第13話 問題児の話

源と陰尚は代々殺し屋を生業とする一族に生まれた。その一族が住む里では親子のつながりなどたかが知れている。主にともに過ごすのは同じ年代の者同士。全体が一つの家族。これがこの里の在り方だ。

ここで過ごす限り、5歳以上の子供は皆殺し屋となるために必要な教育を受けることを課せられる。武器の扱い方に隠れ方。しかし、それは殺し屋になるためではなく、ここで生きていくためにも必要なものだった。

この里には、民を守ってくれる不可視の壁は存在しない。これは、国が管理していない土地であるからだ。つまり、ここには外の魔獣たちが簡単に入りこめてしまうのだ。そんな魔獣たちから身を守る必要があったからこそ、殺し屋になることに同意していない者も教育には参加していた。陰尚や彼が面倒を見ていた弟分のように。

その里に暮らす人にとって、殺し屋になるということはもう生まれたときから決まっていた天職であり、それは疑う必要のないものだった。しかし、それに異を唱えはじめるものが出てきた。それが陰尚であるらしい。いつから拒み始めたのかは分からないが、源が物心つく頃にはもうすでに彼の心は殺し屋を拒絶していた。

陰尚の反発。それに影響されたのか、疑惑の種が植え付けられたらしい。教育を受ける者の会話に耳を傾けると、殺し屋になることについて話し合っているのが聞こえていた。しかし、20歳になり正式に殺し屋として活動を始めるときになると、彼らは除草剤をまかれたかのように、その疑惑は払拭されていた。そのため、子供たちの間で広まる言葉だけの動きを知っても、大人たちにとっては何の問題もなかったのだろう。

殺し屋という職への疑問は広がれど、それは浅く微々たるものだ。しかし、その大本が近くにあれば受ける影響も近くなるものだ。源を含む十数人の子供たちは陰尚を兄と慕っていたのだが、彼らだけは他の者たちとは違い、強く殺し屋になることに疑問を抱いていた。幼かった源たちは、何も考えずに大きな声で疑問を口にし始める。そして、それからしばらくして、疑惑の種をばら蒔いた陰尚は里の外へと追い出された。源たちの膨らんだ懐疑心に気づいた大人たちは、それでも困った様子はなかったため、念のための行動だったのだろう。里からの追放、それは殺し屋になる運命から逃れることができるということで、これは、陰尚にとって望んでいたことだったはずだ。それなのに、源には門の外に出るときに見せた顔はあまり嬉しそうには見えなかった。

またしばらくたったころ、里の門でここを去ったはずの陰尚を見た。兄のような存在であった彼がいなくなって寂しかった源は、それから毎日門の方を見に行くようになった。月に1、2回、陰尚は毎回何かが入った袋を持って訪れ、それを空にして帰っていく。

数年後、源たちは14歳になっていた。いまだに殺し屋に疑問を抱き続けているのは教育課程9年目を迎えた彼らだけだった。そんなある日、また訪れた陰尚から、袋の中身を受け取った一人を付けることにした。その中身がお金であることはもう把握していた。殺し屋の教育の一環である忍び足の特訓が活かされる。

あとをつけて辿り着いたのは、一族の長が住む小さな一軒家だった。そこは主要な者達で会議を行う場所でもあり、源たち一般の住民が生活する地帯から少し離れたところに存在していた。姿を見られたら尾行していたと疑われるのは避けられない。源は、見失わないぎりぎりの距離まで離れ、建物の中に入ったのを確認したうえで壁に近づいた。

陰尚がどうしてここに来て、お金を渡しているのか。その答えは簡単に知ることができた。問題児たちの解放。残りの契約金額は……。とびとびで聞こえてくる単語から推測するに、自分たちを自由にするために陰尚はお金を里に入れているということだと源は気づいた。そして、もう一つ発覚した事実があった。それは、そのお金を集めるために陰尚は殺し屋をしているということだ。自分の気持ちのせいで巻き込んでしまったことに罪悪感に苛まれているのだろうか。だとしても、他人に影響を与えるほどに強い気持ちを持って拒んでいた彼を、自らその道に進ませてしまったのは自分たちなのだろう考えた源は、なんとも言えない気持ちになった。もう幾年も過ぎ去ってしまったが、今からでもやめてほしい。これ以上続けさせないように、次来たときに思い切ってぶつかってみようと思ったが、いざ当日になって近づこうとしてもそれは不可能であった。ただでさえ子供を門に近づけない大人たちが、問題児の烙印を押している源を見逃さないはずもなく、ついぞその思いを遂げることはできなかった。いつしか、陰尚は来なくなり、その代わりに自分より幼く見える子供が代わりに門に現れるようになった。

そして、その日はやってきた。里からだしてやるという言葉だけを告げられて、外の世界に連れていかれた。大人たちはその経緯についてまったく話さなかった。源もたまに陰尚が来ているということのみで、他のことはなにも言わなかったため源以外の問題児には何が何だか分からなかっただろう。突然外に投げだされることになって不安にならないわけがない。しかし、彼らの心のうちにあったのはそれだけではなかった。陰尚、兄貴分に会えるかもしれないという誰かの言葉が希望となり、外への不安感を抑えていた。源は、この後も明かすことはできなかった。どうして、外から出られたのかを、希望としている彼がもうこの世にいないだろうことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

壊れた世界の群雄譚 稲荷 鈴 @inari-suzu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