第10話 経歴
「ちょっと、薔永(そうえい)。急に何言い出すのよ。」
夜月は自分の心臓が一瞬はねたような感覚に襲われる。
「そこの殺し屋と知り合いなんだろ?」
そういった彼の視線は、陰尚に向けられていた。
「それなら、こいつらも同じ殺し屋だって疑うのは当たり前じゃねぇか?というか、美潮も春彦も疑ってるんだろ?」
「それは、そうだけど」
「なら、なんでそのままにしとくんだよまったく。んで?どうなんだ?黙ってねぇで、何かいえよ。」
薔永(そうえい)と呼ばれたその男は、夜月と源、二人が視界に入る位置に立っており、その冷たく凍った紅の瞳がこちらを見つめている。
それとは別にもう一つ視線を感じる。目だけを動かし辺りを見回すと、少し離れた位置に立っている源と目が合った。浮かべられる心配そうな表情。
こちらの心配をする必要はない。源は自分の真実を言えばいいだけ。夜月は心の中でそう呟いた。
目を細めわずかに口端を上げる。
正直この問はありがたい。いつ伝えるべきか迷っていたから。
「おい」
「俺。殺し屋は俺。源はちがう。殺し屋としてじゃなくても殺しはしていないはず。」
薔永はその言葉を聞いて、さらに冷たいまなざしで夜月を一瞥してから源の方へ近づいていく。
「本当に殺し屋じゃないんだな?」
威圧感のある低い声。
源はしばらく顔をさげて目線を彷徨わせていたが、やがて口を開いてこう言った。
「夜月の言った通りですよ。確かに俺は殺し屋じゃない。だけど、っ!」
そこまで言ったところで顔を上げると、源は向かい合う相手の手が自分の頭上に掲げられているのを見た。息をのみ目を閉じる。
「そうか。それならよしだ。疑って悪かったな!」
平手打ちを食らわせようとしているのだと思った。それは、離れたところから見ていた夜月も同じだ。険悪な雰囲気が漂う中、手なんか振り上げられたら誰でもそう思う。
しかし、予想に反して、その手はゆっくりと源の頭の上へと降りていき、髪を掻き乱しただけであった。しかも、その時の薔永の表情は先程とは打って変わって満面に笑みを浮かべており、あたかも好青年といった雰囲気を醸し出していた。否、これが彼の本来の姿なのかもしれない。
彼は手を離し、源の頭を撫でるのをやめると、振り向いて次はこちら、夜月の方に近寄っていく。その顔に貼り付いているのは、またもや睨めつけるような表情だ。
解放された源はぼさぼさになった髪を手で覆い、目を丸くさせている。
「おい、お前。俺は殺し屋と馴れ合う気はさらさらねぇ。だが、この任務を遂行するうえでは人手は多いに越したことはねぇんだ。だからなぁ、迷惑かけないよう、死なないようにせいぜい静かに過ごしやがれ。分かったな!」
それだけ言うと、彼は背を向けて建物の方へと歩いていってしまった。
辺りに静寂が漂う。この場にいるものはどんな心情で立っているのだろうか。少なくとも、今話そうという気にはなれないだろうから、これはしばらく続くに違いない。夜月はそう思ったが、それとは裏腹にすぐに静寂は破られた。
「陰尚の時と同じ、まったく変わってないなあ。」
「二人ともごめんね。あの人、殺し屋に対しては容赦なくて……。」
「自分も人殺したことあるのに……。」
「まあ、嫌悪しているのはあくまでも殺し屋だけだからね。……彼にもいろいろあるんだよ。だから、あまり悪く思わないであげてくれないかい?」
春彦が口を開いたのを引き金に美潮、さらに他の二人も話始めた。しかし、誰一人として殺し屋であると告げた夜月を非難する者はいない。ずっと黙ったままの夢浮菜も先程と変わらない静かな瞳でこちらを見ているだけである。
予想に反した反応に、夜月は眉根を寄せる。
「なんで、そんな反応。殺し屋だって知ったら普通避けるか責めるかするものだと思う。なのに、逆に俺に気を使って……。」
「僕も含めて、ここにいる約半分は人を殺したことがある。だから、今更一人増えたところで何かが変わるわけでもない。」
その問いに応えたのは市女笠を被った白髪の青年だった。笠から垂れている虫の垂衣と呼ばれる布を内側からめくっている。その隙間から覗く顔立ちは中性的。市女笠という女性の被るものを着けているが、声から判断するに男性であるようだ。灰色と白に近い薄い青色で色づけられた着物も男性用であるようだ。肩に届く長さの髪が顔の輪郭を隠すかのように内側に曲がっている。
