第9話 懐疑
「よっし、あらかた片付いたな。こんなもんでいいんじゃねぇか?」
「そうだね。多分ほとんど倒したと思うけど……。どう?大丈夫そうかい?」
「ちょっと、待って……。」
異臭漂う森の中、3つの影が揺らめく。
「探索可能範囲内に敵は確認出来なかった。多分、もういい。」
「ありがとう。それじゃあ、任務完了だね。」
「よしっ!じゃあ、さっさと凝結晶回収して帰るか!」
3人は各々腰をかがめて手を伸ばす。そして、茶色い布地の袋に黒みの強い紫の結晶をどんどん投げ入れていった。
しばらくその作業を続けていた彼らはやがて、そこら中に転がる獣たちの抜け殻に背を向けて立ち去って行った。
「見てた?」
「そうだ、ここからお前たちの様子を確認してたんだよ。俺の『天佑』を使ってな。」
「天佑?神に手伝ってもらったってこと?」
「いや、そうじゃない。お前たちももらっただろ?特殊能力。俺たちはそれを『天佑』って呼んでるんだ。」
天佑は本来「神の助け」を表す単語だ。そのため、夜月は神の助けを借りたということだと思ったのだがそれは外れたようだ。
「俺の天佑は≪七竈(ななかまど)の風≫。遠くを見ることができる能力だ。いわゆる千里眼だな。」
「陰尚兄、ずっと見てたってこと?」
「そうだなあ、任務があったり、魔力の消費の関係もあってさすがにずっとっていうわけではないが、まあ、暇があれば見てたな。」
死んでもなお自分のことを気にしてくれていたのかと思うと、胸の奥が温かくなる。しかし、夜月には同時に都合が悪いとも感じていた。
「どこら辺まで把握してる?」
知っていてほしくない。なるべく自分の中で完結させてしまいたいことだった。
「どこら辺まで、かー。」
そういうと陰尚は、こちらに向けた目を細めて顔を近づける。
「夜月がまともな食事をとってないことは知ってるぞ。倒した魔獣の肉で食いつないでただろ。」
「え?君も魔獣を食べれるのかい?」
「ああ、夜月も俺と似たようなものだ。そういう体質なんだよ。」
魔獣の肉は本来人間や動物にとっては毒でしかない。一口喉を通すだけで死へと至らしめる。一般的に魔物を喰らうことができるのは同じ魔物だけとされている。だから、食べれる人がいるということは、普通の人にとっては驚くべきことだろう。源のように。
「は?え?ちょっと待った。も、とかじゃなくて、というか魔物の肉って食べれないだろ。食べたら死ぬだろ?」
見事な混乱ぶりだ。
「だからそういう体質なんだって言ってるだろ。」
陰尚はそう言って源の頭をぽんぽんと叩く。
「ねぇ、前に陰尚が言ってたわよね。魔獣の肉は食べればいことはないけど不味いんだって。夜月はどう感じてるの?」
美潮が振り向いて後ろ歩きをしながら聞いてくる。
「正直おいしくないけど腹の足しにはなる。」
「結局不味いのね。……よしじゃあ今日からしっかりおいしいもの食べてもらわないとね!」
「いや、別にここでも獣の肉で十分。」
「とか話してたら着いたよー。ここが食堂ね。ちょっと水とって来るね。説明よろしく!」
美潮は言いたいことだけ言って話を変える。そして、食堂までつくと彼女は案内していた身でありながら、説明はせずに食堂の厨房の奧に入っていってしまった。それを見て春彦は、またもや呆れている。
食堂には木製の机と長椅子がいくつも並べられている。五人はその椅子に腰かける。この部屋の一角が区切られて厨房になっているようで、まな板や包丁といった調理道具が見える。
「食堂はその名の通り食事をするところだ。自分で作ってもいいんだが、美潮が全員分つくるもんだから自分で作りたくてもなかなか作れないんだよな。強制的に食べさせられる。でも、安心してくれ。味は問題ない。むしろおいしいな。」
これを説明したのは陰尚だ。その言葉ははきはきと放たれており、不満がないようだったので、味は本当に保障されているのだろう。味にこだわらない夜月にとってはどうでもいいことなのだが。
「説明よろしくなんて言ってたけど、厨房に関しては特に説明しておくべきことなんてないから、あとは美潮が戻ってくるのを待とうか。」
春彦はそういうと、ぶら下がった足をゆらゆらさせる。他の四人も各々椅子の上でくつろいでいる。
「陰尚兄、さっきの話の続きなんだけど、結局俺がやったことのどれくらいを知ってる?」
「まだその話引きずってたのか。うまくはぐらかせたと思ったんだけどなぁ。」
陰尚は、一つ溜息をつくと真剣な、しかしどこか優しさが見える表情になってこういった。
「お前が懸念していることは分かってる。俺は、お前がこの数年間どうしてたか知ってる。その裏についても。だけどな、今話すわけにはいかないだろ?この話はまた後でな。」
厨房から出てきた美潮は、湯のみに全員分の水を入れて持ってきてくれた。夜月はあまり話すことをしていなかったためそこまで喉が乾いているわけではなかったが、彼女の好意を無下にするわけにもいかない。自分の方に差し出されるそれを素直に受け取る。
「後で洗うから適当にここら辺に置いといて。」
机の上には空の湯のみが6つ。それらを残して彼らは外に出た。
「ここで最後ね。」
そう言って案内されたのは件の庭だった。予想していた通りその面積は大きいものだった。その角、部屋のひとつから飛び出ている巨木が見える。ほのかに桃色をのせた花びら。満開と言うにふさわしい装いをしたその木はやはり桜に見える。この国の神の名の一文字を冠した。
「庭といってもよくあるものとは異なるでしょ?」
美潮がいうよくあるとは、恐らく恵白によくある様式のもののことだろう。その様式ではよく見る砂利が見当たらない。ほとんどが平地になっている。
「これは、特訓するときに動き回れるようにこうしてるんだよー。」
「あっ、そうそう私に用事がある時はあそこに来て。大体そこにいるから。」
そう言って彼女が指さした方を見ると低木がたくさん生えている場所がある。近づき奥を確認すると恵白の様式では庭の中心となる池が、ひっそりと存在していた。どれくらいのものなのだろう。夜月が低木を超えてさらに奥に進もうとしたとき。
「帰ったぞー。」
1人の力強い男の声が聞こえた。位置としては先に案内された門の方だろうか。
「あっ、帰ってきたみたい……。こっちこっちー!ちょっと庭の方に来てくれるー?全員ねー!」
ザッザッザッザッ。
しばらくすると足音と共に3人の人影が現れる。
「ん?わざわざなんで呼んだんだ?」
「なに?なんで僕まで呼ばれたの……。」
「やぁ。ただいま。……おや?見ない顔がいるね。」
「うん、僕らの新しい仲間だよ!黄色髪の彼が源、こっちの僕と同じ小さいのが夜月だよ。」
「ほう、新しい仲間か。」
先頭を歩いていた男は嬉しそうに笑った。しかし、その次の言葉でその表情は一瞬で懸念を持ったような顔に変わった。
「どうやら、陰尚の知り合いらしいわよ。一緒に住んでたこともあるんだって。」
彼は夜月たちの方に近寄ってくる。そして、こう言った。
「1つ聞くが、お前たちは殺し屋か?」
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