第三十八話 恋愛

 『創造物質クリエイト』は去った。

「どうやらキヨズミの『屍者の軍勢エインヘルヤル』を運んだのは、俺の相方らしい」

 去る前に、『創造物質クリエイト』は俺にそう謝罪した。

「『神出鬼没ゴースト』が依頼人と荷物の中身をしっかり確認していたら……いや、俺があいつのこともしっかり管理していたら……こんなにも被害は出なかった」

「…………」

「それよりもお前……『影食の吸血鬼シャドー・イーター』と番になるのか? 『第二の人外シルバー・ブラッド』がそれを許すとは思えねえが……つーか俺の知ったことじゃねえが――そいつと関係を持つなら、覚悟しとけ。『魔術師殺し』――『三人の女吸血鬼』を恨む連中は多い……『影食の吸血鬼シャドー・イーター』と友好な関係にあるというだけで、襲って来る連中はいるぞ?」

「……それは忠告か?」

「好きに捉えろ」

 『創造物質クリエイト』はそう言うと、白い壁を解除した。

 剣山もぼろぼろに崩れて、雪のように消える。

 それから踵を返して、

「じゃあな」

 と言って、白い吸血鬼は去って行った。

 歩いて――どこかに消えて行った。

「どうして……わたくしを助けたんですか?」

 『創造物質クリエイト』が去って帰宅する途中。

 俺の背中に背負われたシェリーは、そう質問をして来た。

「わたくし……酷いことしましたのに」

「酷いってわかっていたなら――止まって欲しかったけど」

「……ごめんなさい」

 シェリーは謝罪した。

「どうしても……諦め切れなかったので……ここで諦めたら……もう一生、かなめさんと一緒にいられない……また一緒にご飯を食べたり……森を歩きながらおしゃべりできなくなると……思ったので」

「…………」

「わたくしは『魔術師殺し』――『三人の女吸血鬼』の一人です……今ここにいるのは、仕事が名目……『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』から命令が来たら……わたくしは彼女達の元に戻らないといけません。……だから、今精一杯気持ちを伝えなきゃって思ったんです。……例え気持ち悪いと思われても……怖いと思われても……強引にでも……じゃないとかなめさんは一生番になってくれないと……思ったのです」

 その発言を聞いて、考える。

 それから俺は答えた。

「シェリー……俺が告白を断った理由――覚えているか?」

「……『第二の人外シルバー・ブラッド』の世話で、手一杯だから」

「そう。それ……正直それが一番の理由ではあるんだけど――実はそれだけじゃないんだ」

 俺は正直に言った。

「俺は恋をしたことがない」

「…………」

「恋を知らない――他人を好きになったことがないんだ、俺は」

 恋――恋愛。

 特定の相手が輝いて見えて――盲目になることを恋と呼ぶなら、俺はその感情を抱いたことがない。

 人を好きになったことはある。

 例えば七つ離れた姉や、レイラ……好きか嫌いかで答えろと言われたら、もちろん俺は好きと答える――けど、俺が二人に抱いている感情は、恋愛感情ではないだろう。

 そもそも――恋愛とは他人にするもの。

 家族への好意は――恋愛とは呼ばない。

 家族への好意は、家族愛と呼ぶはずだ。

「他人を好きになったことがないから、具体的に恋がどういうものなのか……恋愛がどういうものなのかは、知識でしか知らないけど……基本的に誰かと恋仲になったら、その人のことを最優先に考えて、行動しないとだめだろう? ……俺はそれができない」

「…………」

「もしシェリーと恋人同士になっても、シェリーとレイラどちらかを天秤に掛けたら、俺はレイラを優先するし、シェリーと姉ちゃんを天秤に掛けたら……俺は姉ちゃんを優先する――絶対にそうしてしまう」

「……別に、それでもいいと」

「いや、だめだ」

 俺は言った。

「それはだめなんだ……愛という言葉が付く以上、その関係は軽視してはいけない。蔑ろにしちゃだめなんだ……もし蔑ろにするなら、愛という、重い言葉を使う必要はないだろ?」

「…………」

「でももしシェリーと恋愛関係になっても――俺はシェリーを最優先に行動しない。できないし……それをわかっていて、付き合いたくない――適当に付き合いたくない」

 シェリーは沈黙を続ける。

 おんぶしている状態のため、俺の意見を聞いて、彼女がどんな表情をしているかはわからない。

 呼吸は――弱々しいがしている。

「あとさっきの質問。どうしてシェリーを助けたのか……だけど」

 シェリーが背中から貫かれて。

 『創造物質クリエイト』によって内側から破裂させられるとわかっていても――助けなくてもよかったはずだ。

 というか――いつもの俺なら、他人を助けないはず。

 けど気付けば――俺は咄嗟にシェリーを助けていた。

 その理由を考えて、俺は言った。

「たぶん……俺にとってシェリーは、もう他人じゃないんだ」

 最初に助けて。

 目覚めたあと一緒にごはんを食べて。素性を聞いて、知って。

 ここ数日共に食事をして、毎日会話していたシェリーを――どうやら俺は、もう他人とは認識していなかったらしい。

「ごはん美味しいって言ってくれたのは嬉しかったし……話していて楽しいって思ったのは――俺も一緒だよ」

 そんな簡単に、俺は誰かを好きになる方じゃないと思っていたけど。

 もしかしたら案外――俺は誰かを好きになりやすいのかもしれない。

 と思った。

「だからって恋人――番にはなれないけどな……でも、お友達としてなら付き合える。仕事が終わってもまた来たらいいだろ。シェリーならいつでも歓迎する……事前に言ってくれたら、好きなメニュー作るし」

 俺のその言葉に。

 シェリーはすぐには、何も言わなかった。

 ただ驚いたのか、泣きそうになったのか……少しだけ感情が揺らいだのはわかった。

 ぎゅっ――と。

 ほんの少しだけ……俺に抱き着く腕の力が、強くなる。

「もう……告白を断るなら……もっとこっぴどく振ってくれた方が……諦めが付きますのに」

 そんなこと言われたら、もっと好きになっちゃうじゃないですか――とシェリーは、小さな声で言った。

「ずるいです……かなめさんは」

「……そうか?」

「はい」

「そうか……で、どうする? 友達としてなら、いつでも来ていいけど?」

 俺のその言葉に、シェリーは笑顔ではっきりと答えた。

 背負っているから――顔は見えないはずだが。

 俺はシェリーが、笑っていると思った。

「はい、お友達からお願いします」

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