「≪食人鬼(グール)≫。こう呼ばれる殺し屋を知っている?」
それは、第一の世界に栄える国『エテルカーマ』では名の知れた殺し屋だ。王の居ます城の壁に勝手に何かを施すことは不敬罪に当たる。世間が知る限りのその殺し屋の初めての罪はそれである。二年前のある日、城壁に張り紙が貼られていた。
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殺し屋としての仕事を募集中
依頼内容を記載の上、屋外の公共の場においておけば依頼の申し込み完了とする
エテルカーマの領土であればどこでも有効
自分の名前の記載は不要につき、他人が依頼用紙を見たところでばれる心配はない
依頼はすべてを受けるわけではない
こちらで勝手に選ばせてもらう
依頼したからといって必ず雇用関係になれるわけではないことを把握しておいてほしい
依頼を待っている
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堂々と殺しの仕事の宣伝。もちろん警備隊がすぐにとりはずしにかかったが、何枚も貼られているそれをはがすにはある程度の時間は必要だ。それだけの時間があれば、幾人もの民間人が張り紙の内容を把握できるだろう。そして、その内容は噂となって広範囲に広まっていった。
半信半疑の者がほとんどだったため、初めはあまり問題視されていなかったが、その状態は長くは続かなかった。数日後、再び城壁に張り紙が現われた。内容は初の依頼の標的に関することだった。これは民衆に自分の存在に信憑性を持たせるための者であったため、張り紙はこれで最後だった。この日、張り紙に書かれた名前の貴族が行方不明となっているという噂がともに流れ、目論見通り信じさせることに成功した。それから、依頼をしようとする人が増えて街の中を少し探せばすぐに依頼状が見つかるようになった。政府は被害を抑えようと警備隊に見回りおよび依頼状の回収を課したが、それでも定期的に犠牲者の情報が入ってくる。
行方不明となっている。最後にいたと思われる部屋には少量の血と凝結晶が残っている。これがその殺し屋の犯行後の特徴だ。
「何度も淡々と任務を遂行し、家族に何も返さない。遺体を残さないことから人々から呼ばれ始めた≪食人鬼(グール)≫という冷酷な殺し屋、それが俺。どう、これでもまだ普通に接する?」
夜月は自分がやってきたことを役職名でではなく、もっと細かく伝える。
「殺し屋なら何人も殺しているだろうことくらい初めから分かってるわ。数えきれないほどの人を殺してきたとしてもあなたは神の審査を通れたんだもの。悪い人ではないはずよ。何か理由があるんでしょ?だからそれを聞かずに責めることはしないわ。」
美潮は自分の判断が当然のことというようにそういった。誰も反論しない。ここも皆同じ考えのようだ。
思い通りの結果にならない。夜月は顔をそむける。
「ねえ、夜月だっけ?逆に聞くけど、どうしてそんなにも自分に都合が悪いことばかり主張するんだい?僕には君が非難されたがっているように見える。」
まだ、名前も知らぬ者からの問い。わずかに言葉に詰まった夜月ではあったが、数秒ののちに頭はそのままそれに答える。
「殺してお金を稼ぐなんて非難されて当然のこと。それなのに普通に接せられるのは過ごし難いことこの上ない。……だからあまり馴れ合おうとしないでほしい。」
居心地が悪い。夜月はこれ以上何かを言われないように、皆がいるここを立ち去るために歩き始めた。それを引き留めたのは陰尚だ。
「おいっ、ちょっと待て夜月。お前、本当にそれだけしか言わないつもりか?知ってるって言ったよな?お前が本当は」
「陰尚兄!……それ以上言う前にちょっと話したい。だから、一緒に来て。」
義兄の言葉を遮ってまた歩き始める。
「はあ。悪い、俺も先失礼するわ。」
呆れたように溜息を一つ。仲間に断りを入れて、彼もまた夜月の後を追って離れていった。
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