第3話 再誕2

「あちらでの生活について、私の方から話しておくことはこれだけです。より詳しいことについては、ここで話すよりも、あちらで実際に目にしながら説明してもらった方がいいでしょうし。ところで、」

そこで言葉を区切ると、彼女は二人を交互に見つめる。

「身体に違和感はありませんか?」

その質問の意図はどこにあるのだろうか。疑問を抱きながらも二人は自分の体を確認する。手の大きさに指の長さ、腰回りの肉付きに顔の骨格。そのすべてはよく見慣れたもの。自分の体に間違いない。

ああ、そういえば服が変わっている。

紺色の衣。それは、和服と呼ばれるものだ。庶民のものと同じような短い丈の着物は、袖がない。下も膝がみえるくらいに短い衣を穿(は)いている。それでいて、肌の露出は少ない。それは、腕と足には皮膚を隠すかのように黒い布が巻かれているからだ。これは、生前に着ていたものだ。

源の方は、腕も足も隠れる長さの衣を纏い、穿きものの方はくるぶし辺りで口を縛っている。色は赤紫色。これも、生前着ていたものだと思われる。

しかし、今聞かれているのは体の違和感だ。服に関することは当てはまらないだろうし、特に重要でもないか。

「別に、ないですね。いつもの俺の身体です。」

「俺も、違和感はありません。強いて言うなら、身体が軽く感じること、くらいでしょうか。」

「あっ、それ俺も思った。」

「指を差すな。」

源が賛同するとともに人差し指をこちらに突き出してきたのがなんとなく不快に感じ、夜月は静かに指摘する。

目の前の女神がクスリと笑ったのが伝わってきたが、それにはあえて反応しなかった。

それよりも、再開された話に耳を傾けるべきだ。

「それならよかったです。新しい体が魂に順応しない場合もあるのですが、大丈夫そうですね。」

「?……えっと、それはつまり、もう俺たちには肉体がある状態ってことですか?魂だけの状態とかじゃなく?」

「はい。」

源の問いに対して、彼女は表情を変えずに短く答える。

彼らは一度死んでいる以上、生前の体に戻ることはできない。元の世界に戻るためには、当然、別の体が必要になってくる。どうやら、それを用意してくれたようで、さらに適応した後のようだが、ここまで生前に近づける必要があったのだろうか?このままの外見では、生前の知り合いにでも見られたら都合が悪いだろうと考えた夜月は、それを実際に口に出して聞いて見る。その結果、帰って来たのは「仕方がない」という返答だった。

この世に生まれ落ちる、まだ赤子の時は、白紙の状態であるため、魂が体に順応する形で定着するらしい。しかし、魂が様々な情報を記録してしまうと、その記録と異なる体には拒否反応を起こすようになるとのことだ。

「それから、身体が軽く感じるというのも正しい状態ですよ。これから戦いに身を投じることになるあなたたちに、餞別として魂に修正を加えました。身体能力と、人が呼ぶところの魔力、それらの増幅という、ね。」

「魔力?」

身体能力は分かるが、魔力は増えたところであまり変わらないだろう。

人間が魔力を消費することは、たった一つにおいてしかない。〈転力印〉の発動。

転力印とは魔力を転じる印。名前の通りの役割を果たす記号だ。この名前の名付け親は、名前づくりに関して精彩に欠ける人だったのだろうと常々思う夜月である。

これは、通常魔力を含んでいるものに刻み込んで使われる。その媒介を通して転力印に魔力を流しむことで、描かれている転力印に応じた現象が引き起こされるというものだ。

しかし、この時に流し込む魔力は、発動させる引き金でしかないため、消費量は微々たるものだ。つまり、魔力が枯渇する可能性はほとんどないのである。

それなのに、魔力を増やす必要などあるのだろうか?

「転生後は魔力を使う機会が多くなってくるでしょう。それについてはすぐにお話しするので、今は増加しているということだけ知っておいていただければ結構です。それから、増加量についてですが、元の能力に応じて変化させています。確かなところは把握していませんが、元の2倍3倍ぐらいですかね。」

女神は、次の言葉を紡ぐ前に、首を少し動かして一人を視界の中央に収めた。

「夜月、あなたであれば、身体能力はかなり優れているので、他の転生者と比べると大きく差をつけられているでしょう。逆に、魔力の方は標準の半分くらいの量とかなり少ないので増える量も他の方の2分の1、3分の1になりますね。」

「そんなに、少ないですか?確かに、魔力が使えなくなるまでが早いとは思います。でも、使えなくなるだけで、魔力は感じられました。だから、使用量に制限がある。そんな感じだと思っていたのですが……。」

夜月がそう言うと、彼女は一瞬視線を彷徨わせたが、一人納得したように口元を緩ませた。

「はい、少ないですね。」

ただ、一言そう放つ。

隣では、「魔力枯渇したことあるのか⁉どんな使い方したんだよ。」と呟く声が聞こえたが、これは無視だ。それに、それだけ言うとすぐに彼はまた、黙って前を向いたため、返事などは初めから求めていないだろう。

それよりも、聞かなければならない。

「ちなみに、俺の能力はどれくらいですか?」

「……」

さらなる問いを投げかけようと口を動かそうとしたところで、素早く切り替えた源によってそれは遮られてしまった。

「源は、結構一般的ですね。身体能力は、普通の人と比べれば高いですが、転生者の中では別ですね。」

「高くはないんですね。でも、それならよかったです。低くなければ俺的には万々歳なので。」

口をにっと形作って、彼は言い放つ。

夜月の質問に答えるまでには、間があった。魔力が少ないというのには何かあるのだろうか。それについてを聞こうと思っていたのだが、少し話が変わってしまった。それに、彼女は、説明は一切せずに、少ないかどうかのみを答えていたが、それは話しにくい内容だからなのだろうか。今から話を戻して尋ねるのは迷惑かもしれない。それに、答えてくれるかも分からない。

絶対に知っていなければいけないことではないだろう。そう考えて、聞くことを諦めた夜月だが、もやもやした感覚は残っている。その釈然としない心境を抱えて、彼は源たちの話を聞いていた。

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