67.悪童たちの門出 ***

 「――ギルド魔導師になれ」

 あまりにも唐突な提案に、ダイトは困惑した。

 「ふ、ふざけるな!? 俺が何でギルド魔導師に――」

 「何でってそんなもん、お前に素質があるからだろ。お前の力、盗みなんかよりもっとマシなもんに使え」

フェイバルは口ごもるダイトを気にも留めず続けた。

 「それにお前だって分かってんだろ。今のままじゃ、本当の意味でお前の親は救われねえ」

ダイトは無意識にも俯く。子が罪を犯した事実を知った母親の苦悩など、容易に想像がつく。

 フェイバルはダイトへ背を向けて言い残す。

 「ギルド・ギノバスで待ってるぜ。気が向いたら来い。向かなかったら、詰所にでも行って自首しろ。どっちも選ばなかったら、そうだな……また俺がお仕置きしにくるわ」

 男は手を放りだして歩き出し、ダイトへ別れを告げた。クアナはそれを追いかける。その場に立ち尽くすダイトは、呆気なく見逃されてしまった。




 「……んあ、あれ。どこだここ?」

 日が落ち始めたとき、ウォンはようやく気を確かにした。細い路地で、随分と長いこと意識が混濁していたようだ。

 「あ、やっと起きた」

 もう随分前に意識を取り戻していたライブラとエフィは、すでに地面へ腰を下ろし休んでいた。二人はどこか少しだけ清々しい表情を浮かべている。

 ダイトは少し引き締まった面持ちで語りかける。何かを決意した、そんな顔だ。

 「ウォン、二人にはもう話したんだが、お前に話があるんだ」

 「なんだよ……急に」




 「俺は、ギルド魔導師になる」




 フェイバルの弟子となり、ギルド魔導師として仕事をすること。盗みから足を洗い生きてゆくこと。得たお金は、この場の三人が何か稼ぎを得るまでの生活費と襲撃した店への償いに当てること。ダイトはフェイバルによって課せられた条件全てをウォンへと話した。

 「お前らが寝てる間に、いろいろ考えたんだ。半ば脅しみたいな勧誘だが、考えてみればなぜか俺はあいつに手を差し伸べられてた。俺はあいつについて行っていいと思った。その道が正しいと思っちまった」

ウォンはもはや反射的に声を発した。

 「……なら俺もギルド魔導師になる! お前だけが全部を背負うことねぇだろ!?」

 「ダメだ。あの女魔導師の魔法を避けられなかったんじゃ、お前は魔導師になれない。あいつはそう言った」

ウォンは顔をしかめる。ダイトは畏まった表情をおもむろに和らげた。

 「……それに、ほんの少しだけわくわくしてる。お前らと居る時間は短くなるのは寂しいけど、魔導師の世界が、少しだけ楽しみなんだ」

ウォンは悲しげな表情を隠しきれない。するとライブラは彼の肩に手を置いて慰める。

 「さ、私たちも頑張らなきゃだよ。すぐには無理でも、どうにか稼ぎを見つけて、正しく生きるの。もちろん貧民街の孤児にとって、そんなものを手にするのはほぼ奇跡みたいなものだけど、それでもやるの」

 「えふぃ……べんきょうする……!」

 道を見据えた顔は、不思議と希望に溢れている。ウォンの目にはそう映った。彼の口角は自然と持ち上がる。心のどこかにある寂しさは、涙を飲んで捨て去ることにした。

 そして彼は、魔道へ踏み入る仲間へと言葉を贈る。

 「ダイト、応援してるぜ。なんせ、俺らの当分の生活費も懸かってるんだしな」

 「おいおい、そこかよ」

茜色の空の下、決意を新たにした少年少女の笑い声が響いた。




 同刻。クアナはフェイバルへ独り言を聞かせてみる。

 「まさかフェイバルが自分から弟子をとろうとするなんて。驚きー」

 「……んまぁ、出来心だな」

クアナはフェイバルの回答が出鱈目なことを察して微笑む。

 (きっとあの子と自分が重なったんだろうな)

これ以上言及しては彼が気恥ずかしさを感じるだろうと思い、クアナは話を変えることにした。

 「さ、ギルドでご飯食べて帰ろ!」

 「おう」




 そして三日後。フェイバルはギルド・ギノバスで青年の来訪を待った。カウンター席で暇そうに天井を見上げるフェイバルの横にはエンティス=インベンソン。彼もまた、煌めきの理想郷ステトピアの一員である。

 「にしてもお前が自分から弟子とるなんて、どういう風の吹き回しだよ?」

 「別にいいだろ。たまには」

 「いや、だって弟子にしたからには、ちゃんと面倒見なきゃなんだろ?」

 「まあ」

 「クアナからなんとなくは聞いた。んでよ、金はどーするわけ? 新人魔導師がそう多く稼げねぇのは分かってんだろうよ。ましてや母親の治療費だなんて……」

エンティスは黙り込むフェイバルを見て全てを察した。

 「はーやっぱりな。足りない分お前が払うつもりってか。よくもまあ、盗賊のガキに貢げるねぇ」

 「関係ねーだろ。少しは痩せろデブ」

 「おい! それこそ今関係ないだろ!?」

ひとときの沈黙が流れると、エンティスは溜め息をつく。そこからおもむろに口を開いた。

 「お前のことだし、なんか同情しちまったんだろー。どうせ」

 「……少しな。孤児ってのは、まあ辛いもんだ」

 そしてその時、重たい扉が開かれる。ギルドへと入ってきたのは、どこか新たな決意をその視線に宿した白髪の青年。

 フェイバルはダイトの元へ歩み寄ると、早速尖りを露わにする。

 「来たぞ、おっさん」

 「ボケ。俺はまだ二四歳だ。次それ言ったら焼くぞ」

 「分かったっての。じゃああんたの名前教えろ」

国選魔導師へ楯突く青年に、ギルドの魔導師たちはざわつき始めた。

 「誰だあれ? 恒帝にタメ口聞いてるぞ……!?」

 「一体どんだけ強いんだ?」

喧騒を気にも留めず、フェイバルは自己紹介をしてみせる。

 「フェイバル=リートハイト。ギルド魔導師だが、最近国選魔導師も始めてみました」

ダイトは男の三白眼に目を合わせながら、しばし硬直した。ほんの一瞬思考が出来なくなった。そして何とか男に応じる。思わず声は裏返った。

 「こ、国選魔道師……? 副業始めました、みたいな感じで言うか!?」

 国選魔導師、それがいかほどのものかダイトも十分理解している。目の前に居る一人の男が大陸で三本指に入る強さを誇るということを知ると、青年の顔からようやく強がりが消えた。フェイバルはその顔色から青年が力の差を悟ったのだと見ると、あえて調子に乗ってみる。

 「まあ、要するに俺はお前より数兆倍は強い。だからあまり図に乗るなよボーイ」

 「……まじ……すか?」

 「ああ。とにかく、さっさとギルド魔導師の在籍登録してこい。ほら、あそこの受付な。今日は他にもいろいろ教えることあるから、さっさとしろ」

 「……お……押忍」

それは青年の、新たな挑戦が始まる瞬間であった。






【玲奈の備忘録】

No.67 風魔法

風を発現させる魔法属性。魔法陣の色は黄緑色。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る