第12話 胸裏のすれ違い
「なあ、夜月。お前は、俺に何も言うなって言いたいんだろ?」
ここには二人を除いて人の気配はない。それを確認して、先に口を開いたのは陰尚の方だった。夜月は振り返りその言葉に頷く。
「それだと、誤解されたままになるって分かってるよな?お前にとっていいことはないぞ。」
「誤解?」
目をひそめて問い返す。
「そうだ。お前は悪いやつじゃない。だが、このままじゃあいつらに悪印象を抱かせることになるだろ?特にあの元殺し屋狩りはな……。」
殺し屋狩りという聞きなれない単語が発せられる。しかし、そんなことはどうでもいいというように、夜月は本題に対する話を進める。
「いや、間違ってない。俺が善悪問わず多くの人を社会から消していったことには変わりない。悪人であるのは紛れもない事実。」
「それを判断するのは真実を知った聞き手だ。……殺し屋であることを吐いちまうなら、話してもいいんじゃないか。別に隠してること全部晒すとは言ってないんだ。」
「違う。俺のすべてを話さないからこそ黙っておきたいと思ってる。」
「?、どういうことだ?」
表情があまり変わることのない夜月の目が珍しく細くなり、力が入っている。
「きっとここで任務をこなしていたら、いつか俺の穢れは隠せなくなると思う。その真実は確実に俺に対して忌々しいという感情を植え付ける。それまでに好印象なんてものを抱かせていたら、ばれた、又はばらしたときに俺と彼らの関係は変わることになる。そうなるくらいならはじめから信頼関係なんてない方がお互いにとっていいと思う。」
俺は、お前を誤解されたままにするのは嫌なんだけどな。
まっすぐ見つめてくるその真剣な目つきは、陰尚に言おうとした言葉を飲み込ませた。義弟(おとうと)が先のことを考えて行動しているのに、自分が言おうとしているのはただの願望だ。それに対して個人的な感情で挑んだところで説得することなどできないだろう。反論のしにくい理由を用意したものだ。本心は別にあるだろうに。
「……分かった。とりあえず、今は黙ったままにしておいてやるよ。お前にも強制はしない。だが、本当に必要な時は…」
「うん、分かってる。必要だと判断したら俺がちゃんと話す。」
「よし、じゃあこの話はここまでにするか。久しぶりに会ったってのに重い話ばかりするのはあれだからな。ああ、そうだ。夜月の天佑はどんなのだ?俺は明かしたんだから教えてくれてもいいだろ?」
食堂の扉を軽く叩く。一度案内されても、新天地であることに変わりはないのだ。そういうわけで少し迷ってしまったもののどうにかここまでたどり着くことができた。
扉に手をかけた源は、そのまま恐るおそる引き開けて中に入る。言われた通り角の方をみると机に乗っかっている背中が見えた。
話をしたいから彼のもとを訪れたというのに、彼は気づかれないように忍び足で近づいていく。
薔(そう)永(えい)は腕を枕代わりにしてうつぶせになっていた。
「……。」
起こさないといけないが、睡眠を妨げていいものか。ためらってしまう。
「ぶふっ!はははっ、うろちょろせずに話しかけろよ。」
男らしい低めの声が響く。
「笑わないでくださいよ。というか、起きてたんですか?!」
起こしていいか分からず、ちょっと離れてみたり近づいたりして悩んでいる様子が面白かったのか、寝ていたと思っていた薔永が顔をあげて笑い出した。一方、源はというと間抜けな自分を見られたとことへの羞恥心で顔を赤らめている。
「いいや、ちゃんと寝てたぜ、お前が来るまではな。寝てるときも注意は怠らない。それが俺なんだ。」
「それって、つまり、近づくだけで睡眠妨害になるってことですよね?なんでこんな誰でも入れる食堂で昼寝してるんですか?」
「それにはちゃんとわけがあるんだよ。……それはそうと、俺になんの用なんだ?俺に会いに来たんだろ?」
「あっ、ああ、はい。」
理由を聞かれるとその男はさらっと流して、唐突に話題を変えた。
何か深いわけでもあるのだろうか。それならこちらに聞く権利はない。
まだ、赤みが残りながらも、源は真剣な顔になって本題に入る。
「その、夜月のことで話したいんです。」
ピクリ。
夜月の名前を聞いた瞬間、眉を一瞬動かして感じているであろう不快感を露わにする。しかし、何かを口にするわけではない。その無言を話しをする許可をもらえたことだと判断し源は話を続ける。
「まず、率直に言ってしまうと、あまり夜月を責めないでやってほしいんです。あの人は俺と、殺し屋になることを拒絶する里の仲間の恩人なんですよ。兄ちゃん、……陰尚のあとを継ぐ形で俺たちを助けてくれたんです。」
「ん?あいつがなんかしてたのか?」
「あれ?もしかして、兄ちゃん話していない感じですか?」
「もしかすると言ったのかもしれないが、俺は知らないな。殺し屋に貸せる耳はあいにく持ち合わせてないんでな。まあ、でも安心しろ。殺し屋に関する話でも、お前が話すものなんだったらちゃんと聞くさ。」
嫌悪の感情を隠せてはいないが、それだけでなく安心させるためなのか、優しげにも見える顔でそう言った。
「えっと、その、俺と兄ちゃんは代々殺し屋を生業とする一族に生まれたんですよ。そこで暮らしている限り……」
「つまり、あいつらが殺し屋をしていたのは人助けのためのお金を集めるためってことだな?」
「そうです。」
嫌悪している殺し屋の話、それを宣言通り聞いていた薔永の言葉に頷く。
「それでも殺し屋であることに変わりはねぇ。報酬のために人を殺す。どんな理由があってもな、それを正当化することはできないんだよ。お金なら別の方法でもどうにかなったはずだ。」
「いや。兄ちゃんも俺も普通の人間社会とは逸脱したところにいたから、外でのお金の稼ぎかたなんてまったく分からないんです。夜月もそうだと思います。まあ、俺は今も分かんないんですけど。」
「関係ないな。やろうと思えばいくらでも職は見つかる。」
「でも、要求されていた額は相当のものだったんです。それに、兄ちゃんは、俺たちが殺し屋として働かされる前に全額払い終えようとしてくれていた。すぐにはじめられて、一気に稼げるのは殺し屋しかなかったわけですよ。」
「殺し屋以外でも不可能ではないだろ。かなりきつくはなるかもしれないが。結局あいつらは二人とも楽な方を選んだ時点で、もう救われねぇやつらなんだよ。」
「だけど……。」
どれだけ二人の恩人を庇おうと言葉を連ねても、それはこの目の前の男には響かない。
陰尚も夜月も悪い人ではない。それを少しでもいい、分かってもらいたいのに……。彼の殺し屋への負の感情も生半可なものではないようだ。
「なあ、源。お前が必死にあいつらを庇おうとするのは、助けてもらったことへの感謝からか?それとも、罪を背負わせてしまったことへの罪悪感からか?どちらにせよ、お前がそれ対して何か対価を支払う必要はねぇんだ。考え行動したのは紛れもないあいつら自身なんだ。だから、そんな思いつめたような顔するなよ。」
そういわれて源は自分の顔の筋肉の動きに意識を向ける。確かにいつもよりこわばっているかもしれないが、ひどいものではない。こんな顔に彼の表現は似合わない。
「別に思いつめてなんかないですよ。俺はそんな柄じゃないんで!」
頬を緩めて、おちゃらけたみたいに笑って見せる。
「本当か?そうは思えない表情してたけどな。」
「本当ですって。」
表面では笑顔を取りつく一方で、源は気づかれないように歯をくいしばった。
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