第7話 名乗

乾いた目元。しかしながら、うっすら赤みを帯びているそれは、涙を流したそのことを隠させてはくれない。

「ああ、夜月、そういえばだが」

「ちょっと待って!」

泣き止んだかと思えば、次は話を始めようとする影尚を、薄紫の髪の女性が制して遮った。

「えっと、なんか知り合いみたいだから、積もる話もあると思うけど、まずはお互いの自己紹介が先でしょ?」

「あー、すまない。」

影尚ははっとした顔をすると、少々決まりの悪い顔に変えた後で短く謝罪の言葉を述べた。

もうっ。これ、半分は忘れてた顔でしょ。

僅かに頬を膨らませている彼女に気づいたのか、隣の男の子が足りない背を補うために踵をあげて、まぁまぁと宥めるかのようにぽんぽんとその背中を叩いている。

「夜月。」

夜月はぼそりと自分の名を告げる。そして、それに倣うように源も口を開いた。

「俺は、源!……です。」

「ふんふん、夜月に源って呼ぶね。私は美潮(みしお)よ。享年は18。よろしくね。」

波を描きながら広がる長い髪。大きくはっきり開いた目、その瞳は紫のような桃色のような色をしていた。左側には貝殻の髪飾り、右側には花型の飾りをつけており、その二つの髪飾りを繋ぐように頭の後ろ半分を連なる真珠達が取り巻いている。青の布地に桃色の兵児帯(へこおび)。そして、特徴的なのはそれらが彩る着物だ。着物の前側が膝が見える程の長さであるが、後ろ側に行くに連れて長くなっていき最も長いところはくるぶし近くに達する。他国のドレスによくある形状だ。

彼女は二人の名前を聞くと、膨らませていた頬から空気を抜いて、顔に笑みを浮かべ自分も名乗った。

「じゃあ、次は僕がいこうか。僕の名前は春彦(はるひこ)!享年は9。見た目はこんなだけど、僕は古参だから頼ってくれていいよ!」

夜月と同じくらい、あるいはそれより低い背丈。浅緑の髪は全体的に短いが、横髪だけは肩につくかつかないかくらいで少し長くなっている。どちらかというと青に近い紫の瞳。服装は半尻と呼ばれる貴族の子供が着る服を着ている。色はうっすらと紫に色付いた白で、その下に着ている着物は赤紫。袴は紺色だ。そして、足首には薄緑色の勾玉のついた飾りをつけている。

しばらく訪れる沈黙。その少年は自分の自己紹介が終わっても次の人が続いてこないため、扉の向こう側に声をかける。

そして、そこから出てきたのは綺麗な黒髪を持つ女性だった。くせっ毛のないまっすぐな髪を、後ろ側、首よりも下の位置でふわりと一つにまとめている。着ているのは女袴。無難な紅白の組み合わせだ。長い袖が邪魔にならないように赤の腰紐でたすき掛けしている。瞳は薄い桃色。それはまるでひとつの揺らぎもない水面のように静かなものであった。

「夢浮菜(むうな)。享年は24。」

声も落ち着いている。しかし、それは彼女本来の性質ではないように夜月には思われた。生きる意義を見失ったようなそんな雰囲気が漂っている。瞳も光を映していないように感ぜらせた。彼女は楽しむこともなく、ただ生きているだけなのではないだろうか。夜月にとって彼女の存在はとても印象的なものとなった。

「よしっ、これで自己紹介は終わりね。影尚は既に知り合いみたいだから例外。仲間外れね。」

「仲間外れって、表現の仕方が酷くないか?」

「それで、どんな関係なの?」

「無視かよ……。源は生まれ育った里の仲間、夜月は俺が里を離れたあとに一緒に住んでた関係だ。どっちも俺にとって弟みたいな存在だな。」

棘のあるもの言いをしたあとは無視。美潮は先程の陰尚が自分たちのことを忘れて3人の世界を作っていたことを根にもっているのだろうか。

「ふーん、弟ねー。ずいぶん歳の離れた兄弟ね。10歳くらいずつ離れてそうだもの。あっ!そういえば享年を聞いてなかったね。」

「享年?」

「そういえば、俺と源以外は自己紹介の時に言ってた。」

「うん。ほら、転生後の身体はもう成長しないでしょ?それに、この先どれだけ生きて行くか分からないから、0から数える年齢はあまり意味がないんだよ。僕らには外見にそぐうような数字が必要なんだ。それを、新入りが来た時には共有するようにしてるんだよ。」

新入り二人の言葉に春彦が応える。

「まぁ、普段は自分から享年を教えることはないわ。他の国の仲間に会っても聞かれた時だけでいいってこと。ということで、享年はいくつ?はい、源!」

「えっ、はいっ!18です。」

美潮は指し示して聞いてくる。いきなりというほどでもないが、投げかけがやって来たため、油断していた源は少し取り乱しながらの回答となった。

「次っ、夜月!」

「11。」

先行者がいたため、夜月は少しの動揺もする必要がなく、ただといの答えのみを短く返した。

「18に、11。陰尚が26で、ここに来たのが2、3年前だから、源とでも10歳以上、夜月とに至っては15以上離れてるってことね。夜月とだったら義父子でも行けそう。」

「見た時から思ってたんだけど、やっぱり若くして命を落としてしまったんだね。本当に嘆かわしいことだよ。」

美潮は誰に話しかけるでもなく、1人で何やら話している。もしかしたら他の5人に聞いてもらっているつもりなのかもしれないが、それに対して反応を示そうとする人はいない。

夜月がそんな彼女を見ていると、隣に近寄ってきていた春彦から声をかけられる。彼は話しながら目元を拭う素振りを見せる。涙は流れていないが。

「君がそれを言うのは適切じゃない。俺よりも享年が下だから。」

「いやー、僕の場合は精神年齢が高かったからね。」

享年についてを指摘すると、彼はそうおどけてみせた。その結果、知られたくない昔のことを晒されるとは思わなかっただろう。

「嘘。来たばかりの時はすぐ泣いたり、ちゃんと子供みたいだったのに……。あとは、甘えん坊だった。」

「ちょっと、夢浮菜(むー)!なかなか話さないのに、余計なことに限って話すんだから。」

「それから……」「あー、もうそれ以上言わないで!」

頬を赤らめながら春彦は、彼女を黙らせようとする。

本当に思い出話をするのが好きなんだから……。

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