引き際を察し、ウォンに続いてすぐに店を後にした。
ダイトは店から遠く遠くへと逃げ続ける。自分でも恐ろしいほど冷静にやってのけた。無論そこに、罪悪感は存在しない。これが彼の解釈した、世界の縮図なのだ。
「――存外チョロいもんだな」
やすやすと基地へ逃げ帰ってしばし経つと、ウォンは袋の中の宝石をテーブルに広げる。ライブラは慎ましく微笑んだ。
「これだけあれば、当分は生きていけるわね」
眩しいほど輝く宝石たちを目の当たりに、笑顔が零れる。ひと休憩終えたダイトはまだ気を緩めることなく提案した。
「とりあえず早いとこ、金に換えちまおう」
幾度と日が流れ、約束の日が訪れた。ダイトは久しくギノバス王立病院を訪れる。清潔感のある院内で感じる周りの視線から、自分の容姿が場違いであることをなんとなく察した。汚れきったぼろぼろの服。伸びきった白い髪はくすむ。ただそれだけではなく、窓に映る自分の人相が悪くなった気がした。
病室の扉を開く。母の側に控えるのは、あの時と同じ治癒魔導師の少女・セイカ。彼女はダイトが抱えた麻袋を見ると、驚いた表情を見せる。
「まさか君……本当に……!?」
ダイトは顔色一つ変えず、ただ淡々と話した。追究されたくなかった。無意識に口が早く回る。
「……これで一年分はあります。だから母を生かしてください。それでは――」
セイカは感じた違和感を押し殺すわけにいかなかった。麻袋を床に捨ててすぐに病室から出ようとしたダイトの腕を掴む。
「ま、待って! こんなお金をどうやって!?」
ダイトは少し間をあけてから答えた。
「そんなの分かるでしょ。奪ったんですよ。それが、このふざけた世界で生きるということです」
セイカはダイトの頬を弾く。それは反射的だった。
「き、君は大馬鹿だ! こんなやり方は――」
「こんなやり方って、あんたがそうさせたんだろ? あんたが金を集めろって言ったんだ」
初めてダイトと目が合ったとき、セイカは彼の瞳に宿る狂気的な何かを感じる。彼はもはや、あの日の弱き少年とは別人だった。そしてダイトは、怯えるセイカをさらに追い詰める。
「俺の苦労を何も知らずに、ただ金を作れだって!? ふざけるな!! どれだけ誠実に生きても、何もかも無くなっていくってのに、次は親を見殺しにしろって言うのかよ!?」
セイカは何も言い返せなかった。彼女に募るのは、冷たく重たい罪悪感。
「……ごめん。君の言っていることは正しい。最初から分かってたんだ。幼い君がこんなたくさんのお金を作る方法なんて、これしかない。なのに、ボクは君にやれと言ったんだ。君が手を染めたのは、ボクのせいだ」
ダイトはそれに何の応答もせず、セイカの手を乱暴に振りほどく。
「……金は払った。また一年後払いに来る。だからそれまで、母を生かしてくれ」
「……」
ダイトは返事の無いセイカを躊躇無く脅迫した。
「もし治療をやめたなら、俺はお前を殺しに行く」
セイカはダイトの背中を真っ直ぐ見据えて口を開く。
「……君の母が起きたら、そのときボクはボクの命で君の母にお詫びする。君が手を汚したのは、ボクのせいだから」
ダイトはそのまま無言で病室を後にした。今の人相を見せたくなかったので、眠る母の顔すら見なかった。
「……こんなお金受け取れないよ」
セイカは麻袋をベッドの下に隠すと、側の椅子へと腰掛ける。
「……ごめんなさい、オリハさん。ボクのせいで、あなたの大切な息子さんは変わってしまいました。絶対に、目覚めさせますから。その時、ボクを許せとは言いません。せめて彼を、思いっきり叱ってやってください」
商店街・ピリック通りで頻発する盗難はすぐに騎士たちの知るところとなった。日に日に商店街に増える騎士の姿。それでも小さな盗賊は止まらない。
ダイトは一六歳になった。盗賊稼業を始めて六年も経てば、魔法がからっきしだったウォンとライブラも簡単な魔法を習得した。ゆえに盗みはより周到に、そして暴力的になってゆく。
「さ、今回もまずまずだな」
「さっさと換金してポンド街に配りましょーか」
「そうだな」
商店街に並ぶ景気の良い店を襲撃しては、そこで得られた利益をポンド街の貧しい人々へ還元する日々。少年少女はポンド街の英雄と化した。
「――ポンド街の盗賊? いや、知らねぇな……」
「そうですか、ご協力ありがとうございました。それでは失礼いたします」
ポンド街には度々騎士が足を踏み入れ始めたが、そこに住む皆が盗賊の正体を匿った。
そしてこの日、ダイトの運命は揺れ動く。
「――ったく、なんでお前の買い物に付き合うはめになってんだよ」
「いいじゃんいいじゃん! だって今日受ける予定だった依頼、急にキャンセルになっちゃったんだし。どうせ暇でしょ?」
「……それはまあ、暇だよそりゃ」
ビリック通りを訪れたのは、今を生きる大陸最強の魔導師パーティ・
「んで、何買うんだ? また魔導書か?」
「うんん、違う」
「じゃ何だよ?」
「別に何も考えてませんねぇ」
「……んぁ?」
「何か気になった店があったら、ふらっと入りたいなーって感じ」
「なんだよ。俺はてっきり荷物持ちかと思ってたんだか、何も決めてないのか」
「……ま、まあね」
ただ意味も無く時を共有したかった。クアナのそんな思惑に、フェイバルは気づくことが出来ない。
男は考えなしに呟いた。
「まあ、たまにはいいか。ここらはギルドから少し遠いし、一人じゃあんま来ねぇからな」
「で、でしょ! さ、たまには依頼なんて忘れてのんびり歩きましょうよ」
【玲奈の備忘録】
No.65 セイカ=?
ギノバス王立病院に勤務する治癒魔導師。低身長と白い姫毛が年齢より幼く映える。幼少期から治癒魔法の才能は凄まじく、ダイトのひとつ上である二一歳にして、勤務歴は十年以上を誇るベテランである。一人称はボク。
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