第三十八話 恋愛
『
「どうやらキヨズミの『
去る前に、『
「『
「…………」
「それよりもお前……『
「……それは忠告か?」
「好きに捉えろ」
『
剣山もぼろぼろに崩れて、雪のように消える。
それから踵を返して、
「じゃあな」
と言って、白い吸血鬼は去って行った。
歩いて――どこかに消えて行った。
「どうして……わたくしを助けたんですか?」
『
俺の背中に背負われたシェリーは、そう質問をして来た。
「わたくし……酷いことしましたのに」
「酷いってわかっていたなら――止まって欲しかったけど」
「……ごめんなさい」
シェリーは謝罪した。
「どうしても……諦め切れなかったので……ここで諦めたら……もう一生、かなめさんと一緒にいられない……また一緒にご飯を食べたり……森を歩きながらおしゃべりできなくなると……思ったので」
「…………」
「わたくしは『魔術師殺し』――『三人の女吸血鬼』の一人です……今ここにいるのは、仕事が名目……『
その発言を聞いて、考える。
それから俺は答えた。
「シェリー……俺が告白を断った理由――覚えているか?」
「……『
「そう。それ……正直それが一番の理由ではあるんだけど――実はそれだけじゃないんだ」
俺は正直に言った。
「俺は恋をしたことがない」
「…………」
「恋を知らない――他人を好きになったことがないんだ、俺は」
恋――恋愛。
特定の相手が輝いて見えて――盲目になることを恋と呼ぶなら、俺はその感情を抱いたことがない。
人を好きになったことはある。
例えば七つ離れた姉や、レイラ……好きか嫌いかで答えろと言われたら、もちろん俺は好きと答える――けど、俺が二人に抱いている感情は、恋愛感情ではないだろう。
そもそも――恋愛とは他人にするもの。
家族への好意は――恋愛とは呼ばない。
家族への好意は、家族愛と呼ぶはずだ。
「他人を好きになったことがないから、具体的に恋がどういうものなのか……恋愛がどういうものなのかは、知識でしか知らないけど……基本的に誰かと恋仲になったら、その人のことを最優先に考えて、行動しないとだめだろう? ……俺はそれができない」
「…………」
「もしシェリーと恋人同士になっても、シェリーとレイラどちらかを天秤に掛けたら、俺はレイラを優先するし、シェリーと姉ちゃんを天秤に掛けたら……俺は姉ちゃんを優先する――絶対にそうしてしまう」
「……別に、それでもいいと」
「いや、だめだ」
俺は言った。
「それはだめなんだ……愛という言葉が付く以上、その関係は軽視してはいけない。蔑ろにしちゃだめなんだ……もし蔑ろにするなら、愛という、重い言葉を使う必要はないだろ?」
「…………」
「でももしシェリーと恋愛関係になっても――俺はシェリーを最優先に行動しない。できないし……それをわかっていて、付き合いたくない――適当に付き合いたくない」
シェリーは沈黙を続ける。
おんぶしている状態のため、俺の意見を聞いて、彼女がどんな表情をしているかはわからない。
呼吸は――弱々しいがしている。
「あとさっきの質問。どうしてシェリーを助けたのか……だけど」
シェリーが背中から貫かれて。
『
というか――いつもの俺なら、他人を助けないはず。
けど気付けば――俺は咄嗟にシェリーを助けていた。
その理由を考えて、俺は言った。
「たぶん……俺にとってシェリーは、もう他人じゃないんだ」
最初に助けて。
目覚めたあと一緒にごはんを食べて。素性を聞いて、知って。
ここ数日共に食事をして、毎日会話していたシェリーを――どうやら俺は、もう他人とは認識していなかったらしい。
「ごはん美味しいって言ってくれたのは嬉しかったし……話していて楽しいって思ったのは――俺も一緒だよ」
そんな簡単に、俺は誰かを好きになる方じゃないと思っていたけど。
もしかしたら案外――俺は誰かを好きになりやすいのかもしれない。
と思った。
「だからって恋人――番にはなれないけどな……でも、お友達としてなら付き合える。仕事が終わってもまた来たらいいだろ。シェリーならいつでも歓迎する……事前に言ってくれたら、好きなメニュー作るし」
俺のその言葉に。
シェリーはすぐには、何も言わなかった。
ただ驚いたのか、泣きそうになったのか……少しだけ感情が揺らいだのはわかった。
ぎゅっ――と。
ほんの少しだけ……俺に抱き着く腕の力が、強くなる。
「もう……告白を断るなら……もっとこっぴどく振ってくれた方が……諦めが付きますのに」
そんなこと言われたら、もっと好きになっちゃうじゃないですか――とシェリーは、小さな声で言った。
「ずるいです……かなめさんは」
「……そうか?」
「はい」
「そうか……で、どうする? 友達としてなら、いつでも来ていいけど?」
俺のその言葉に、シェリーは笑顔ではっきりと答えた。
背負っているから――顔は見えないはずだが。
俺はシェリーが、笑っていると思った。
「はい、お友達からお願いします」
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