第2話 再誕1

徐々にはっきりとしていく意識。

目を開けて初めに見えたのは木製の天井だった。背中に触れるその感触は僅かに柔らかい。手を動かして床の方を触ると、細かいでこぼこがいくつもあるのが分かる。どうやら畳の上に寝かされているようだ。上にかかっている布をめくって起き上がる。

「目が覚めたようですね。」

そのとき、女性の声が静かに響いた。顔を上げて確認すると、桃色の髪に緑の瞳の女性が、ひじ掛け付きの四角い椅子に腰かけて、こちらを伺っているのが見える。彼女は立ち上がると、白い衣の上に着た緑の羽織を床に擦らしながら近づいてくる。背よりも長い髪が歩いたことによって起こった風になびく。そして、彼女には恐ろしいような感じではないが、どこか威圧感が感ぜらせた。

「誰、ですか?」

その纏う気からなのか自然と敬語になっている。座ったままでは失礼だろうか。立ち上がって背すじを伸ばす。起きたばかりだというのに、身体に重さを感じない。むしろ、軽いまである。

「私のことも含め、話をするのはそちらの方が起きてからにしましょう。」

こちらに微笑んだ彼女から発せられた声を聞き、その目線の先、後ろを確認すると、もう一枚敷かれた畳の上に1人の青年が、黄色い髪を結んだまま横になっていた。

起きてもらわないと話が進まない。

その体を揺らして声をかける。

「おい。おい、源(げん)。起きろ。」

「ん?……ああ、夜(や)月(づき)か。」

目を開けるとすぐに起き上がる。

「それで、俺らどうなったんだ?無事通過、できたんだよな?」

急に夢から引きずり出されたにしては、頭の回りがいい。

「おはようございます。」

声を聞いて、隣の青年、源も女性を視認する。目を丸くして、彼も夜月と同じように敬語で問う。

「えっと、どなたですか?」

その女性は立ったまま夜月たちの方を向いて告げる。

「桜(おう)翠(すい)。それが私の名です。」

人間界には8つの世界が存在する。

うち1つは例外であるが、それ以外の7つは第一の世界、第二の世界と言うように数字で呼ばれている。そして、その七つの世界の中には合わせて12の国。


第一の世界、エテルカーマ

第二の世界、恵(え)白(しろ)

第三の世界、東ディオネ、西ディオネ

第四の世界、ファーヤー、ラシチー

第五の世界、レゲイト、ラユイ

第六の世界、カラフィシ、コンテモア

第七の世界、ヴァノ、ヴィリット


その国それぞれに守り神がいるのだが、桜翠は、第二の世界、恵白を司る神の名前だ。

「そちらにどうぞ。」

名を聞き驚く二人に、その女神はそばにある三つの円座のうちの二つを進める。言われるがままに円座に腰を下ろすと、もう一つの円座の上に座った女神と向かい合わせになる。

「まずは、合格おめでとうございます。お二人はもう一度、その記憶を持って人間界で過ごす資格を得られました。」

夜月は、胸をなでおろした。合格しているだろうと分かってはいても、実際に合格なのだと告げられるまでは不安が残るものだ。夜月が何の気なしに隣に目をやると、源が安心したように表情を緩ませている。驚きも冷めやらぬ間に訪れたものは、彼らにとっては大きな安心感であった。


夜月に源。彼らはどちらも一度死んでいる。しかし、彼らはとある基準のもと選ばれ、今の記憶を保持したまま新たな生を得られる機会を手に入れたのだ。そのためには、試練に合格すること、そして、


「そして、人間界に戻るあなたたちに課せられた使命は事前に伝えられていると思います。」


転生後、人間界を、世界を守るために戦うという条件を承諾することが必要だった。


桜翠は顔から笑みを消し、声色も真剣なものに変える。それにつられて、二人は背筋を伸ばして、緩ませた顔にまた力を入れた。

「それについて、もう少しだけ詳しく説明しようと思うのですが、……あなたたちは、第一から第七の世界以外にオクトと呼ばれる世界があるのは知っていますね?そして、そこには魔物たちが住んでおり、その魔物たちが人の住む七つの世界に進出しているということも。」

2人は無言で頷く。


魔物の世界であるオクト。しかし、それらが跋扈しているのはその世界に収まらない。もうどれくらいいるのか分からない。世界のあちこちに散らばっており、魔物らは人間を見かければ襲い掛かる。普通の人間であれば反撃というところまで思考が追いつこうが、通用せずに抵抗むなしく死んでしまうだろう。そのため、一部例外はいるが、ほとんどの人間は自分たちの住む街を囲む、高い壁の中で過ごしている。中の者を守ってくれる不可視の壁、結界も施されているため街に居れば魔物の手が届くことはない。


「壁の中が安全だからといって、人々も外に出ないわけにはいきません。場所によって環境が異なるため、街や国の間で、物資のやり取りは必要でしょう。それに、複数の魔物が一斉に攻撃を仕掛けられれば結界が壊れる可能性もあります。だから、魔物を増やしすぎてはいけません。そこで、あなたたちには魔物たちが世界に広がるのを抑えてほしいのです。」

「えっと、それはそこら中にいる魔物を片っ端から退治するってこと、ですか?」

源が首をかしげながら尋ねる。

「それをやってもらうこともありますが、主にしてもらうことは他にありますね。それでは効率が悪いので。」

「じゃあ、どうするんですか?」

桜翠は、質問した声の主の方へと向けていた目線を、また二人が視界に入る位置へと戻す。

「あなたたちにしてもらいたいことは、魔物が世界を渡ってきたところを叩くことです。オクトと他の世界をつなぐ出入口近くには、他の転生者が構えています。そこに加わってください。お二人には、第二の世界を担当してもらいます。」

「なるほど。……それなら探しまわる手間が省けますし、確かに効率的ですね。」

口を挟まずに、黙って話を聞いていた夜月は、目をわずかに大きく開いたのち、得心したような声色でそういった。

ちなみに、その隣では源が目をぱっちりと開いて、口を開いており、彼も納得しているということが一目でわかる。どうやら、源は自分の感情が顔に出やすいようだ。

「先ほど、転生者が構えていると言っていましたが、それは、その近くに住んでいるということでしょうか?」

「はい、そういうことです。出入口のすぐそばはさすがに危険すぎるため、距離はとっていますが……。」

「えっ?安全を考えるのはいいと思うんですけど、それでは魔物たちが四方八方に散らばってしまうんじゃないんですか?そうなったら、捌ききれる気がしないんですけど……。」

世界を渡ってきたところを叩く。出入口の真ん前で待ち伏せすることを想像していたのだろうか?源がまた表情を大きく変えて口をはさむ。確かに、そちらの方が逃げられる可能性を減らすことができるだろう。

「少数に逃げられるのは許容の範囲内です。私たちもすべてをそこで殲滅できるとは思っていません。できたら人を守る壁は、とっくになくなっているでしょう。……少数に逃げられるより、危険度の高い状況を強要させて全滅させてしまう方がよっぽど恐ろしいことです。世界にとっても、あなたたちにとっても。」

それはそうだ。全滅してしまったら、戦力がなくなる。本末転倒だ。つまり、自分たちがこれからしなければいけないことは、あくまで魔物を抑えることであって、全滅させることではないのだ。夜月はそのことを頭に刻み込んだ。

「ああ、確かにそうですね。じゃあ、安全も確保しながら、できる限り頑張ることにしますよ。」

源の言葉を聞いて、女神は安心したように顔をほころばせた。

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