第8話 疑問
「さてと……」
五人の自己紹介が終えてからというもの、この部屋の中には常に誰かの声が響き渡っていた。しかし、その話には重要性などこれっぽっちもなく、ただの雑談というものだった。主に話しているのは四人。夜月(やづき)と夢浮菜(むうな)は消極的で、彼らに話を振られた時にのみ反応を示すという感じであった。一つの話が終わっても、間髪入れずに次の話題が現われる。夜月はその流れを自分の言葉で途絶えさせることができないまま、何度もその話題が終わるのを待っていた。しかし、その雑談を途切れさせたのは彼ではなかった。その役割を担ったのは、最も話題を出し、最も発言していたであろう人物、美潮(みしお)だ。
「そろそろ新入りの歓迎を進めないとね。ということで、恒例の拠点案内、やっていくよー。」
長い間、本題からずれていた話を戻し、彼女は勢いで進行していく。
「おっと、ちょっと話過ぎたな。軌道修正ありがたいよ。」
「でしょ?」
「まあ、話をずらした一番の功労者は君だろうけど。」
「うーんと、じゃあ……」
陰尚(かげなお)の感謝を表した言葉を聞き調子に乗る彼女に、春彦(はるひこ)は皮肉めいた言葉を投げる。当の本人はまったく気にしていない、というよりも聞いてすらいない様子だが。
「たくさん話して喉も乾いたし、まずは食堂に行きましょう?」
美潮は初めの行先として食堂を提案したが、喉が乾いたと言っているあたり、自分のための選択だろう。彼女は悠々自適な性格の持ち主なのかもしれないと夜月は思った。
彼女の提案に対して、春彦はまた批判の言葉を呟いたが、それもまた受け流しているところからも、彼女の悠々自適さが伝わってくる。
「まったく、相変わらずだなぁ。」
「まぁ、でも、あいつらしくていいのでは?」
そのまま、先導するように部屋の外に出ていった美潮を見て、先輩二人は呆れたように声を出す。
「早くいくよー!」
「わかったわかった。今行くから。そんなに慌てないでくれ。……よし、源、夜月、行くぞ。新居は広いから迷子にならないように気をつけてくれよ?」
部屋を出てまず目に映ったのは、目の前の大きな別の建物。いや、廊下で繋がっているのだから、同じ建物というべきか。見た感じ、寝殿造と呼ばれる建築様式で造られており、この建物からは優雅さが感じられる。全体的に朱色が多いため、神社のようにも見える住まいだった。
右手に土がさらけ出されている地面が見える。庭であるようだ。建物が視界を遮っており、今見える範囲が限られているのだが、敷地全体をかこっているであろう外壁がわりと離れた位置にあるため、広そうだ。おそらく、建物が使っている敷地よりも広いのではないのだろうか。後ろにある建物の一部と化している巨木はそれに面しているため、庭に出てみれば全体像を把握できるだろう。
廊下を歩く足音は響き渡る。見ておきたいとは思ったが、それはまた後でも見られる。いまは新入りらしく先輩の好意に従うのが妥当だろう。夜月の後ろには夢浮菜が歩いている。彼女の邪魔にならないように、夜月は無意識のうちに緩やかになっていた足の動きを速くして皆を追っていく。
早足で進み、前に追いつく。
「ん?今、追いついたのか?」
夜月が鳴らした足音。それが近づいて来たのに気づいたのか、ちらりと後ろを見た源が声をかける。
「あんたにしては遅くないかー?」
「うるさい。」
「いや、怒るなよ。別にからかってる訳じゃないって。」
「……。」
「いや、ほんとに。ほら、あんたって結構てきぱき動くだろ?だからちょっと意外だと思っただけで……。」
「こういうのは、受け身側がどう感じるか。本人が嫌と感じたなら、した側に非があることになる。あと、俺は怒ってない。」
「思ったよりも仲良さそうだな。」
二人がそう言い合っていると、先を歩いていた陰尚が歩く速度を緩めて近寄ってくる。
「別に仲良くない。」
「まあ、特段仲がいいわけではないだろうな。でも、お前たちが知り合ったのは一度死んだ後だ。それにしては仲のいい方だと思うけどな。」
「?兄ちゃん、なんで知ってるんだ?俺らが知り合って間もないって。」
源の疑問はもっともだ。夜月自身は試練を受けたときの話については一切していない。反応を見る限り源もそうだと思われる。それなら初めて会ったのがいつかは知ることができないはずだ。予想かもしれないが、それにしては違和感を感じる。そうだとしたら「だろう?」とか「だと思う」とあいまいな表現を使うはずだ。しかし、彼の言い方は確信をもった言い方であった。
「俺も不思議に思う。なんで言い切れた?」
「あー、それはな……」
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